1.追放処分
「あなた、明日から来なくていいわよ」
「……え…………?」
魔法研究所。そこは文字通り魔法を研究する施設だ。
ライカ・チュージは魔法学校を卒業して研究所で働きはじめて3年になる。仕事にも慣れてこれから更に成長していく時期だ。
そんな彼に実質的なクビを言い渡したのは、半年ほど前にやって来たジャビカ・タショレーイだ。
彼女は貴族のお嬢様だという。貴族学校を卒業後に魔法学校で学び、こちらも無事卒業。晴れて魔法研究所に就職。
なのでライカの後輩ではあるのだが、年齢はジャビカのほうが上だ。彼女は就職してすぐさまライカの所属する研究室の室長となった。
要するに、ジャビカは年上の後輩でありながら上司でもあるというわけだ。
「え……っと。何故でしょうか?」
あまりに突然すぎてライカはそう問いかけた。聞かれたら彼女はといえば、頭を振りながらため息を吐き、机の上に紙の束を叩きつけた。
「あなたのこの研究よ! 見てわからないの?」
置かれたのは確かにライカがこの3年提出してきた研究書類だ。ライカは首を傾ける。それを見てジャビカは室長専用の豪華な椅子に背を仰け反らせるようにして身体を預けた。
「こっちがゼオラロの研究書類!」
彼女はそう言ってまた紙束を叩きつけた。
ゼオラロ・カイチは同じ研究所に所属する同僚だ。学生時代からの友人でもある。朝から晩まで研究に没頭する典型的な研究者気質の男で、ライカが無理矢理言って休ませないと突然ぶっ倒れたりするほどだ。今日はまる一日施設内の別棟にある寮の部屋で眠っていることだろう。
「はあ。これがどうかしましたか……?」
「もう! 自覚のない犯罪者が1番悪質よ!」
ガタンッと立ち上がる。
「あなたのこの研究はすべてゼオラロの研究を盗んだものじゃない!」
「はあ」
ライカは「この人は何を言ってるんだ?」という気持ちでいっぱいになった。
まず言っておくとライカは誓って研究を盗んだりはしていない。ゼオラロの研究を改善、発展させたものを成果として提出しているのだ。当然ゼオラロの研究を基にしたことを明記しているし、なんなら共同研究者の欄に彼の名も連ねられている。
「あなたは自分で何かを生み出すと言うことができないの? ゼオラロに寄生して恥ずかしくないのかしらね」
「室長。お言葉ですが……」
「言い訳は聞きたくないわ! 早く出て行ってちょうだい!」
ライカは研究所から蹴り出された。
「わっ、あっ、室長!」
バタン! と無慈悲にも扉が閉まる。ドンドンと扉を叩いても反応は無い。
どうにかできないかしばらく色々やってはみたものの、結局徒労に終わった。
そもそも魔法研究所は厳重に守られているし、外部からの攻撃にはちょっとやそっとじゃびくともしない。下手すれば侵入者対策の罠が発動したり騎士団に捕まえられることもあり得る。
ライカは肩を落としてあてもなく彷徨うしかなくなった……。
「所長。これで研究所の運営も少しは楽になりますわ」
「苦労をかけるな。ジャビカ嬢。君には期待しているよ」
所長室でジャビカと所長は笑い合った。
現在、研究所で働くものの大半は貴族だ。
魔法は力だ。力のある者同士がより強くなるため結びつきを強め発展していく。必然的に貴族に魔力が多く魔法の扱える者が偏っていった。
研究所の平民はそれこそライカとゼオラロくらいのものだ。ジャビカが瞬く間に室長にまで登り詰めたのも、彼女が貴族であるという点が大きい。
ゼオラロは魔法の開発において他の追随を許さない天才だ。彼は生み出したい魔法が常に頭の中にたくさんあって、次から次へと画期的な魔法を編み出していく。
だからこそ彼は平民であれども魔法研究所の中でも一目置かれる存在だった。
対してライカの研究はさして評価されなかった。彼は自らなにかを生み出すということをほとんどしない。たいていはゼオラロの研究をアレンジしたものを提出していた。
そのため、周囲からすればライカは他人の研究を盗んでそれっぽく見せて給料をむしり取っていく存在にしか見られなかった。
ジャビカは間違いなく優秀ではあるが、彼女は後先考えず視野狭窄になり突っ走ってしまうところがあった。だからこそ貴族として社交や政治に生きるより研究の道を選んだのかもしれない。
それはともかくとして。
研究所の者たちは気付いていなかった。見くびっていたのだ。
ライカの実力もそうだが、それ以前に。
ゼオラロのとてつもない天才ぶりを、だ。
追い出されたライカは理不尽な出来事に苛立ちを感じながら、同時に反省もしていた。
これまでゼオラロの研究を改良して成果を上げてきた自分は、寄生虫と言われても仕方のないのかもしれない、と。
ライカから見てゼオラロは天才ゆえに凡才を理解できない男だ。だからこそサポートしてやらねばと思っていた。もしかするとそれは余計なことだったのかも。
それに彼がどんどん新しい魔法を開発していくものだから、自分の力だけで新しいことを取り組む隙もなかった。
そういった部分は素直に良くなかったところだとライカは思った。
今後どうなるのかは分からない。しかし、魔法の扱いに長けた者はそこまで職に困ることはないと聞く。
学生時代から魔法一筋で他のことも見えていなかった。とりあえずしばらくは旅でもしながらゆっくり見識でも深めていこう。金ならばそれなりにある。
ライカはそう考えて、とりあえず行ったことのない地域に足を運んでみることにした。
ザク、ザクと土を耕す。
「おーい、兄ちゃん! 今日のとこはそんぐれえでいいぞー!」
「はーい!」
汗を拭いながらかがめていた背を伸ばした青年──ライカは振り返って大きく声を張った。
研究所のあった都からかなり離れ、隣国のほうが近所と言っていいほどの辺境の地にて。
ライカは1週間ほどかけて観光ついでに旅をしながら各地を渡り歩いていたのだが、働いていないのがだんだん落ち着かなくなって、ここに来てからすこしだけ農業を手伝っている。
「いやあ、若いっていいねえ。今時の子はみんな都のほうに行っちまうから、なかなかつれえもんだよ」
「若いって言っても。ぼく、運動なんて全然してないですから。筋肉痛と疲労感がすごいですよ」
「腰をやってねえなら大丈夫さ!」
農家の男は豪快に笑ってライカの背を叩いた。
(農業か……。自然に関する分野は聖者の専門だと思ってたけど、魔法でもなにかできることがあるかも?)
聖者とは魔法とまったく異なる不思議な力を使う者のことを言う。数はかなり少なく、国に1人居るか居ないかといったレベルだ。
彼ら彼女らはその不思議な力で天候を操ったり、土壌を豊かにしたり、瘴気と呼ばれる有害な謎の霧を消すこともできる。
魔法でこういったことは不可能だ。似たようなことができても、せいぜいが極めて局所的に雷を発生させたりといった程度だ。聖者の力は国全土にまで及ぶ。
聖者の力で自然豊かな土地になったとしても、土を耕して作物を植えて世話をして収穫して……といった労働が必要になってくる。若い人手が足りないと負担は増すばかりだ。
若者が辺境に残って仕事してくれるのが一番良いのだが。
(魔法で仕事を楽にするとして、どうするかだよなあ。うーん……身体能力を強化する魔法は反動が来るからご老人にはあんまりなあ……)
ライカは己がつくづく生み出す側として向いていないことを痛感させられる。
結局この日は考えるのをやめて、自分で収穫した野菜で作った料理を農家の男の家で食べた。