予知夢
ひたすら女は男にすがった。元には戻らないほどによれてしまった男のシャツの襟もとが、女の必死さをあらわしていた。
「どうか、娘は」
腹の底から上り詰めた声は怨念さえも含んでいるかのようで、男はただうなずいて答えるばかりだった。そこは託児所でも、児童相談所でも、何かそういった施設でもない。男が明けた玄関は古い住宅のそれであり、そこに何人もの子供が預けられている、あるいは売られてわけではなかった。
何かの許可を得られたと感じたのか、女児は遠慮なく屋内に入って行った。力の抜けた女は振り向きもせず一軒家を後にした。ほとんど幽霊とかゾンビとかと大差のない歩行だった。靴を脱いでいた女児に男は、礼儀だからと言ってもう一度靴を履くように言った。女児はおとなしく従った。男は女児を連れて家を出た。家の裏手へ上って行く。そこは寺院だった。門を抜けると湿った空気が漂ってきた。本殿へ向かう。戸は開けられたままだった。賽銭箱に小銭を静かに放った。男がするように、女児は合掌をした。
「いいか、これから住むことになるのだから、ご挨拶をする、というのは当たり前のことなんだ。分かったか?」
男は諭すように女児に言うと、女児は分かったようなわからないようなあっけらかんとして一つうなずいた。
(これから一体どうしたらいいのだろう)
振り返ると街並みが見えた。男は一人別世界から見下ろしているような錯覚を覚えた。これまでにこんな感覚をもったことはない。女児を見ると、女児も同じような目線で街を見ているのが分かった。男の不安は少し薄らいだ。
その時である。
男は目が覚めた。布団の中から時計を睨む。次の瞬間、玄関の呼び鈴が鳴った。




