第9話 魔法使いと白い犬
昔造りの木造平屋の古民家。
玄関にある呼び鈴には、『悪霊退散』と書かれたステッカーが貼られ、押すことができない謎仕様。
男は呼び鈴を押すことなく、鍵が掛かってないと知っているのか、迷わず玄関の引き戸を開けると同時に声を掛けた。
「こんちわー。那智君いますかー?」
すぐ傍の部屋の中から子供の声で返事が返る。
「いませんーー。おるすですーー」
玄関の内側に、数種類の靴がきちんと並べて置かれている。
スニーカー、サンダル、下駄、草履、長靴、どれも小さな子供用サイズ。
子供用サイズのスケボーも立て掛けてある。
「お邪魔しま~す」
そう言い、靴を脱いで遠慮なく上がる紫目玉男氏。
右へ倣え、で壱達も続く。
子供の声が聞こえた部屋の襖を開け、三人は中へと入った。
「こんちわ。那智君、久しぶり」
「はじめまし…………犬だ」
挨拶の途中、壱の目に真っ先に飛び込んできたのは、犬の姿。
そこは八畳ほどの広さの畳の敷かれた和室。
部屋の中央に置かれた長方形のガラステーブルを前に、金髪で青い目の、小さな子供が一人座っていた。
その子供の傍らで、体長約四メートルほどの大きな真っ白い犬が、堂々寝そべっている。
圧巻のビッグサイズ。
「……萌花、犬だぞ。お前動物大好きだろ。ほら、モフモフでっかいワンワン!」
その言葉に萌花の目が開き、周囲を彷徨った後、再び閉じられた。
子供は、チラリ、壱に視線を向けた後。
紙にカラーペンでお絵描きしながら答える。
「今ここで犬の姿が見えてるのは、僕とお兄さんだけ」
「へ?」
「その『犬』ってのは、頭に角が三本生えたウサギ?」
子供が紙に描いてる、頭に角が三本生えたウサギの絵を見ながら、男が壱に問う。
「違う、フツーの犬、スゴイでっかい白い犬! ソコ、目の前にいるの見えない? てか、これ剥製?」
背中から萌花をゆっくり降ろし、部屋の角の壁に寄りかかるようにして座らせてから。
興味津々。
微動だにしない置物のような犬に近付き、そっと手を伸ばし、触れてみる。
「あたたかい……生きてる? うおっ、アクビした、本物だ!」
「触れて喰われなかったのはお兄さんが初めて」
犬はじっと壱を見つめている。
犬種はスピッツだろうか、犬派にはたまらない、圧倒的超絶モフモフ感。
毛艶が良く、目はキレイなエメラルド色。
犬の目の中に壱の顔が映っている、それを見ながら壱が訊いてみる。
「キレイな犬ですね……名前は?」
「うさぎ」
ガブリッ!
直後、その答えに異を唱えるかのように犬は小さな頭に噛みついた。
ギョッとした表情で壱が子供に言う。
「あの……犬に頭噛まれてますよ」
「甘噛みだからヘーキ」
「血が流れてるけど」
「僕、治す力が強い」
ジャレて噛むというよりは、ガジガジ、というマジ噛み。
当の子供は平然とお絵描き続行。
目の前の光景を指差して、子供の斜め向かいに胡坐をかいて座る紫目玉男に、壱が再び問う。
「見えない?」
「那智君の頭から流血してるのは見えるけど、犬の姿は見えない。でもそこに『なにか』いるのは感じる」
大して驚きもせず男はそう話す。
子供が小さな手で犬を払いのける仕草をする。
すると、すぐに白い犬歯は子供の頭から離れた。
途端、あっという間に魔法のように、噛み傷は消えてなくなった。
流れた血の痕跡すら、一切消えている。
跡形もなく。
専門家、スゲェ……。
子供は『梅干し』と赤文字で書かれた緑色の文字Tシャツを着ていた。
背中には梅干しの絵がプリントされている。
黒色のハーフパンツ。
そして丸い木彫りのアクセサリーを首から紐で下げている。
仕草といい、話し方といい、どこからどー見ても子供。
その場で思わず凝視。
すると視線を感じたらしい子供は顔を上げ、壱を見て言う。
「ひとつ訊いていい?」
「は、はい!」
そして視線を紫目玉男に移して言葉を続ける。
「あなた、だぁれ?」
「え、オレ? 蒼太朗だけど。一ヶ月前に会ったよね?」
問われた人物がそう答えると。
お子様は首を横に振り、真顔で返す。
「知らなぁい。ドロボーなの? お金ならあるよ」
「へぇ、なら頂いていこうかな」
「命と引き換えでよければドーゾ」
子供は、しれっとそんなセリフを吐く。
弄ばれてる感満載。
壱は、テーブルを挟んで子供の向かい、大学生の横に座りながら男に話す。
「名前、蒼太朗さんて言うんだ」
「言ってなかったっけ?」
「初めて聞きましたケド。てか、俺らの自己紹介はしたのにあなた自分のこと、大学生A、ってしか言わなかったです」
「ネットで連絡してきた見ず知らずの赤の他人に、簡単に本名晒すワケないだろ。いまどき個人情報は慎重に扱わないと、カンタンに犯罪に悪用される」
「肝に銘じときます」
そんなやり取りの後。
男は、お絵描きに夢中の子供に向かい話し出す。
「実は、カクカクシカジカがあって今日来たんだ」
「その『カクカクシカジカ』が僕は知りたい。そこは割愛すべき箇所じゃない」
「話すのダルくてー」
専門家様は難しい単語を使った大人会話もできるらしい。
蒼太朗の言葉に突っ込むことなく、子供はカラーペンのキャップを閉めると。
徐に立ち上がり、部屋の片隅に置いてある、小さな冷蔵庫の扉を開けた。
そして中から三本のペットボトルを取り出し、ガラステーブルの上、壱達の前に置いて言う。
「冷たいお水をドーゾ」
「おお、サンキュー!」
「ありがとうございます」
350ミリリットルサイズの水が入ったペットボトル。
冷えていてとても美味しそう。
汗だくの壱達は礼を言った後、遠慮なく早速頂く。
壱は萌花の傍に行き、ペットボトルの水をゆっくり飲ませる。
荒れた小さな唇が、少量の水を飲んだ後、『もういらない』の仕草を寄越す。
その後で、壱も自分の分のペットボトルの水を飲む。
ゴクゴクと一本を一気に完飲。
乾いた喉と全身が潤い、ようやく生き返ったような心地。
思い出したように壱は顔を上げて子供に言う。
「あ、自己紹介まだでした。はじめまして。俺の名前は、鳴海 壱で、彼女は同級生の佐々原 萌花です」
「ユニークなの連れてきたんだね。雪姫つながり?」
唐突のそんなセリフに、壱の目は一瞬大きくなる。
さすが専門家……全部お見通しらしい。
子供は、目を閉じたままの萌花をチラリ、と見てから壱に質問。
「そのお姉さんはお兄さんのコイビト?」
「へっ、ぁ……ハイ」
「なにもしなければ明日の昼までに死ぬよ」
「なっ!」
「一応説明しておくけど。雪姫の存在自体は悪ではないよ、勘違いしないで。みんなにキレイな雪を見せたくて、喜んでもらいたくて、単純にただそれだけの理由で、七色の雪を降らせているの。異界に属するこういう者達は、普通の人間には見えないし知らないだけで、実は世界中に多種多数存在してる。人と共生する良い 者と、人に寄生して生気をガンガン吸い取る悪い 者がいて、このお姉さんのそばにいるのは残念ながら後者。生気を吸い取られた人間は、あっという間に衰弱死する。類似シリーズに『花姫』というのもいる」
明日の昼までに死ぬ……。
突き付けられた残酷な宣言に絶句する。
蒼太朗は無言で二人の会話を聴いている。
那智という名の子供が話を続ける。
「生かしたくて藁をも掴む思いで、電車に乗ってはるばるまでやって来て、駅から彼女を背負って汗だくになりながらも、必死でこの山奥まで辿り着いたんでしょ? そういうの嫌いじゃないよ」
そう言い、真っ直ぐな視線を壱に向けた。
弱気になりかけた壱がそこで自分を取り戻す。
崩していた両足を正座に座り直す。
そしてギュッと拳を握り、意を決して子供に伝えた。
「あなたが雪姫を退治できる『答え』だと聞いて来ました。萌花を……彼女を救うことはできますか?」
「できるよ。でも僕は善人じゃないから、無償ではやらない」
キタッ!
予想通りの報酬交渉、ココで間違えたら即終了案件。
ペンを握ったまま、那智は軽い口調で話す。
「お金はキョーミないの。僕は竜の宝玉はニ個持ってるし、人魚のネックレスも持ってる、天使の笛と羽も手に入れた、五色の虹の卵は四個持ってる。それで、あなたの報酬はなぁに?」
「…………」
竜の宝玉?
人魚のネックレス?
天使の笛と羽に、五色の虹の卵ッッ?!!
「ビビるな。リハーサル通りで」
蒼太朗がペットボトルの水を飲みながら言う。
……リハーサルなんかしてねぇ!
ああ、クソッ!
傍に置かれた自分のバックパックの中を探り、持参したキャンディの袋を取り出して、壱は掲げて言った。
「このキャンディの名称は、ビリビリキャンディ! ただのキャンディじゃありません。その名の通り、ビリビリバチバチとした弾ける刺激が口の中で炸裂。眠気スッキリ、頭ハッキリ、テスト前必須アイテムだ! 味は、シャキッとソーダ味。一袋十個入り!」
那智が握っていたペンを放り、秒で両手を伸ばす。
そして両目を輝かせながらキャンディの袋を受け取った。
秒で交渉成立。
この展開には壱も蒼太朗も大きく拍子抜け。
「一個食べていい?」
テーブルを挟んだ真向かいから、キャンディの袋と壱の顔を交互に見ながら、ウズウズした様相でお子様が訊く。
「……仕事終わってからにしてくれません?」
「一個食べてる間に、今ならもれなく『お得なプチ情報』が聴けマス」
「悪徳業者のセールストークみたいだな」
蒼太朗がボソリ言う。
お得なプチ情報……ってナニ?
意味深で気になる。
部屋の角にいる萌花を一度見た後、視線を那智に戻し、壱は念を押すように言った。
「食べていいです。その代わり、食い逃げナシで、絶対に確実に、雪姫退治しろください。いいですね?」
那智はコクコクと頷き。
その場で袋を開封、中から一個の包みを取り開く。
中には、那智の目の色と同じ青色のキャンディ。
それを早速パクリ……三秒後。
「おぉぉお口の中で……バッチバッチしてるぅううーー」
目玉をぱちくりさせてそう言い。
両手を両頬に当て、ヒーハー、と小さな叫び。
壱が冷静な声音で言う。
「それで。お得なプチ情報、とやらを教えてください」
「ぉぉお口の中ぁ……ぴゃあーーー」
「聴いてます?」
「このキャンディ、昔、ポンコツ戦士にもらって食べたことあるのー。おなじ味ーーっ」
「お得なプチ情報、なう!」




