表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギフティ  作者: ハル
6/10

第6話 大学生A

 本日午後七時、指定された地元のカフェで、情報サイトの投稿者と待ち合わせ。

 が、もうすぐ時刻は八時になろうとしていた。

 小じんまりとした狭い店内は、カウンター席と二人掛けテーブルが数席だけ。

 何度見回しても、男子大学生らしい人物の姿はない。

 店に着いたらメールするよ、と書かれていたが、いまだ着信ナシ。


 アイスコーヒー一杯で一時間が経過。

 二人掛けテーブルの席に座る壱が小声で言う。


「遅い!」


 単なる遅刻か、すっぽかされたか、相手は初めから来る気などなかったのかもしれない。

 所詮はネット上の素性も分からん見知らぬ他人。

 メールで教えられた『一駅隣の大学生』というのも嘘かもしれない。

 それでも……少しでも情報があれば今は縋りつきたい。


 小さくひとつため息をついた後。

 タイヘン不機嫌顔でズボンのポケットからスマホを取り出し、壱はメールを打つ。


『待ち合わせのカフェに一時間います。今どちらにいますか?』


 送信して三秒後、突然、ド派手な演歌がフルボリュームで聞こえた。

 顔を上げて見ると、カフェの入り口付近に、たった今来たばかりと思われる客がスマホの画面を見ている。着信音が演歌らしい。

 頭にキャップを被り、柄Tシャツにジーンズの服装。

 見るからに、大学生、という感じ。

 と、スマホを片手に握る壱と目が合い、その人物が近付いて来て言った。


「たった今メール寄越した、俺を呼び出した高校生?」

「そです」

「悪い、遅刻してごめんな~。バイト先でヘルプ頼まれてさぁ、ヘルプだと時給高くてウマウマで断る気なくてー」


 罪悪感ゼロの軽い口調でそう話して、壱の真向かいの席に座る。

 女性店員が、お冷やの入るコップを持って来て、笑顔で男に言う。


「いらっしゃいませ~」

「ああ、ごめん。俺すぐ出るから注文ナシ」

「かしこまりましたー」


 テーブルの上にコップを置くと、女性店員はすぐにその場を去る。

 髪は黒色、目は赤色のカラコンを付けた、マジメなのかチャラいのか謎大学生は。

 コップの水を一口飲んでから言う。


「このあと別バイト入ってるから、話は手短に済ませるよ。大学生はバイトが命だからねぇ、働かんとおまんまが喰えない」


 おまんま……っていつ時代だよ。

 そう思いながら、壱は目の前の相手に挨拶した。


「忙しい中、来てくれてありがとうございます。俺は、鳴海 壱といいます」

「はいはい、俺は大学生Aです」

「メールで書いた通り、俺の彼女が今……」

「ストップ。概要はメールで教えられたからリピートしないでいい。忘れるほどボケてないから」


 言葉を途中で遮り。

 男は、自分のスマホを操作して、壱の目の前に置く。

 そしてそのまま、数枚の写真をスワイプさせながら見せる。


「これ……」

「同じ?」

「はい……丸ごと全部」


 画面を凝視しながら壱はそう答えた。

 部屋の片隅に積もった雪、七色の塊、掌の中で溶けた水状態。

 角度や距離を変えて写されたそれら写真は、壱が見たあの雪現象と同一。

 顔を上げると男が言葉を寄越す。


「ある日突然始まったんだろ? 砂のような七色に光る雪は、場所を問わず屋根のある部屋の中でも降る。一人の人物の周りにだけ降り、そしてその人物は、日増しに衰弱していく」

「その通りです」

「ソレ、雪姫の仕業だって」

「雪姫って?」

「ああ、異界に住む存在らしいよ。詳細は知らないけど、幽霊や妖怪とも違う不思議生物、みたいな?」


 そのセリフに壱は無反応。

 向かいの席から男が顔を寄せ、真顔で訊く。


「驚かないの?」

「驚くようなこと十分見てますんで。夏に部屋の中で降る溶けない七色の雪とか」

「肝座ってるねぇ。俺は初めてソレ聞いた時は、異界ってラノベかよマジなに言ってやがんのコイツはドアホ? と鼻先で笑って小バカにした」


 小さく笑いそう話し。

 男は頬杖をついて、言葉を続ける。


「俺の妹が一ヶ月ちょっと前に、キミの彼女が今体験してるのと同じ現象に遭遇した。七色の雪が降る度に妹は衰弱していって、俺は毎日必死に解決方法を探しまくった。で、雪姫の存在を知った」

「情報元は『教えて情報サイト』ですか?」

「いや。俺のバイト先の飲食店に来ていた客が、雪姫の会話してたのをバイト中に偶然聞いて、これだ、と思ってそこから色々調べ始めた。ネットと並行して自分でも調べて、結局情報サイトで答えは見つからなかった。リアルで人を介して、答えを持つ人物に辿り着けた。続き聞きたい?」


 そう訊かれたから、壱は頷く。


「ようやく待望の答えに辿り着いた時に、妹は死んだ。雪現象が始まって九日目の朝。風邪一つひいたことない健康体だったのに、あっという間の出来事だった。現実感なくて気持ちの整理つけなくて。そんな時にキミからメールが届いた、で今に至るだ」


 無表情で素っ気なくそう語る。

 寄越された予想外のバッドエンドを、どこか他人事のように聴く。

 萌花は違う、絶対違う、そうならない、なるはずがない。



 だったらなんで俺は怯えてる?



 テーブルの上に置いてたスマホを、男がズボンのポケットにしまう。

 壱は両拳を握り締め、直球で訊いた。


「俺の彼女は助かりますか?」


 質問に相手は即答。


「要は、原因の『雪姫』を退治すれば問題全部解決。簡単だろ?」

「できるんでるか?」

「俺はできないけど、その答えを持ってる人物を知ってる」


 それはつまり、できる、と解釈していいの?

 じっと凝視している壱に男が言う。


「ひとつ訊いていい?」

「なんですか」

「今まで知識として学習してきた常識全部取っ払って、ブッ飛んだ未知と向き合う心構えある?」

「あります」

「なら問題ない。救ってくれる人物のところに連れてってやるよ」


 そう話して、ニッと笑顔を見せる。

 男は自分の腕時計をチラリ見て、徐に立ち上がる。


「ココから電車で約一時間の場所にその人は住んでる。早い方がいい、明日平日だけど学校休める? 俺も大学休んで付き合ってあげる。明日の朝八時半、ここのすぐ近くにある双葉駅で待ち合わせ。必ず本人も連れて来て、当人いないと意味ないから。んじゃ」

「ち、ちょっと待ってください!」


 早々に帰ろうとしている相手を慌てて引き止めた。

 最重要事項をまだ話していない。

 いざ、意を決して。


「あのっ! 明日、お祓いなのか祈祷なのか何するか知りませんが、その料金っていくらぐらいですか? 彼女を救えるならいくらかかっても構いません! ただ……実は俺、全財産が7000円しかなくて、細かいこと言うと7256円です。料金はバイトして俺が必ず全額支払います、約束します、今この場で誓約書を書いてもいいです、ハンコ持ってきてないので拇印で良ければ押します。だからその、分割か後払いでも可能でしょうか?」


 目の前の相手を見上げ、真剣な表情で訴える。

 が、返ってきたのは意外な言葉だった。


「金なんてキョーミないよ、あの人は」

「へ?」

「子供が喜びそうなお菓子ひとつ持って来て。それで十分」

「お菓、子?」

「そう。お菓子」


 お菓子???

 キョトンとした顔の壱をキレイに無視して、


「明日の朝、遅刻すんなよ~」


 本日一時間遅刻した人物はそう言い。

 席を立つと、そのまま振り返らずに店を出た。

 その直後。

 壱のスマホの着信メロディが突然鳴る。

 ポケットから取り出して画面を見ると、未登録番号。


 誰だよ……。


 見知らぬ番号の着信は出ない、が通常鉄則。

 けれど鳴り続ける電話に、少し躊躇した後、出てみると相手は萌花の母親だった。


 * * *


 電話で伝えられた総合病院に、壱はカフェから真っ直ぐに駆けつけた。

 四階の奥、閉ざされた扉の上部には『集中治療室』の文字。

 その手前にある廊下の長椅子に、萌花の母親は一人、青ざめた表情で座っていた。

 家のスリッパを履き、エプロン姿。

 料理の最中でここに来たのか、片手にはスプーンを握っている。

 かなり動揺していたのが想像できる。


 壱が傍に近付くと、気付いて、呆然とした声で話し出す。


「夕方、娘が部屋の中で倒れてたの。意識が混濁していて、呼吸も浅くて。慌てて救急車を呼んで、この総合病院に運ばれたの。主人にも連絡して、福岡から今病院に向かってるわ」


 椅子に座ったまま壱を見上げ、そのまま話を続ける。


「さっき主治医の先生と面談したら、萌花は全身衰弱していて余命……長くて五日と宣告されたの」

「え?」


 余命……ってなにそれ?

 壱の目が大きく見開かれていく、鼓動がどんどん速まる。

 震える声で母親が言う。


「きっと先生の誤診だと思うの。だってあの子まだ十七歳よ。今まで大きなケガや病気もしたことない、ずっと健康な体だったのに。なのに急にどうして……絶対に間違いよ」


 今朝、部屋の中で少しだけ会話をした。

 ほんの一週間前まで、隣で笑って、『大好き』という言葉を何度も伝えてくれた。

 そんな壱の大切なお姫様は、今、閉ざされた壁の向こう側にある集中治療室にいる。

 そこで生死を彷徨っている……。


「たった一人の娘なの……いなくなったら困るの……萌花は私達の、かけがえのない一生の宝なの!」


 自分達以外は誰もいない廊下に、母親の悲痛な叫びが響く。

 かける言葉が見つからず、壱はその場に無言で立ち尽くしていた。

 張り裂けそうな心のまま。


 ひとつの命が目の前で消えてなくなろうとしている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ