第95話 くっころ男騎士と後装銃
朝の鍛錬と食事を終えた僕は、水浴びで身を清めた後ジョゼットとともに外出した。もちろん、カリーナとロッテは留守番だ。なにしろ母上のシゴキはまだ終わっていない。僕の方は今日はあちこちへ出かける予定だったが、まず目指したのは馴染みの鍛冶屋だ。
「よお、久しぶりだな! 待ってたぜ、旦那」
鍛冶屋ラ・ファイエット工房で僕を出迎えたのは、工房長のドワーフだった。ドワーフというとタルのような体形のヒゲモジャのおっさんが頭に浮かぶが、やはりこの世界では女性のドワーフしかいない。人型種族で男が存在するのは只人だけだからな。
工房長は子供のような背丈で、その割に手足は太い。それがデフォルメされているように見えて、マスコットのような可愛さがあった。これはドワーフ全体の特徴でもある。
「やあ、元気そうでなによりだ。調子はどうだい、親方?」
「ひでぇもんさ。あんたが持ち込んだオモチャの設計図のせいで、毎晩夜中までウンウン唸ってたんだよこっちは。まあ、面白かったがね」
上機嫌な様子で親方ドワーフはガハハと笑った。ラ・ファイエット工房は鉄砲専門の鍛冶屋だ。ディーゼル伯爵家との戦争で僕たちが使用した小銃や拳銃はすべてこの工房で生産されたものである。
「というと、例の件はうまく行ってるんだな」
「ああ。大砲の方はとうに完成して、宰相閣下に納品済みだ。小銃もなんとかそれなりのモノは出来たから、確認してほしい。……ちょうど宰相閣下もご視察に来られてるんだ。待ち合わせしてたんだろ?」
「そうなんだけど、早いな」
僕がまだ王都で働いていたころ、工房にはいくつかの新兵器を発注していた。今日はその進捗を確認しに来たわけだ。なにしろオレアン公まわりに不穏な空気が漂ってるからな、荒事には備えておいたほうがいいだろう。
しかし、アデライド宰相はもう来てるのか。自分が遅れたんじゃないかと不安になって、懐中時計を取り出してみる。しかし、予定の時間まではあと三十分以上あった。今朝の教会の鐘で時間合わせをしたから、時計が狂っているということもないだろう。
「それだけあんたに合うのが楽しみだったのさ、待ちきれないくらいにな」
「そりゃあ光栄だ」
などと軽口を交わしてから、僕は親方に工房の裏手へ案内された。この工房には小さな試射場がある。僕が頼んでいた新型銃の試作型は、すでにそこへ運び込まれているらしい。
「おはようございます、アデライド」
「おはよう、アルくん」
試射場に張られた天幕の中には、アデライド宰相がいた。地味だがカネのかかっていそうな夏服を着ている。いかにも貴族のお忍び外出着って感じだな。
「久しぶりの実家はどうだった?」
「酒をしこたま飲まされましたよ」
「デジレは相変わらずだなあ……」
苦笑してから、アデライド宰相は視線を隣の木製ラックに目を向けた。そこには、数挺の小銃が立てかけられている。今となっては見慣れた前装銃とは明らかに形状がことなる、奇妙な銃だ。特に目立つのは銃身の付け根に取り付けられた小さなハンドルだろう。
「一足早く見せてもらったがね、これはなかなか凄まじい代物だ」
アデライドが視線で指示すると、彼女の傍らになっていた小柄な騎士が新型小銃を手に取った、アデライド宰相のお気に入りの騎士、ネル氏だ。ネル氏は小銃を構え、銃身付け根のハンドルを引っ張って薬室を解放した。そこにテーブルの上に乗った小さな紙の筒を突っ込むと、そのままハンドルを元に戻す。
引き金を引くと同時に、乾いた銃声が響いた。土嚢に立てかけられた木製のマトに穴が開く。銃口から吐き出された黒色火薬特有の煙幕じみた白煙が晴れるよりはやく、ネル氏は先ほどの同じやり方で新しい銃弾を装填する。そのまま、再発砲。そのリロードの速度は、銃口から弾薬を込める従来型小銃よりも圧倒的に早い。
「これはすごい」
関心の声を上げたのは僕の護衛、ジョゼットだ。彼女は僕の部下の中でも最も銃の扱いに優れている。あの男騎士の狙撃任務に彼女を参加させたのもそういう理由があってのことだ。
「これは……下手をすれば戦争の形がかわりますよ!」
「うん、うん。戦いに関して私は素人だが、これがすさまじい兵器だということはわかる。素晴らしいものを作ってくれたな、アル」
「僕が作ったわけじゃありませんよ」
僕は設計図を引いて、各パーツの製造法に関していくつかの助言をしただけだ。あとはすべて職人が頑張ってくれた結果である。
その設計図自体も、僕ではない架空の錬金術師が作ったものだと周囲には説明している。なにしろ僕は前世知識をもとにこの設計図を作ったわけだからな。新しい発明を生み出す能力なんかない。それに気付かれてボロを出すくらいなら、最初から別人の設計ということにしておいた方が良いだろう。
「それにこいつ、性能は確かにいいんですが……量産性が。ねえ?」
「うちの工房の規模じゃ、月産で十挺でも達成はまず無理だな。とにかく部品点数が多いし、精度も妥協できねえ。高速連射ができるぶん、耐久性も十分注意する必要がある……」
親方が肩をすくめた。このタイプの後装式ライフル銃……シャスポー銃が前世の世界で開発されたのは、一八七〇年代の頃だ。蒸気機関車もすでに普及していたような時代だから、手工業が中心のこの世界とはあまりにも工業力が違いすぎる。同じように量産するのは不可能だ。
「それに、こいつには耐熱ゴムが使われています。ゴムの供給量が限られている以上、ヒトやカネをつぎ込んでもあまり増産はできませんよ」
弾薬を銃身の後ろから装填する後装式と呼ばれるこの手の銃は、薬室の密閉が問題になってくる。銃口以外の場所から火薬の燃焼ガスが漏れると、弾速や射程距離が悪化するからな。この銃の場合、その問題はゴムリングを使うことで解決している。
しかしゴムは僕たちの居る中央大陸では産出されず、西大陸からの輸入品に頼っている状況だ。おまけに生ゴムそのままだと耐熱性に難があるので、加硫という特殊な加工をしてやる必要がある。これにもやはり高いコストがかかってくる。
「ゴム、ゴムかあ……ゴム無しでは作れないのか?」
「作れなくもないんですが……射程が半分くらいになるんですよ、ゴムを使わないと」
前世の世界では射程に勝る前装式ライフル銃を、射程の短い後装式ライフル銃で圧倒した戦例もある。しかし、僕の敵は銃弾を弾くような甲冑を着込んだ騎士たちだからな。その騎馬突撃を粉砕しようと思えば、出来るだけ長い射程が欲しい。
しかし、美女の口からゴム無しとかいう言葉が出てくるとそこはかとなくドキドキするな。まあ、この世界のコンドームはゴムじゃなくて家畜の腸で作られてるんだけど。
……いやーしかし、我ながら溜まってるな。ちょっとした単語でスケベを連想するなんて、中学生じゃあるまいし。ソニアや辺境伯に万が一バレでもしたら、幻滅されてしまいそうだ。気を付けないと。
「ふーむ、残念だ」
「現状、騎兵用として少数配備するのが限度でしょうね。この銃なら馬上でも再装填しやすいですから、それでもかなりの戦力増強が見込めます」
「うむ、なるほど。よくわからんので、任せる」
小首をかしげながら、アデライド宰相はそう言った。宰相は宮廷貴族の出身であり、従軍経験はない。それどころか、戦士としての訓練を積んだことすらないという。封建制のこの世界ではかなり珍しい、官僚型の貴族なんだよな。軍事面に詳しくないのは、仕方がない。
自分にはよくわからないから、詳しい部下に投げる。これが出来るんだから上等だよ。見栄や誤った義務感で畑違いの仕事に無駄な口出しそしてくる上司・上官なんていくらでもいるからな。
「承知しました。……ちなみにこの銃、今何挺くらいできてるんだ?」
「検品も終わってるのは……五挺だけだな。不良品なら、その三倍は出てるんだが」
うわ、試作段階とはいえ凄い不良率……こりゃ、多めの報酬を用意しておいた方が良いな。もちろん開発費はすでに支給しているが、これだけ頑張ってくれたんだからボーナスは必要だろう。
「わかった、不良品も含めて全部買い取ろう。もちろん、弾薬もね」
「そう言うと思って、すでに私が支払っておいたぞ」
宰相がニヤリと笑った。……マジでこの上司、最高過ぎないか?
「その代わり……今夜は私の家で、な?」
しかし、そこはさすがセクハラ宰相。その美しい顔を好色に歪ませながら、そんなことを囁いてくる。この人は、まったく……。いや正直嬉しいけどね?
とはいえ、僕は昨日スオラハティ辺境伯のお誘いを断っている。今夜は空いていたので、その埋め合わせをする予定になっていた。いろいろお世話になってる人だからな、まさか断ってそのままというわけにはいかないだろ。
「その……申し訳ありません。実は、辺境伯様に既に誘われておりまして」
「……なら仕方ないな。私も同行しよう」
なんだか妙に渋い表情で、アデライド宰相はそんなことを言いだした。