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第93話 くっころ男騎士と実家

 スオラハティ辺境伯と早々に分かれたのには、それなりの理由がある。王都に戻って来たからには、あいさつ回りをしなくてはいけない場所が沢山あったからだ。

 なにしろ、ディーゼル伯爵家との戦争で僕は少なくない数の配下を失った。十分な教育を受けた騎士というのは重要な戦力であって、予断を許さない現状においてはまっさきに補充すべき人材と言える。

 知り合いの一線から引いた騎士を訪ねて、親族や部下からリースベンに移住しても構わないという騎士を探してもらうのだ。僕の知り合いの騎士と言えば大半が宰相派閥の宮廷騎士だから、この辺りは話が早い。本当ならアデライド宰相に直接頼むべきなのだが、彼女もオレアン公対策で忙しいらしいからな。自分でできることは自分でやる、そういう判断だった。


「よーし、お疲れ様」


 そう言う訳で、僕たちが今日宿泊予定の場所……つまり、僕の実家に到着したのは、西の空が赤く染まった時間帯だった。

 アッパータウンとダウンタウンの間にある微妙な地区に建った、ちょっとした庭付き普通の二階建て住宅。それが僕の実家だ。これより大きな家に住んでいる平民だって、決して珍しくはないだろう。それでも、久しぶりの実家だと思うと高級ホテルに泊るよりも嬉しいものだ。


「よく帰って来たな! よーし、まずは駆け付け一杯だ!」


 僕を出迎えた母上は、すでに出来上がっていた。ダイニングルームの真ん中にデンと据え付けた酒樽から柄杓でワインを掬い、直接飲んでいる。うわあ、なんて声が自然と出た。僕も呑兵衛具合では人のことを言えた義理ではないが、流石にこれはどうかと思う。

 母上は……なんというか、山賊の頭目のような雰囲気を漂わせた女傑じみた人物である。スオラハティ辺境伯とは同世代のハズだが、似ても似つかない。どちらかといえば、前ディーゼル伯爵……ロスヴィータ氏に似たタイプだった。


「今朝からもうずっとこの調子で……止めはしたのですが」


 そんなことを言うのは、僕が生まれる前からブロンダン家に仕えている老男中(だんちゅう)(要するに女中の男性バージョン)だった。その顔には、ひどく申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。


「止めて止まるような人じゃないから……」


「お客さんも来てるのに……すまない、本当にすまない」


 頭を抱えながら、父上が言った。蛮族の戦士ですと言っても十人中十人が納得しそうな母上と違い、こちらは洗練された雰囲気を漂わせる紳士(もちろん、この世界基準の)そのものだ。しかし、やはりこちらも苦り切った表情をしている。


「母上が平常運転でむしろ安心しましたよ」


 まあ、この人は僕が物心ついた時からこんな感じだ。いちいち気にしていたら身が持たないので、柄杓を受け取ってぐっと飲み干す。……かなり上等のワインだな。祝い酒って訳か。


「ワッハハハ! そう来なくちゃな。さあさ、お客人も座れ! 今日は宴だぞ! 飯もってこいメシ!」


 などと言って、母上は強引に僕たちを席につかせる。カリーナとロッテは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、幼馴染のジョセットは慣れたもので酒杯を受け取りすでに一杯やりはじめている。


「お前がカリーナだな? 話は聞いてる。アタシはデジレ。デジレ・ブロンダン。見たらわかると思うが、アルの母親だ」


 どっちかというと僕は父親似だよ! ……まあ、性格は母親似なんていわれるけどな。解せぬ……。


「アッ、どうも……カリーナです。ヨロシクオネガイシマス」


 ガチガチになりながら、カリーナは頭を下げた。小さなツノが二つ生えたその頭を、母上は軽くひっぱたいた。


「ほかでもないアルの頼みだ。アタシの娘になるのは認めてやろう。が、ブロンダン家の一員になる以上、ナメたことをしでかしたら問答無用でブチ殺すからな、調子に乗るんじゃねえぞ小娘!」


「ぴゃっ!?」


 ノリがもうマフィアかギャングなんだよな、この人。まあこんな脳みそ世紀末じゃなきゃ息子を騎士にしようなんて思わないから、痛しかゆしッてやつだ。慣れてしまえば大したことない。


「あー、もう……せっかくアルの祝いの席なのに……」


 父上が頭を抱えていた。それを見て苦笑していると、隣に居たロッテが耳打ちする。その目はキラキラと輝いていた。


「しっかし、流石は兄貴のお父様ッスね。騎士様となるとあんなんでもこんな出来た婿さん貰えるんスねえ」


 身内のひいき目もあるだろうが、僕の父上は結構な美形だ。三十代になった今でも、その魅力はまったく衰えていない。もちろんこの世界基準の色男なので、前世の世界のいわゆるイケメンとは少し雰囲気が違うのだが……。


「おいコラ、僕は子供は殴らないけど母上は問答無用で全力パンチしてくるぞ」


「……」


 ロッテは無言で母上の方を見た。母上は、ヴァルヴルガ氏やロスヴィ《》ータ氏のように体躯に恵まれているわけではない。しかし、身体能力に劣る只人(ヒューム)でありながら騎士などしているだけあって、熟達した戦士特有の鋭い気配を放っていた。只者ではない、というのは素人であってもすぐに肌感覚で理解できる。


「聞かなかったことにしてくださいッス」


「トクベツだぞ。……あとな、父上は政略結婚じゃないぞ。騎士になったからってそううまく結婚相手が見つかるわけじゃないからな、ヘンな幻想は抱くなよ」


 実際のところ、父上はどこぞの大貴族の後添えになるハズだったところを母上に強奪されたらしい。愛剣も盗品なら夫も盗品の盗賊騎士デジレ・ブロンダン。そういう風に呼ばれてたとか。……いやー、実母ながらあまりに強烈だよな。


「ウッス……」


 ロッテはうなだれた。まあ、こいつも異性が気になり始めるお年頃だからな。やっぱり、一発成り上がってモテモテ、みたいなのを期待してるんだろう。僕も成り上がってモテモテになってみたいもんだよ。……変態にはよくコナをかけられるんだけどね、結婚相手になってくれそうな相手が全然いなくて困るね。

 ブロンダン家は只人(ヒューム)の貴族だから、亜人の嫁を迎えるわけにはいかない。種族が乗っ取られてしまう。だから、知り合いで言えば候補は宰相閣下くらいだ。

 ……性格も容姿も好みだし、頭もいい。アデライド宰相は本気で結婚を申し込みたいくらい魅力的な相手だが、家格が微塵も釣り合わない。その上、嫁入りを頼む必要まであるからな。土下座して結婚を懇願しても、絶対に無理だろう。そもそも、宰相自身が僕をどう思ってるのかよくわからないしな。セクハラしてくるあたり、嫌われてはいないんだろうけど。でも、僕を火遊びの相手程度にしか認識してない可能性も滅茶苦茶高いし……。


「はあ……」


 せっかく実家に帰って来たというのに、すっかりテンションが下がってしまった。こういう時は、酒を飲んで忘れるしかないな!

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