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第91話 くっころ男騎士と政治の話

 僕が乗せられた馬車は、八頭立ての立派なものだ。当然その客室も広くて快適なものだが、その中に居るのは僕とスオラハティ辺境伯の僅か二名のみ。従卒や使用人はもちろん、護衛の騎士すら同乗していない。


「さて、これからの話をしようか」


 ふかふかしたシートに腰掛けた辺境伯が、足を組みながら言った。その言葉を合図にしたように、馬車が進み始める。王都付近の街道はすべて石畳で舗装されている。馬車自体もサスペンションが装備されている高級品ということもあり、その乗り心地は(この世界基準では)快適だ。


「とりあえず、アルの昇爵は確定した。役職としては城伯、つまりはカルレラ市とその周囲の農村・開拓村を防衛する司令官ということになるが……実質的には独立した領邦と同じだ。現状のリースベンは伯爵領とするには小さいから、子爵相当の爵位になってしまったが」


「そもそも、子爵を通り越していきなり伯爵というのはムリな話でしょう。僕が女爵に叙されてから、まだ一年もたってないような状況な訳ですし」


 そもそも、爵位なんて奴はぽんぽん上げたり下げたりするような代物じゃないからな。爵位が領地と紐づけられている領邦領主となれば特にだ。


「リースベン領が発展すれば、正式に伯爵領に昇格させることができる。カネもモノもヒトもどんどん流すから、どうか頑張ってほしい」


「有難き幸せ」


 しかし、まったくどうしてこの人はここまで僕に良くしてくれるのかね? たしかに、辺境伯家にはそれなりの利益を供与している。辺境伯軍はすでにライフル銃をはじめとした新兵器の大量配備を進めているし、それに対応した戦術の構築に関しても僕のアドバイスをもとに行っている。

 今の辺境伯軍であれば、王軍とも互角以上に戦えるんじゃないだろうか? 王に忠誠を誓った身でなんてことしてるんだお前は、という話だけど。しかし僕はもともと王都の出身というだけで、ケツモチをしてくれたのはいつだって国王陛下ではなく辺境伯だからな。アデライド宰相にしろ僕にしろ、実質的にはスオラハティ辺境伯が中央での発言権を確保・拡大するための駒に過ぎないわけだ。

 とはいえ、言ってしまえばそれだけだ。たんに自領の軍事改革がしたいだけなら、僕の出世など後押しせずに領地に連れ帰って相談役にでも据えた方が良いだろう。そうなっていないのは、辺境伯が僕(と僕の母親)の『ブロンダン家を有力貴族家にしたい』という願いを聞いてくれたからこそだ。相手は重鎮中の重鎮、こっちの意向を無視して強引に引き抜くこともできるはずなんだがな。


「しかし、とうとう僕も独立領主ですか」


 ヒラの騎士から出発した僕としては、なかなか感慨深いものがある。神聖帝国ほどの極端ではないが、このガレア王国においても領主の権限は強い。独自の徴税権や軍事権を持ち、一個の国家としてふるまうことを許される。

 もっとも、流石に何もかも自由という訳ではない。国王陛下は僕の領地を保護する義務を持つが、代わりに僕は国王陛下の求めに応じて軍役をこなす義務を負うわけだ。この双務的契約関係が、この世界の封建制度の根幹になっている。


「思ったより時間がかかった、というのが正直なところだ。もちろん、アルが悪いわけではないよ。私やアデライドが、君の能力に見合った仕事を用意できなかったのが問題だ」


「男の身空でここまでスムーズに出世できることが、まず異例ではありませんか。こんなに有難いことはありませんよ。それもこれも、辺境伯のお力添えあってのことです」


 当然だが、ここまで出世できたのはアデライド宰相やスオラハティ辺境伯の強烈なバックアップがあったからだ。たとえ僕の性別が女だったとしても、後ろ盾なしにここまで早く領主にまで成り上がることはできなかっただろう。一生をかけても宮廷騎士のまま終わっていたかもしれない。

 だいたい、今のガレアは比較的平和だからな。盗賊や蛮族を追い回したり、ちょっとした地域紛争を鎮めに行ったりというのが、中央の騎士に課せられる任務だ。このような状況では、大きな出世につながるような成果を上げるのは難しい。

 ……まあ、戦果を上げたヤツを出世させる、という考え方自体僕はあんまり好きじゃないけどな。前世の世界でも、まぐれで大戦果をあげたやつが昇進し軍中枢で滅茶苦茶をやらかした……なんて事態は枚挙にいとまがない。


「君にはある程度出世してもらわなくては困るからな……」


「……というと?」


「いや、気にするな。こっちの話だから」


「はあ……」


 辺境伯にも何かしらの思惑があるのだろうか? まあ、そうじゃなきゃここまで親身に協力はしてくれないだろうな。何にせよ、辺境伯が事情を語りたがらない以上あまり突っ込んで聞くわけにもいかない。


「今はとにかく、目の前の障害をなんとかするのが先決だ。つまりは……オレアン公」


「やはり、一筋縄ではいきませんか」


「ああ、君の昇爵を決める会議でも随分とゴネていた」


 やっぱりオレアン公には恨まれてそうだな、僕は。ひどい逆恨みもあったものだ。


「とはいえ、こちらもやられるばかりではない。君がディーゼル伯爵や……例の尊きお方から得た情報をもとに、捜査を進めている。オレアン公はリースベン前代官のエルネスティーヌを処刑して追及を逃れようとしているが、そうはいかない」


 尊きお方ことアーちゃんからは、実際のところ大した情報は得られていない。しかし、オレアン公の側近でなければ知りえない情報が神聖帝国へ漏れていたわけだから、その漏洩ルートを予測するのは大して難しいものではない。スオラハティ辺境伯のいい方からみて、犯人の目星はすでについているのだろう。


「政治面での闘争ならば、アデライドはなかなかのものだ。それに、私も最大限のバックアップはする。アルは何も心配する必要はない、すべてこちらでよろしくやっておく」


「ありがとうございます」


 僕はにこりと笑って頷いたが、内心はあまり穏やかではなかった。スオラハティ辺境伯には、オレアン公を追い詰めるだけの自信があるのだろう。しかし下手に敵を追い詰めるとシャレにならない逆襲を誘発する場合がある。窮鼠猫を噛む、というヤツだな。こう言った部分は、軍事的闘争も政治的闘争も同じことだろう。


「しかし、オレアン公もなまじの政治家ではありません。どうかお気をつけください」


「そうだな。詰めを誤れば、こちらが窮地に陥る可能性もある……」


 辺境伯は神妙な顔で頷き、悩ましいため息をついてから視線を窓の外へと向けた。街道の左右には、地平線の彼方まで小麦畑が広がっている。すでに刈り入れはおおかたおわり、畑では大量の麦藁が干されていた。ひどく長閑(のどか)な光景だ。青い空をバックに鳩の群れが飛んでいるせいで、余計にのんびりとしたものを感じてしまう。


「……そうだ。せっかくだから、一晩うちの屋敷に泊って行かないか? カリーナや、あの可愛らしいリス獣人の子の歓迎会がしたい」


 しばらくの沈黙の後、スオラハティ辺境伯はそんな提案をしてきた。彼女は事あるごとに僕を屋敷に誘う。彼女が王都にやってくる夏のころになると、ほとんど僕は辺境伯邸に泊りがけになるくらいだ。


「申し訳ありません。カリーナと僕の両親の顔合わせの件もあります。今日のところは……」


「なるほど、それは仕方ないな」


 そう言う辺境伯の表情は、なんだか申し訳なくなってくるほど残念そうだった。……しかし、ソニアの忠告を聞いて若干身構えたが、やっぱり全然大丈夫だな。攻撃どころか、セクハラ一つ飛んでくる気配はない。

 この辺りは、さすがソニアの母親だなと思う。マトモで、真面目。必要とあれば荒事も辞さないとはいえ、身内に対しては優しい。よく似ている。やはりこの二人は、僕の知り合いの中でももっとも信頼のおける部類の人たちだ。

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