第86話 くっころ男騎士と義理の妹
こいつい、何か勘違いしてないか? 真っ赤になってフリーズするカリーナを見て、僕はそう思った。こいつを両親に紹介するのは、養子縁組のためである。カリーナが再び騎士を目指すためには、この過程が必ず必要になる。
「カリーナよぉ……お前、自分が今やディーゼル姓を名乗れる立場じゃないってことはわかってるよな?」
僕が何かを言うより早く、ロスヴィータ氏が助け舟を出してきてくれた。
「えっ、ああ! 勘当されたんだから、そりゃ当たり前か……」
「そう、今のお前はただのカリーナだ。そんな人間が騎士になるのは、平民が騎士になりあがるより難しい。脛に傷があるわけだからな。とにかく、せめて貴族家の家名を名乗れるようにしなくちゃいけない」
ロスヴィータ氏の説明は端的だった。なにしろ、今回の件は彼女が頼んできたものだからな。『娘にもう一度だけチャンスをやってほしい』と、多額の謝礼金と共に頭を下げられたのだ。
実際、この提案にはこちらにもメリットがあった。カリーナを手厚く扱っている限り、ロスヴィータ氏はこちらを裏切れない。人質のようなものだ。ディーゼル家とはこれから末永く仲良くしていきたいからな。その弱みを知る人物が味方に付くのは非常にありがたい。
「えーと、つまり?」
「簡単に言うと、お前の名前がカリーナ・ブロンダンになる」
カリーナには、僕の両親の養子になってもらう。僕とは、義理の兄妹になるわけだな。知り合いの他の騎士家に養子縁組を頼む案もあったが、これが一番手っ取り早かった。決して、義理の妹なんていう素敵存在が欲しくなった僕がこの案をごり押ししたわけではない。あくまで手間を省くためだ。本当だぞ。
「実質結婚じゃん」
「何か言ったか、小娘」
恐ろしい顔をしたソニアが唸り声を上げた。カリーナはションベンでも漏らしそうな表情になって「何も言ってないです」と即答する。不満げに鼻を鳴らし、僕の頼りになる副官は腕を組んだ。
「これはアル様の慈悲だ。その期待に背けばどうなるか、分かっているだろうな?」
「う……」
カリーナの顔が青くなった。これは、ソニアが恐ろしいからだけではないだろう。一騎討ちの妨害、百歩譲ってこれは良い。家族を思っての行動だからだ。しかし敵前逃亡は不味い。一般兵なら死罪もありうる重罪である。二度目があるようなら、流石にロスヴィータ氏も僕も庇いきれなくなる。
「万一があれば、僕は自分自身の手でお前の首を落とさなきゃならなくなる。義理とはいえ、家族だ。そんなことはしたくない」
カリーナは口を一文字に結んでこっくりと頷いた。それを見て、僕は少しだけ微笑む。
「でも、騎士を目指さないという選択肢もお前にはある。戦場なんて、ろくでもない場所だ。そこから離れてカタギの仕事をやる、というのも一つの手だぞ」
正直に言えば、僕としてはカリーナには軍人以外の道を志してほしいという気持ちがある。戦場がどれだけ過酷な場所なのかは、僕も良く知っているからな。
ガレアは一度も実戦を経験せずに退役できるような平和な国ではないし、戦場に出れば必ず死の危険が付きまとう。たとえ命は失わなかったとしても、精神を病んでしまう人間だって少なくない。そんな不幸な結末を迎えるくらいなら、商人なり教師なりのマトモな職を目指した方がいいような気がするんだよな。
「……」
「ひと時とはいえ、お前は同じ釜の飯を食った仲だ。これからは、妹にもなる。たとえ騎士以外の道を目指すとなっても、お前を放り出したりはしない。……どうする?」
しばしの間、カリーナは黙り込んだ。ロスヴィータ氏もソニアも、何も言わない。おしゃべりをしながら食事を楽しんでいた他の騎士たちさえ、空気を読んで口を閉じていた。食卓に着くすべての人間の視線が、カリーナに集中していた。
「私は……私は、騎士になります。汚名を着たまま逃げ出したら、私はずっと腐ったままです。……どうか、私に汚名を晴らす機会をください」
絞り出すような声でそう言ってカリーナは立ち上がり、深々と頭を下げた。僕は少し笑って、ソニアに目配せをした。カリーナは彼女を怖がってるみたいだからな。無理に仲良くする必要はないが、ソニアがむやみに厳しいだけの人間でないことは分かってほしい。
「よろしい。では貴様を我々の仲間と認めよう。まずは見習いからだがな……よろしいですか? アル様」
こういう時に、即座にこちらの意図を汲んでくれるのがソニアの素晴らしい所である。柔らかな声でそう言ってから、ソニアは僕に肩をすくめて見せた。カリーナが湿った声で「ハイ」と答える。
「では、妹よ」
「はい、なんでしょう? お兄様」
お兄様!! 僕は小躍りしそうになった。前世は男兄弟しか居なかったし、現世は一人っ子だ。妹というだけでファンタジーみたいなものなのに、相手はロリ巨乳ウシ娘と来ている。天国か? ここは天国なのか?
気持ちは滅茶苦茶に浮ついていたが、まさかそれを態度に出すわけにはいかない。僕は厳粛な顔で言った。
「午前中は座学。午後からは基礎体力の錬成だ。泣いたり笑ったりできなくなるまでみっちりやるからな、覚悟しておけよ」
「ぴゃあ……」
カリーナの顔色がまた青くなった。隣のロッテはニヤニヤ笑ってる。……でも、カリーナのことだからな。たぶん友人であるお前も他人事じゃすまないぞ。まあ、訓練を受けさせる手間は一人も二人も大差ない……どころか二人いた方が楽ですらある。二人とも、せいぜい鍛え上げてやろう。
妹だろうが何だろうが、甘い顔をするわけにはいかない。それは本人のためにならないからな。心を鬼にして、厳しい訓練を課す必要がある。……とはいえ僕はやるべき仕事がいっぱいあるから、教官役は手すきの騎士たちに任せるしかないがな。これだから責任のある立場は嫌だね。