第十話 義妹嫁騎士と不良エルフ(4)
「私たちは同じ戦場を共にした戦友、そこに命の価値の軽重なんてありはしないわッ! 私にやめろというのなら、貴方たちこそ今すぐロシアンルーレットなんてやめなさい!」
エルフ三人衆を指差し、私はそう言い放った。ロシアンルーレットの実演が効いたのだろう、反論はなかなか返ってこない。彼女らは口元を引きつらせつつ、ちらちらとお互いを見やっている。
「……そげんこつ言われてものぉ」
しばしの沈黙のあと、最初に口を開いたのはメカクレエルフのノルだった。
「じゃあ、どうせーちゅうど。こんまま、永遠にけ死んだごつ生き続けぇと? どう考えてん死ぬより辛かど」
「……」
今度はこちらが黙る番だった。確かに彼女の指摘ももっともだ。まだ三十年も生きていない私でも、社会の邪魔者扱いされながら永劫の時を生き続けることがどれほどの地獄なのかくらいは想像がつく。
そして今のこの状況は、エルフたちの内的な事情だけが原因ではないのだ。外的な要因もなんとかしないことには問題は解決しない。
「とりあえず、エルフの村に戻って畑でも耕したら? 肩身の狭さを感じるのは、短命種ばかりの街に居るせいもあると思うの。同胞と一緒に暮らした方がきっと気が楽なハズよ」
「イヤじゃ」
リーダーエリフのリッカは私の提案を一刀両断に切り捨てた。
「肩身ん狭さをゆーとなら、こん街より村ン方がよほどひどか。右を見てん左を見てん子連れん夫婦ばっかいじゃからの……」
「えっ、どういうこと?」
「戦後ベビーブームだよ。いくさが終われば子供が増える、自然の流れだ」
私の疑問に答えたのは、エルフたちではなくアンネだった。彼女はなぜか私を恨みがましい目付きで睨みつつ、言葉を続ける。
「連合帝国の成立後、リースベンには大勢の移民がやってきた。その中には、少なくない数の男も含まれている。家族に連れられてやってきたヤツとか、戦争で妻を失った寡夫とかがな。そいつらがあちこちでくっついて、ガキを大勢こさえてるんだ」
「さよう。特に、よそ者ン男はエルフに対すっ偏見を持たん者も多かった。復員中んエルフ兵と知り合うて恋仲になり、そんまま村にまで着いてきたんじゃ」
「ああー……」
エルフどもってば外見だけは百点満点だものねえ。引っかかっちゃう男もいるか。で、その結果子供が大勢生まれまくっていると。なるほどなぁ。
「あン桃色ん空気は耐えられん。つらか」
「俺は妹に先を越されたんじゃ! もう三人も娘がおって……顔を合わすったびに『姉貴が独身で助かった、子育てン手が足らんで』なんて言わるっんじゃ!」
「あんボケカスが結婚できてないごてウチはといえできんのじゃ! もう情けのうて情けのうて腹ァ切りとうなっわッ!」
一斉に怨嗟の声を上げ始めるエルフども。それに加え、アンネまでもが『わかるわかる』と言わんばかりの様子で何度も頷いている。
「俺らはしょせんエルフん中でんあぶれ者なんじゃ……」
「わかる、わかるぞその気持ち」
項垂れるリッカの肩をアンネがポンポンと叩いている……ちらちらとこっちを見ながら。うざすぎる。
「じゃ、じゃあなんか定職に就きなさいよ……。半分無職みたいな中途半端な立場でぷらぷらしてるから気持ちが腐っちゃうのよ?」
針のむしろめいた気配を感じ、私は即座に帰郷路線を捨てた。半目になりつつ新たな提案をするも、エルフどもは嫌そうな表情で首を左右に振るばかり。
「エルフに対すっ偏見が和らいだのは戦後すぐだけじゃった。理由はわからんが、近ごろはむしろ以前より扱いが厳しゅうなってん……」
「まったく、近ごろン短命種どもはほんのこてひどか。生意気な上司を半殺しにしただけでクビにされてしもうた」
「ウチもクビじゃ! ウチはこげん会社ンこつを思うせぇ、商売敵ン工場に火を放つ準備までしちょったんに……」
「街でエルフが生きていったぁ大変なんじゃ。みな、差別に直面しちょる。むろんそん程度で折るっ気はなかが、とにかっ定職に就ったぁ容易じゃなか。我らが好きでニートをやっちょっち思うたや大間違いやど」
それって差別なのかな……。
「そうなんだ。大変ね」
「やっぱい、我らん居場所は軍隊しかなか。じゃっどん、近ごろン軍はわっぜ景気が悪かようじゃな。事務所に行って『まいっど雇うてくれ』て頼んでん、門前払いされてしまう」
「今は軍縮の真っ最中だからねえ。陸軍でも首切り祭の真っ最中で、みんな戦々恐々としているわ。とても新たな人員を入れる余裕なんて……」
「えっ、いま軍に戻ったや好っなだけ晒し首がでくっんか!?」
「ちがう、そうじゃない」
貴方たちいま自分でクビって言ってたじゃない。もしかしてわざとやってる?
「なんにせよ、白眼視されているのはエルフだけじゃないってことよ。敵らしい敵もいないのに巨大な軍隊を抱えるのはおカネの無駄。そう考える人間は少なくないわ」
遠回しに、私のコネを使っても軍へ再入隊するのは困難だと伝える。いや、本当のことを言えば三人くらいならなんとかならないことはないんだけどね。
ただ、高等遊民エルフはリッカたちだけではない。流石にその全員を軍に迎え入れることは不可能だ。そして私たちの目的が彼女ら全体の救済である以上、エルフ三人衆だけを助けたところで自己満足にしかならない。
「……いや、そうでもないかもしれんぞ」
ところが、そこでアンネが口を挟んでくる。……あんただって軍の内部事情は知ってるでしょうに、どういうつもりかしら?
「カリーナの言うとおり、陸軍では人員削減が続いている。人を増やすどころじゃあないのは確かだ。でもな、帝国軍は陸軍だけじゃねえ。もう一つの軍隊については、むしろこれからどんどん人間を増やす手はずになっている……そうだろ?」
「……海軍か!」
なるほど、そう来たか。現在こそ陸のオマケ程度の存在感しかない帝国海軍だけど、将来的には外洋に出られる大艦隊が整備されることがほぼほぼぼ内定している。人はいくらでも必要になるだろう。
「海軍? ああ、水軍んこつか。……んん? まさかお前、俺らを船に乗せようっちゅーんか?」
「冗談がきつか! 俺らはエルフ、森ン種族ぞ! 陸ン戦いでは何者にも遅れは取らんが、海ン上となっと流石に分が悪か」
「昔は人魚相手ン戦争も何度かやったが、毎回内陸に引き込んで袋叩きにすっやり方やったな。蛇ん道は蛇、わざわざ相手ン得意な土俵に出て戦うたぁ阿呆ンやっことぞ」
当然ながら、エルフたちの反応は悪かった。そりゃそうよね。いくら彼女らが経験豊かな古兵といっても、戦場はほぼ全て大地の上だったんだから。いきなり海に出ろと言われたって困惑しちゃうわよ。
「そらまあ、これまで陸兵として生きてきた人間がいきなり船乗りをやるっつーのは簡単なことじゃねーだろうが」
対するアンネは薄く笑いつつテーブル上の酒瓶を手に取り、ラッパ飲みした。ウィスキーほどでは無いにしろそれなりにキツい蒸留酒である芋焼酎を、まるで水のようにごくごくと飲んでいく。
「でもよぉ、人間生きてりゃさ……一度や二度くらい、これまでの立場や経験が一切役に立たない場所でゼロからのやり直しを迫られることもあるもんさ。そこで尻込みして足踏みし続けるヤツに、良い未来なんか絶対に訪れない。アタシはそう思うね」
そう語る彼女の声音は、なんだかしみじみとした響きがある。実際、彼女の人生はなかなかに波瀾万丈なものであるから、無責任に適当なことを言っているわけではない。
しかし、相手は少なくとも百年以上の齢を重ねているであろう女たちだ。小童がなにを生意気な、という気分は当然あるだろう。
「俺の前で人生を語っとか」
案の定、リッカはなんとも不機嫌そうな様子でその形の良い眉を跳ね上げる。そのまま鼻息あらくアンネの酒瓶を奪い取ると、そのまま自分もラッパ飲みを始めた。
「語るさ。二十七年なんて、あんたらにとっちゃ一瞬だろうがな。それでも、アタシにとっちゃ自分のすべてだ。その中でいろんなことを学んできたのさ」
「言いおる」
空になった酒瓶を乱暴な手付きでテーブルの上に転がし、リッカはアンネを睨み付けた。何やら剣呑な雰囲気のように思えるが、我が副官は身構えもせず堂々とその視線を受け止めている。
「……はぁ、情けなかとぉ。俺は三百年も生きてきたが、言い返す言葉が見つからん。負うた子に教えらるっとはこんこつか」
そこで、リッカは深々とため息を吐いた。そのままどすんと椅子に腰掛けると、仲間たちにも座るよう促した。どうやら、喧嘩は避けられたらしい。ほっと安堵の息を吐きつつ、私とアンネもそれに続く。
「ゼロからんやり直しじゃとさ。 お前ら、どう思う」
「自分でゆーともなんじゃが、俺らは頭が固かど。上手うやれる気がせん」
「まいっど若様ん下で働くっちゅうとなら、こげん嬉しかことはなかどんな。じゃっどん、じゃっでこそ無様な姿は見せよごたなか。今さら若造んごつ扱わるっなぞ……」
妹分二人の言葉に、リッカはウムウムと頷いた。そして部屋の隅で縮こまっている店主の方に視線を投げ、芋焼酎酒をもう一本持ってくるように言う。
「ま、どう考えてん楽な道じゃなかじゃろうな。今さら船乗りに転向すっなぞは……お前たち、そいでも俺らに海軍とやらに行けちゅうとな」
真剣な目付きで聞いてくるリッカ。対して、勧めた張本人であるアンネは「ウウーン」と無責任な唸りを返した。この頑固者どもが上手く海軍に適応できるのか、今さら不安になってきたのかもしれない。
「ま、なんとかなるでしょ」
そんなアンネに代わり、私は楽観を口にする。海軍への転向は一筋縄ではいかない、というのは私も同感だったけれど、さりとて絶対に失敗するとも思わなかったからだ。
「私たち短命種が、人生半ばで新しいことに手を出すのは尋常なことじゃないわ。私たちはどう頑張っても百年生きるのがせいぜいな生き物だからね。でも、貴方たちにはそういう時間制限はないじゃないの」
老化すらないんだから、本当に羨ましいわよね。こちとら、近ごろは十代の時とはいろいろ勝手が変わってきてずいぶんと憂鬱な思いをしてるのにさ。そういう羨望を込めてエルフ三人衆をみやると、彼女らは気まずげに顔を逸らした。
「まあ、そう言われればそうかもしれんな」
「そも、上手きくかどうかと悩んでああだこうだ議バ抜かすっちゅーんな、ちっくと雄々しかったやもしれん。それこそ情けなかど」
「そうじゃな……。そいに、大きな船同士んいっさは敵船に飛び乗っような戦術もあっち聞いたぞ。案外、今までん経験も役立ってくるっやもしれん」
三人衆はしばし身内だけでコソコソと話し合っていたが、やがてコホンと咳払いをしてから私たちのほうを見た。
「すまんが、海軍の詳しか話を聞かせて貰えんか」
「もちろん!」
ああ、良かった。今回はこれでなんとかなりそうね。軍に再入隊すれば、ロシアンルーレットなんてもうやらないだろうし。
行き先が海軍、てのも悪くないわね。なにしろ私たちは陸軍だから、入隊した後はもう面倒を見る必要がない。後腐れがなくてたいへん結構。
「あ、それとは別にもう一つ聞こごたっこっがあっとどん」
そこで、店主がお代わりの芋焼酎酒を持ってきた。リッカはそれを受け取りつつ、ふとした様子でそんなことを言う。もうすっかり気楽な気分になっていた私は、軽い調子で「何かしら」と返した。
「お前、さっきロシアンルーレットをやった時……確か弾丸は五発抜いちょったな?」
「……ええ。私の拳銃は六連発だからね。残るは一発、というわけ」
「フウン」
頷くリッカだが、納得している顔ではない。
「じゃっどん、回転式拳銃を携帯すっときは暴発予防ンために初弾は抜いちょくもんじゃなかとか? そうなっと、お前ン銃には最初から五発しか装填されちょらんかったことになっとじゃが……」
げえ……バレてる。まさか、エルフに暴発予防の概念があったとは……。
「それは旧式拳銃のやり方ね。私のものは金属薬莢式の新型だから、そういう面倒からは解放されてるのよ」
「ほう、そうか。フゥン……?」
床に転がったままになっている私の拳銃をちらちらと見つつ、口角を上げるリッカ。やばい、アレの弾倉を検められたら私の手品のタネが割れてしまう……!
「ま、それならそれで良か」
「納得して貰えたようでなにより」
「別に疑うとるワケじゃ無か。確認じゃ、確認。ふふふ」
「あはは」
「ふふふ」