第九話 義妹嫁騎士と不良エルフ(3)
エルフたちは現代社会に疎外感を覚えている。簡単に言えば、戦乱の時代が終わり平和でお行儀の良い社会が到来した結果、蛮族たちの肩身が狭くなっちゃったわけね。
確かにそれは良いことなのだけれど、当事者が我々の戦友というのはいただけない。ちらりとエルフ三人衆を窺いつつ、言う。
「だからこそ、貴方たちは〝老兵は死なず、ただ消え去るのみ〟を実行した。その手段がロシアンルーレットというわけね?」
「……ま、そうなっな」
エルフ三人衆のリーダー格、リッカはそれを否定しなかった。他の二人は、なんとも不景気な顔で酒を啜っている。ちなみに、つまみはギンナンだ。たくさん食べると中毒を起こしてしまうそれを、彼女らは躊躇なくバリバリと大量に口に運んでいる。
「世はすっかり天下泰平じゃ。気に入らん者バチェストしたらいかんし、余所ン氏族ン畑から勝手に芋バ収穫すっともいかん」
「それどころか盗賊ン首を街道に晒してん怒らるっ始末。若様ん差配じゃ。文句をゆーつもりはなかが、正直に言えば窮屈なんじゃ」
「普通に生きちょっだけで、ウチらはお国ン迷惑になってしまう。えー加減、身ん振り方を考ゆっ時期が来たんじゃろうな」
そらまあ、他種族からすればエルフの普通は普通じゃないからね。比較的エルフ寄りの考えを持っている私ですら、ドン引きすることも少なくない。言わんや、一般市民からすれば……。
そして、エルフという種族は脳筋に見えて意外と感覚が鋭敏だ。自分たちがどういう風に見られているのかは、おおむね理解しているのだろう。
以前の彼女らなら、「そんなことなど知らぬ」とばかりに我を通していたに違いない。しかし今のエルフはお兄様に絶対の忠誠を誓っている。その治世を邪魔するくらいなら、自らケジメを付けよう。そう考える者が出てくるのもフシギでは無かった。
「とはいえ、べつに積極的に死にたかワケでもなかど。じゃっどん、こちらはお前らと違いのんべんだらりと生きちょるといつまでも生が終わらん生き物じゃ。どこぞで区切りは付けんにゃならん」
「そん点、ロシアンルーレットは良か。それまでの人生ン長さや、武芸ん腕前など関係なっふが良かれば生き残り、悪かれば死ぬ」
「先ん戦争と同じちゅうわけだ。あん戦いでん、弾に当たっか否かは運の善し悪しだけで決まったど。……そう思うと、マアそれなりに納得はでくっわけだ」
……なるほど。つまり、彼女らにとってロシアンルーレットは戦場の再現なのか。そう考えると、エルフたちがこの馬鹿な遊戯に熱中する理由も理解できる。戦場で生き、戦場で死ぬのがエルフの生き様だからだ。
「見事な忠義だけど、私としては気に入らないわね。貴方たち、エルフらしくないわ」
エルフ三人衆をピシリと指で差しつつ、そう言い放つ。お兄様に迷惑をかけないようにするためにこういうことをしたのだというのは理解ができるけど、それを褒める気にはなれなかったからだ。
お兄様にとって、エルフはかけがえのない戦友なのだ。彼女らはそれをすっかり忘れている。そして、お兄様は戦友の窮状をよしとするような人間ではない。そして、それはもちろん私も同じ事だった。
「いい? エルフってのはムチャクチャな種族なの。なんでも暴力で解決できると思ってるし、それがダメなら寿命マウントでなんとかしようとする小賢しさまである」
「そりゃダライヤのクソ婆だけじゃろ……」
ノルがボソリと何かを呟いたけど、もちろん無視だ。自覚はないかもだけど他のエルフどもも大概長命種マウント取ってくるわよ。
「それがなによ貴方たちってば。格好付けて小さくまとまっちゃってさ。そういうのは私たち短命種の専売特許なの。老害種族は老害種族らしくもっとムチャクチャやりなさいよ」
「ろ、老害種族!?」
目を剥くエルフ三人衆。顔を火や汗まみれにしたアンネが私の上着の裾を引っ張るけど、こっちも無視する。エルフを相手にするときは、直球勝負が一番だ。持って回った言い方じゃ彼女らの心には響かない。
「そもそもロシアンルーレットのどこが区切りよ! 結局ただの自殺じゃないの! 戦場と同じなんてのはただの言い訳でしょ! エルフともあろうものがそんな屁理屈こねて恥ずかしくないのかしら!」
「なんじゃ手前、喧嘩売っちょっとか!!」
ここまで言われて黙っているエルフどもではない。彼女らは椅子を蹴るようにして立ち上がり、剣の柄に手をかけた。後ろで見ていた店主が「あ、あの、お客さん、流血沙汰は……」なんて言ってるけど無視無視。
「じゃかあしゃあ!! エルフともあろう者が儀バ抜かすな!!」
相手がキレた時の最適解。それは、相手を上回る勢いでブチギレることだ。私は声帯が張り裂けそうな叫びと共に立ち上がり、テーブルをぶん殴った。その上にあった皿や酒器、瓶などが飛び上がりガチャンと大きな音を立てた。
「ロシアンルーレットは戦場と同じ? アホみたいな理屈ね! そこまで言うなら、私もやってやろうじゃない!」
相手が何か反論してくる前に、私は腰のホルスターから拳銃を抜いた。最新型の金属薬莢式リボルバーだ。六連発式の弾倉から、手早く五発の弾丸を抜き取る。そして撃鉄をあげると、その銃口を自身のこめかみに当てた。
「私は夫も娘もいる身の上だけど、妻である前に母である前に軍人なのよ! 市民と戦友のためならば命を惜しんだりしないッ! どんな危険な戦場だって胸を張って立ってやる……それが私の矜持だッ!!」
「お前、馬鹿な真似はやめい!」
夫と娘。その言葉を聞いたリッカらの顔色が変わる。子を成したエルフはその不老性を失う。つまり、子育てとは彼女らの長い人生における総決算なのだった。
そういうワケだから、夫を迎えたエルフは戦死を引退することが掟となっている。母であり軍人であるという私の立ち位置は、彼女らにとってはかなり異常なものであるに違いない。
「娘とやらは、何歳なんじゃ」
「七歳。可愛い盛りよ? 誰に似たのかクソ生意気だけど、そこを含めてね」
さらりと言ってから、引き金を引く。撃鉄の落ちるガチンという音が店内に響いた。……ハズレだ。いやぁ、幸運ね
「わあっ、話しながらロシアンルーレットすな!」
「こン阿呆、何の躊躇もせなんだぞ。すごかぼっけもんじゃ」
「こいつイカれちょる……」
呆気にとられるエルフども。この顔! この顔が見たかったのよねぇ。あー気持ちいい。
「……上官殿が命張ってんだ、部下が尻込みするわけにはいかねーな」
そこでアンネが手を出してきた。私から拳銃を奪い、自分の頭に向ける。
「お前も夫子がおっと?」
「おらんが」
「じゃあ良か。好きにせい」
「よくねーよ! 何もよくねーよ!?」
シャライの無遠慮な言葉に話の腰を折られたアンネは、地団駄を踏んで悔しがる。しかしそれでも、銃口を自らに向けることはやめない。
「よくねーんだよ……一度も男を抱かないまま死ぬなんてご免だ。うまいメシももっと食いたいし、偉くなってチヤホヤもされてーよ」
「……いや、べつにアンタにまでロシアンルーレットを強要したつもりは」
「るせぇ! ここで退いたら女じゃねえんだよバーカッ!」
アンネはもう完全にヤケクソだ。顔中に脂汗を垂らし、ぶるぶると震えながら撃鉄を上げる。
「チクショウ、恨むぜ馬鹿カリーナ……! アタシはこんなとこで死にたくねぇ。死にたくねーよチクショウ……」
ブツブツと呟きつつ、引き金を引くアンネ。結果は……ハズレ。我が副官はそのままヘナヘナと崩れ落ちた。荒い息を吐く彼女から拳銃を回収する。
……いやあ、アンネがここまでやってくれるとは予想外だ。あとで美味しいご飯をたぁんと奢ってあげよう。男は紹介できないけどね。
「じゃあ、次はまた私ね。我が一世一代の勝負、極星よご覧あれ――」
「やめろ、ちゅうちょるじゃろ!」
「グワーッ!?」
そこで、私の顔面に拳が突き刺さった。リッカである。脳が揺れるガツンという感覚に尻餅をつきかけるが、根性で堪える。悪くないパンチだけど、ソニアお姉様に比べればたいしたことは無いわね。
「子がおるならその命はお前だけのモノじゃ無か! 粗末にしてはならん!」
彼女の言葉に、他のエルフ二名もウンウンと頷く。エルフに命を大事にしろだなどと言われるなんて、一生のうちに一度あるかないかの大珍事ね。ちょっと笑える。
「お言葉ですけどね。私も貴方たちも命は一つしかないのは同じなのよ……!」
とはいえ、言うべき事は言っておかねば。私はふらふらと立ち上がり、エルフ三人衆を睨み付ける。
「私たちは同じ戦場を共にした戦友、そこに命の価値の軽重なんてありはしないわッ! 私にやめろというのなら、貴方たちこそ今すぐロシアンルーレットなんてやめなさい!」
もう一度ピシリと人差し指を突きつけ、私はエルフどもに本音を叩き付けた。