第4話 義妹嫁騎士と帝都カルレラ市
カルレラ市警は、その名の通りカルレラ市の治安維持を担う組織である。これは市の自警団や衛兵隊を母体として編制された組織であり、近年新設された警察庁なる省庁によって統括されている。
つまりは我々連合帝国軍とはまったく系統の異なる集団というわけで、はっきり言えば両者の関係はかなりギクシャクしている。方向性の違う実力組織同士が仲良くできるはずもないのだから、これは当然のことと言えるだろう。
そういうわけだから、警官たちは総じて私たち軍人を嫌っている。兵隊が犯罪捜査などに首を突っ込んだ日には、いい顔をしないどころか烈火のように怒りだしてもおかしくないだろう。……普通ならば。
「事件が起きたのは、昨夜のことです。現場となったのは西区にある酒場、車輪花火亭。もとワイン職人の中年竜人とその夫が切り盛りする小さな店と聞いとります」
ところが、不思議なことに今回に限って市警はやけに協力的だった。私たちが市警本部を訪れ事情の説明を求めると、即座にこの件の担当者だという壮年の竜人警官が出てきてペラペラとしゃべり出す。
正直なところ門前払いすら覚悟していたから、この友好的な対応にはかなり面食らってしまった。
「この店、いちおうは工員やら建設作業員やらを相手に商いをやっとるんですがね。しかしどうやら、近ごろはエルフどものたまり場になっているようで……」
「噂の反社エルフどもね?」
「ええ……。騒ぐわ、絡むわ、暴れるわ、挙げ句の果てに自殺まがいの遊びまでおっぱじめるわ、ロクでもない連中ですよ」
そう語る警官の声には、あからさまな嫌悪感が滲んでいる。
「それだけならばただのゴロツキで済むのですが、連中は全員軍隊あがりのようでしてね。剣術だけでも騎士並みかそれ以上なのに、魔法や矢まで飛んでくるのですから手に負えません。アレを警棒と拳銃だけで制圧するのは至難の業ですよ」
「つまり、エルフの対処は警察ではなく軍隊のほうが適任だと。警部どのはそうおっしゃりたいわけだな?」
嫌そうな態度を隠しもしない口調でそう言うのは、私の隣で話を聞いていたアンネだ。
「ええ、まあ……有り体に言えば、そうなります」
ちょっと居心地の悪そうな様子で、警官が頷く。本来、この手の仕事は警察の領分のはずだ。
それに部外者である軍隊が首を突っ込んできたら、そりゃあ気分は良くないに決まっている。それでもあえて私たちに仕事を投げようというのだから、よほどエルフの相手がしたくないと見える。
「我々の仕事は悪人の尻を追い回すことであって、魔物退治ではありません。そういった仕事は、陸軍さんのほうにお願いしたいというわけです」
「魔物、ね」
その言い草はおおいに気に入らないところだったが、私はあえて笑顔を作った。反論したところで、この警官の認識が変わるわけでもないだろう。余計な怒りで精神力を空費できるほど、私は暇な立場じゃない。
「ま、相手が退役軍人というのなら、たしかにその尻拭いは私たちの仕事でしょう。お任せくださいな」
ちょっと早口でそう言ってから、デスクの上に並べられた資料をまとめて小脇に挟む。これらは警察側から提供されたものだけど、彼女らがこの案件から手を引くというのならもう必要ないでしょう。私たちが有効活用してあげる。
「さっ、アンネ。警察さんも忙しいでしょうし、そろそろお暇しましょうか」
「あいあい」
そのまま席を立ち、警官に対して義務的な礼を言ってから市警本部を後にする。秋の日差しが照りつける大通りに出ると、私は大きなため息を吐いた。
「魔物ってなによ、魔物って」
「そうカッカすんなよ。カルレラ市警の警官は、連合帝国建国以前からこの街に住んでいた者も多いんだ」
「らしいわね」
唇を尖らせつつ、アンネの言葉を認める。市警は自警団や衛兵隊を母体にして生まれた組織だ。当然、構成人員もそこから引き継がれている。
「リースベンが王国の辺境領だった時代を知る者にとっては、エルフはいまだに森に潜む魔物なんだろうさ。それが我が物顔で街中を闊歩しているわけだから、まあそりゃ良い気分はしないだろう」
「正論ね」
「そんな顔するな、アタシだって思うところがないわけじゃないんだから……」
皮肉な笑みと共に肩をすくめる相方を見て、私はもう一度ため息を吐く。……しかし、この事情聴取にリケを連れてこなくて良かったわね。嫌な予感がしたから待機を命じてたんだけど、案の定だったわ。
「冷たい水出し豆茶が飲みたい気分だけど、そういう訳にもいかないでしょうね。時間はまだあるし、ひとまず例の……車輪花火亭とかいう酒場に行ってみましょうか」
そういって、路肩で待たせていた愛馬の鞍に飛び乗る。アンネもそれに続いて騎乗したのを確認してから、馬の腹に拍車をかけた。
「カルレラ市もずいぶんと様変わりしたわね……」
街中を訪れるたびに呟く感想が、またも口から漏れる。今のカルレラ市に、私が初めてこの街にやってきた当時の面影は一切残っていない。
木造の平屋や二階建てがぼつぼつと並ぶだけだった通りには所狭しとレンガ造りやコンクリート造りの建物が建ち並び、道路は大通りはもちろん路地裏さえも石畳で舗装されている。ガレアの王都パレアやオルトの帝都(もっとも、今のオルトは王国だが)ウィンブルクをも超える大都市といっても過言ではないだろう。
とくに、この中心街の発展ぶりは尋常ではない。大通りの中央には線路が敷かれており、その上を立派な馬車が走っている。馬車鉄道と呼ばれる公共交通システムだった。
さらに、道路脇には鉄製の土筆めいた構造物が等間隔に生えていた。これはガス灯という照明器具で、夜になると点灯され街中を明々と照らすようになっている。数年前から登場したこのまったく新しい照明は文明の光とも呼ばれ、カルレラ市民の自慢の種のひとつだった。
「よくもまあこれほど一気に発展したもんだよ。怪しげな幻術にでも掛かったような気分になる」
私と同じ感想を抱いているらしきアンネが、なんとも言えない表情で呟いた。
「ま、賑やかなのは悪いことじゃないけどさ……こうも混み合ってると、どうにも落ち着かない」
実際大通りの混雑ぶりは尋常なものではなかった。道路はヒト、ウマ、クルマ(馬車や人力車だ)に埋め尽くされ、まるで芋を洗っている最中の桶のような有様になっている。
こんな有様で馬を走らせたところでまともにスピードを出せるはずもなく、せっかくの騎馬だというのに私たちは徒歩同然の速度しか出せずにいた。これでは何のために馬に乗っているのかわからない。
「同感だわ。これだから中心街には来たくないのよ」
口元を引きつらせつつアンネに同意した矢先のことだった。突然、周囲に耳をつんざくような衝突音が響き渡る。どうやら、音は私たちのゆく道の先から聞こえて来たようだった。
「うわあ、これはもしや……」
「様子を見てくる」
いかにも嫌そうな顔でそう言いつつ、アンネが馬から降りる。この混みようでは、騎馬よりも徒歩の方が素早く動けるからだ。彼女は急ぎ足で人波に分け入り、五分ほどで戻ってきた。
「……馬車と馬車が衝突したみたいだ。怪我人も出てるっぽい」
「あちゃあ、事故かぁ」
近ごろのカルレラ市では、こうした交通事故が頻繁に発生している。急速な人口の増加に交通システムの整備が追いついていないのだ。私は額に手を当て、深々と息を吐き出してから馬を降りた。
「市民を助けるのが軍人の義務だもの、見過ごすわけにはいかないでしょうね。救護に行きましょう」
こういうのは本来警察の仕事だけど、この渋滞ぶりではいつ到着するのやらわかったものではない。重傷者がいるようなら最低限の手当くらいはしてあげなきゃね。
……はあ、面倒な仕事をしている時に限って邪魔が入る。さっさと車輪花火亭とやらに向かいたいのになぁ。参ったわ。