表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

706/714

第三話 義妹嫁騎士とエルフ部下

「どうやら、ロシアンルーレット(モダン肝練り)バ興じちょるんは街エルフどものようです」


 リケがそんな報告を上げてきたのは、調査命令を出してから一週間がたった頃だった。大隊本部の隊長室でそれを聞いた私は、眉間にしわを寄せつつリケの翡翠色の目をまじまじと見返す。


「街エルフというと……」


「軍に奉公すっわけでもなく、さりとて森に帰っでもなか連中んこつです。近ごろン言葉でいうところの、あうとさいだぁちゅうやつですな」


 彼女の返答は端的だった。その顔には、隠しきれない侮蔑の色が滲んでいる。


「アウトサイダーって」


 ちょっと驚いたような顔でそう言うのは、私よりもさらに小柄なリス獣人だ。地味な濃緑色の野戦服に身を包み、襟には伍長を表す階級章が縫い付けられている。彼女の名はロッテ、もう十年以上にわたって私の従者を務める腐れ縁の友人だ。


「なかなか極端な表現ッスね……つまり、はぐれモノってことなんスか?」


「さよう」


 神妙な表情で頷くリケ。


「普段は畑を耕し、戦争とあらば弓を取る。そいが正しかエルフん生き様ちゅうもんじゃ。奴らはすでに、軍のお役目からは離れちょる。にもかかわらず、街に留まり続くっちゅうのはよろしゅうなか。非常によろしゅうなか」


 エルフは農耕民族だ。しかもどうやらそれを誇りに思っているようで、ダライヤ婆様やフェザリア様といった高官さえも城の中庭などを自らの手で耕し芋畑にしている姿をよく目にする。

 つまり、エルフにとって畑とはそこまで離れがたいものなのだった。それが離農して街に留まり続けているというのは、確かにかなり珍しい例なのかもしれない。


「とはいえ、我が国には職業選択の自由というものがあるわけで。畑仕事が嫌だというのなら、それを止める法的根拠はないのよねぇ」


 ふつうの封建主義国家なら、農民は強制的に農地へ縛り付けておくのが常識なんだけれども。我が連合帝国においては、そのような行為は堅く禁止されている。アデライドお姉様曰く、工業に労働力を集めるための方策なのだそうだ。

 正直なところ、そういう政治関連のことは私にはよく分からない。ただ国としてそうしたやり方を推奨している以上、リケの言い分に賛意を示すことは出来なかった。


「で、その街エルフとやらは普段どんな仕事をして生活しているわけ?」


 現在、このリースベンは空前の勢いで発展していた。蒸気機関の出現が産業に革命をもたらしたせいだ。蒸気機関を動力に据えた紡績工場や製鉄工場が猛烈な勢いで製品を生産し、それを鉄道や蒸気船で世界中に運ぶ。そうしたやり方でずいぶんと大もうけしているらしい。

 まあ軍人からするとどうにも実感の湧かない話ではあるけれど、とにかく民間社会が凄まじい好景気に湧いているのは確かなようだ。とうぜん人手不足は尋常なものではなく、職人や商人としての経験がない者でも容易に仕事にありつける状況になっている。

 そういう視点から見れば、森を捨てたエルフというのはある意味見る目のある連中なのかもしれない。今となっては、畑を弄ったり剣を振り回すよりも工場で働く方がよほど儲けられるに違いないからだ。


「確かに、真面目に働いちょっちゅうとならオイが文句を言う(ゆー)筋合いはなかとですが」


 などと言いつつも、リケの態度は不満たらたらだ。


「じゃっどん、定職にも就かずぶらぶらしちょっヤカラも少なくなかっちゅう話で」


「ええ……」


 思わず困惑の声をあげると、リケは苛立たしげにため息を吐いた。どうにも冴えない表情だ。私は懐からシガレットケースを取り出し、紙巻きタバコを一本手に取るとリケに渡してやった。リケが一礼してそれを咥えると、すかさずロッテがライターを使って火を灯してやる。

 ちなみに、私は喫煙者ではない。ではなぜこんなものを持っているかと言えば、部下のちょっとしたご褒美用だった。

 兵隊とタバコは切っても切り離せない関係にある。喫煙率そのものが高いことに加え、タバコを通貨代わりにして物品のやりとりをしている兵士も少なからずいた。

 とはいえ兵士という仕事は基本的に薄給で、一般兵が吸っているのはもっぱら混ぜ物ばかりの粗悪品であった。そういう環境だから、貴族御用達の高級タバコを贈ってやれば皆大喜びするのである。

 言い方は悪いけれど、やる気を出させるための餌としてはピッタリというわけだ。カッカしている奴や慌ててる奴を落ち着かせる道具としても使えるしね。


「それはいわゆる、高等遊民(ニート)的な?」


「まさしく」


 リケは神妙な表情で頷いた。


「むろん囓る脛もなかようなヤカラじゃっで、食うためには多少は働かにゃなりもはん。じゃっどん、日雇い仕事などであっ程度カネを稼ぐと、いっき辞めてまた日がな一日酒と博打に溺るっような生活をしちょるようです」


「ずいぶんと享楽的な連中ね」


 そう言ってから、私は自分の吐いた言葉にハッとなった。


「なるほど、だいたい察しがついたわ。ロシアンルーレット(モダン肝練り)をやっているのは、そうした荒んだ生活を送っている者たちなのね?」


「はい」


 短く肯定したあと、リケはもうもうと煙を吐き出した。せっかく良いタバコを上げたというのに、なんとも苦い表情だ。


「気に入らないわ」


「気に入りもはんね」


 私とリケの意見は一致していた。エルフというのは、たいへんな苦難の道を歩んできた種族だ。火山の噴火を契機にひどい飢饉に見舞われ、国家が崩壊。以降、百年にわたって同族同士が殺し合う地獄の内戦に突入した。

 この内戦はお兄様の活躍によって終結したけれど、彼女らの戦いはまだ終わらなかった。リースベン軍の一員として神聖オルト帝国やガレア王国との戦争に参加したからだ。

 本来彼女らとは無関係なはずのこの戦争でも、大勢のエルフが死傷している。エルフは常に最前線に立ち続け、勇敢に戦い続けたからだ。その勇気と献身は尋常なものではなく、彼女らを辺境の蛮族と蔑むものたちですらその勇猛ぶりにだけはケチを付けられないほどである。


「やっと戦争が終わって、平和な世の中になったのに。どうしてそんなくだらないことで死んじゃうんスか。理解できないッスよ……」


 見たことのない奇妙な虫を目にしてしまったような表情で、ロッテが呟く。口には出さないけれど、私も同感だった。多大な犠牲を払ってやっと平和になったというのに、彼女らは何が気に入らないのだろうか。


「やつらがたまり場にしちょっ場所は、おおむね調べがちちょいもす。そこへ乗り込んで、〝教育〟してやっともよかろかぃ?」


 そう言うリケの目には危険な光が宿っている。ぶん殴るだけじゃ済ませんぞ、そういう雰囲気だ。いちおう許可を求めてはいるけれど、こういう時のエルフは止めても無駄であることを私は経験則で知っていた。


「だめ」


 しかし、知ってはいてもウンとは言えないのが私の立場だ。単純な暴力で解決するような問題なら、お兄様がとうにどうかしているハズだもの。それをわざわざ私に任せたわけだから、それなりの理由があるはず。


「これはお兄様……いえ、アルベール陛下じきじきの勅命なのよ? 短慮はやめなさい」


「じゃっどん、ではどうせーと? まさか、お説教などで済ませようとは思うちょらんでしょうね。連中も子供じゃなか、言うて聞かせた程度で改心すっとは思えん」


 的確な反論に、私は唸ることしかできない。エルフというのは本当に扱いづらい連中だ。彼女の言うとおり、通り一遍のお説教などが通用するはずもない。むしろ、喧嘩を売っているのかと怒り出すにちがいなかった。


「でもね、あなたたちは独立不羈(どくりつふき)の種族でしょう? 言葉にしろ暴力にしろ、大した効果があるとは思えないわ。心から納得しないかぎりは、エルフはてこでも動かない。ちがうかしら?」


「マァ、そうですが」


 怒り半分、照れ半分と言った様子で頬を掻くリケ。彼女はおだてに弱い一面があった。付き合いが長いだけあって、そのあたりのことは良く承知している。


「じゃっどん、そん納得させっまでが難儀じゃらせんか。自暴自棄になっちょっ連中を、どげんして説得すっとじゃ」


「ムゥ」


 それを言われると困る。私は黙り込み、しばし考え込み、それからロッテのほうをチラリと見た。

 助け船を要求したのだけれど、残念ながら専属従者の目は私のほうではなく卓上に置かれた茶菓子のクッキーに向けられている。ムカついたので、彼女の口にクッキーを三枚ほどねじ込んでおく。


「むぐぐ」


「それは、今から考えるほか無いわね。ま、なんとかなるわよ。三人寄れば文殊の知恵ってお兄様も言ってたし」


「モンジュって何」


「なんだっけ……? キャベツとかベーコンとかを水溶き小麦粉と一緒に混ぜて鉄板焼きにした料理だったかな……」


 小首をかしげていると、突然部屋の扉が乱暴にノックされた。びっくりして、思わず椅子から転げ落ちかける。執務机にしがみつきつつ、「どうぞ」と声をかけた。


「おい、また厄介なことになったぞ」


 入ってきたのは、我が副官アンネだった。その顔には苦虫をダース単位で噛みつぶしたような表情が張り付いている。


「カルレラ市警から連絡があった。……どうやら、ロシアンルーレット(モダン肝練り)で新たな死者が出たらしい」


 ああ、もう。勘弁してほしい。なんだか頭が痛くなってきちゃったんだけど……。


くっころ男騎士一巻、発売中です

よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ