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第二話 義妹嫁騎士と部下たち

 翌朝。お兄様の私室で一夜を過ごした私は、カルレラ市郊外にある軍の駐屯地へと向かった。現役軍人である私は、普段はこの場所で生活をしている。

 駐屯地といっても、そこは西方世界最大の陸軍を有する連合帝国。屯する兵員の数は万を超えるほどであり、下手な地方都市などよりもよほど大きな街を形成している。

 同じ鋳型で量産されたのかと思うほど無個性な兵舎の群れや、兵隊向けの商いなどをしている店の建ち並ぶ大通りを抜け、木造二階建ての小ぶりな建物へとたどり着いた。

 ここは、私の指揮する大隊の本部だった。歩哨に立った数名の兵士たちに軽く敬礼などをしつつ、安っぽいドアを開けて中へと足を踏み入れる。


「ひゅう、朝帰りィ!」


「羨ましいなぁ、いいご身分だなぁ、ムカツクなぁ……」


 大隊長の帰還に対し、部下たちがぶつけてきた言葉は辛辣そのものだった。上官に向けるものとしてはまったくもって相応しくない態度だけど、こればかりは仕方ない。

 なんといっても、軍隊といえば独り身の巣窟のような場所なのだ。既婚者の形見はひどく狭い。しかもお相手が世界でいちばん格好良くて可愛い男とくれば、多少のやっかみは甘んじて受ける必要があるだろう。


「うるさいうるさい、さっさと仕事に戻れ阿呆ども」


 はやし立てる部下たちを追い払いつつ、急ぎ足で大隊長執務室へと逃げ込んだ。そして従兵を呼び、豆茶を持ってくるように命じる。


「それから、ついでにアンネとリケも連れてきなさい」


 ついでと言いつつ、実際のところはこちらが本命だった。五分後、従兵は二人の獣人を連れて戻ってくる。片方は長身のオオカミ獣人、もう片方は目付きの鋭いエルフだ。


「朝っぱらから何の用だよ。まさか、ノロケでも聞かせようってんじゃないだろうな」


 席に着くなり、狼獣人は半目になりながらこちらを睨んでくる。

 白シャツに黒ネクタイ、紺のジャケット・パンツという連合帝国軍の士官用制服に身を包んだ彼女の名は、アンネリーエ・フォン・ミュリン。私の副官を務める人物だ。

 ……ついでに言えば、我が実家ディーゼル家と長年のライバル関係にあった名家、ミュリン伯爵家の現当主でもある。それが何の因果か直属の上司部下として同じ職場で働いているんだから、運命って奴はなかなかに皮肉だと思う。


「聞きたいなら聞かせるけど?」


 アンネとの付き合いもすでに十年を超えている。出会った当初はギクシャクしていたものの、いまではほとんど親友同然の関係になっていた。当然、返すこちらの言葉使いも相応にラフなものになる。


「勘弁してくれ」


 ゲンナリしつつ、アンネは従兵の持ってきた豆茶にミルクと砂糖をたっぷりと投入した。そんな彼女に優越感に満ちた視線を投げつつ、私は自分のカップを口に運んだ。豆茶はブラックがいちばん美味しいのに、まったくもったいのない飲み方をする。


「しかしカリーナどん。逢い引きから帰っちきたわりにはどうも表情が優れんようじゃなあ。また何ぞ厄介事でん拾うちきたんじゃなかとか?」


 私がカップをソーサーに戻したタイミングで、アンネの隣にいたエルフが口を開く。アンネと同じデザインの士官服に中尉の階級章をつけた彼女の名は、リケ。我が大隊のエルフ兵どもを統括する指揮官だ。

 彼女は私にとって初めてのエルフの部下であり、その付き合いの長さはアンネにも匹敵する。つまりは気心の知れた腹心というわけね。


「さすが、勘が良いわね」


 苦笑を返してから、私はお兄様から押しつけられた例の一件について説明した。当たり前だけど、こんな面倒な仕事を私一人だけでこなせるはずもないからね。申し訳ないけれど、彼女らの力を借りないことにはどうしようもない。


「おいおいおい、冗談じゃないぞ。お前、またそんな厄介事を引き受けて来やがったのか。アタシ、安請け合いはやめろって言ったよな? それも一回や二回じゃねえ、なんども言ったハズだ。エッ、コラ。まさか忘れやがったのかこのスットコドッコイ」


 話を聞き終わるなり、アンネは悪鬼のような表情をして私に詰め寄ってきた。そのまま頭を押さえ込み、ギリギリと頭蓋を締め上げてくる。


「あだだだだっ! ぎぶぎぶ、ぎぶあっぷ!」


「やかましい! テメーコラ、この間もソニア様に妙な仕事押しつけられてただろ! あれもまだ終わってないのに、また新しい厄物引き受けてくるとかどういう了見だコラ! うちは何でも屋じゃねえぞ!」


「ぴゃあああっ……!」


 視線でリケに助けを求めるも、彼女は無情にも首を左右に振る。結局、折檻はたっぷり五分ほど続いた。


「まあ、受けちまったもんはしょうがねえ。まして。依頼主はアルベール陛下だ。確かに断れるような相手じゃあない」


 思うがままに私を蹂躙したあと、アンネはため息交じりにそう言った。解放された私は息を整え、頭をぶんぶんと振り回す。まったく、この狼女め。上官に対してなんてことを……。


「しっかし、モダン肝練りねぇ。エルフどもも妙な遊びを思いつく。連中らしいっちゃらしいかもしれないが」


 眉を上げつつ、アンネがリケに視線を送る。ちなみに、彼女の実家ミュリン家は以前エルフ兵の手によって酷い目に遭わされている。


「でも、お兄様は違和感を覚えているようだったわ。そうじゃなきゃ、わざわざ調査なんて頼まないでしょうし」


 言っちゃ悪いけど、エルフがトラブルを起こすなんてこのリースベンでは日常茶飯事だからね。馬鹿な遊びに興じて命を落とす程度なら、ちょっと注意喚起して終わり……くらいの対応でもおかしくない。

 でも、お兄様はそうしなかった。やっぱり何かしら気になるところがあるんでしょうね。義妹として、妻として、その期待には是非とも応えたいところだわ。


「ねえ、リケ。あなた、この馬鹿騒ぎについて何か知っていることはある?」


 こほんと咳払いをしてから、リケに水を向ける。

 もちろん我が部隊ではロシアンルーレット(モダン肝練り)とやらが行われたことは(おそらく)一度もないが、同胞のことであれば何かしらの事情を知っている可能性もある。彼女をいの一番に呼んだのは、そうした期待があったからこそだった。


「うーむ、モダン肝練り……申し訳あいもはんが、聞いたことが無かとです」


 しかし、返って答えはなんとも無情なものだった。リケは少し怒ったような表情で頬を掻き、豆茶を一口飲む。


「そン話が真実であれば、なんとも嘆かわしかこつです。長命種たる我々が、命ン使いどころを誤るなぞ! エルフであれば、名誉と誇りンために死ぬべきじゃらせんか」


 苛立たしげにそう続けるリケ。表情がだいぶマジね。どうやら本気で憤慨しているご様子だ。


「たしかにエルフはいざという時には躊躇なく命を捨てられるけれど、それは別に自分の命を安く見積もっているせいじゃないものね」


 頷いて同意を示してから、私は豆茶を飲み干した。


「しかし、リケも知らないとなると……やっぱり外部調査は必須になるか。やれやれ、骨の折れる仕事になりそうね」


「畑違いにもほどがある。アタシらの仕事はいかに敵兵を効率よく殺傷するかを追及することであって、犬みてぇにあちこちを嗅ぎ回ることじゃないんだからな」


 口をへの字にしつつ、アンネがボヤく。正直なところまったくの同感だけど、もちろんそれは口に出さない。なんといっても、これはお兄様に任された任務だものね。それに異論を挟むのは、公人としても私人としても嫌だった。


「やれと言われたらなんでもやるのが軍人ってものよ。諦めなさい」


 副官に釘を刺してから、視線をリケに戻した。お兄様いわく、餅のことは餅屋に任せるべきだという。ならば、エルフのことはエルフに任せるのがいちばんだろう。……ところで、餅ってなんなんだろう? お兄様が言うには、私のほっぺたみたいな食べ物らしいけど。


「リケ、悪いけどこの件はあなたに任せるわ。部下は好きに使って良いし、予算も用意する。同族のコミュニティを辿るなりなんなりして、具体的にどういった連中の間でこのロシアンルーレット(モダン肝練り)とやらが流行っているのか調べてちょうだい」


「カリーナどん、そしてないより若様ン命とあらば、もちろん喜んで。吉報を待ちたもんせ」


 恭しい態度で敬礼をするリケ。その顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。


「……当然だけど、乱暴な手は控えてよね? 折檻とか拷問とか、そういうのはナシ。平和裏に事をすすめるように」


 血の気の多い彼女のことだから、下手をすれば「そげん死にたくれば(オイ)が殺してやっど!」などと言って流血沙汰を起こしかねない。血なまぐさい光景が脳裏に浮かび上がり、私はゲンナリしつつ注意をした。

 ……ま、注意したところでまったく安心できないのが、エルフという生き物なんだけど。とはいえ、気休め程度にはなるだろう。たぶん。


「……善処しもす」


 対するリケの返答は、なんとも不本意そうなものだった。……これは駄目かもしれないわね。



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