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書籍版一巻発売告知SS③

「ねぇ、ソニアお姉様。アデライドお姉様が陸軍の削減を検討しているって噂を聞いたんだけど……本当なの?」


 私、カリーナ・ブロンダンは、内心の憂鬱な気持ちが漏れ出さないよう細心の注意を払いつつ、義姉(あね)に対してそんな質問をぶつけた。


「ああ、事実だ」


 立派な革張りの椅子に悠然と腰掛けたソニアお姉様は、事もなげに私の言葉を肯定してみせる。予想通りだがサイアクの返答に、私は思わず深いため息を漏らした。

 ここは、カルレラ城にあるソニアお姉様の執務室。お姉様は連合帝国の国防大臣であり、いわば私たち(帝国軍人)の総元締めといえる立場にある。当然、その執務室ともなれば面積は尋常なものではなく、室内では何人もの軍官僚が忙しげに働いている。


「ついでに言えば、どうやらアル様も軍縮には賛成らしい。と、言うことは……まあ、ほぼ決定事項といってよい話だということだな」


「そんなぁ」


 吝嗇家のアデライドお姉様はまだしも、まさかお兄様まで乗り気なんて! 私は両手で顔を覆いながら天を仰いだ。軍縮は、マズイ。よろしくない。


「しかし、お前。いったいどこでその話を聞いた? まだ、内々で話し合っている段階の案件だぞ」


「まあ、その辺は、いろいろと……」


「おい」


「ぴゃっ!?」


 お姉様は突然立ち上がり、ぐいと腕を伸ばし私の襟首を掴んだ。そのまま片手でヒョイと私の身体を持ち上げ、ぶらぶらと揺する。

 ……結局、二十歳を超えても私の背丈は大して伸びなかった。ソニアお姉様との体格差は絶望的で、たびたびこうした目に遭う羽目になっている。


「わたしとお前の仲だろう? 姉妹で隠し事は良くない。ちがうか」


「ぴゃああ……」


 すでに現場から離れて長いというのに、ソニアお姉様の膂力は相変わらず化け物じみている。首を締め上げられながら頭をぶんぶんと振られ、私は情けない悲鳴を漏らした。


「ぶ、部下や同僚の親戚筋ですぅ! みんな、食い扶持が減らされるんじゃないかって戦々恐々としてて……私に事情を聞いてこいって!」


 手が緩むと同時に、洗いざらい白状した。そもそも、陸軍の兵力を削減しようという話はもう何年も前から検討されていたからね。それがいよいよ実行されるのではないかという噂が陸軍内で流れ、私にお鉢が回ってきたというわけ。つまりは貧乏くじってことだけど。

 いま、私は陸軍少佐の地位を与えられ、独立大隊の指揮官を務めている。肩書きだけみればまだまだ下っ端だけど、なにしろ私は皇帝・アルベールお兄様の義妹兼妻という身の上にある。

 そのせいか、いろいろと本来の役職とは関係ない仕事を押しつけられる機会も多かった。たとえば、まだ現場に回ってきてない情報を探りに行かされたりね。


「つまりは、門閥貴族どもの差し金というわけだ。案の上だな」


 肩をすくめつつ、お姉様は無造作に私を掴んでいた手を離した。バタリと床に倒れ伏し、荒い息を吐く。あー、しんどかった……。


「しかし、お前もヨゴレたものだな。有象無象共の手先となって身内に探りを入れてくるとは」


 冷たい目付きでこちらを睨みつつ、お姉様はそう言い放つ。肝が冷えるような威圧感だけど、だからといって怯んではいられない。


「そうは言っても、仕方がないじゃないですか。職を失うかもしれないなんて噂を聞いたら、みんな不安になりますよ。私はそういう連中の代表者としてここに来てるんです」


「まあまあ、口が達者になって」


 わざとらしくため息を吐いてから。お姉様は席に戻った。どうやら、これ以上の折檻はないようだ。密かに安堵しつつ立ち上がり、軍服の埃を払う。


「それに、日頃いろいろとお世話になっている人たちからお願いされたりしたら、そうそう断れないじゃないですか。ただでさえ私、いろいろ不安定な立場で難儀してるんですから……あんまり不義理な真似はできないんですよ」


 唇を尖らせつつ、言い訳をする。でも、これは完全に私の本音でもあった。なにしろ、私はお兄様と結婚している女の中ではいちばん身分も立場も低いからね。なかなか難儀してるのよ。……当然ながら、同じ夫を共有してる人たちみんなと仲良しこよしというわけでもないしね。

 しかも、今の私は一個大隊を預かる身だからね。人手とか、装備とか、情報とか、必要なものはいくらでもある。にもかかわらずお兄様は公私をしっかり分けるタイプで、融通を利かせてくれることはまずないときた。

 もちろんこれを独力でなんとかするのは難しい……というより無理なので、私は親戚やら知り合いやらのツテを辿ってたくさんの人の力を借りる羽目になった。お陰でなんとか部隊の体裁は整えられたけど……

 ……借りを作ったからには、とうぜん返さなければならない。お陰で、こうして職務とは関係のない仕事をやらされることもしばしばだった。正直面倒だけど、無視するわけにも行かない。はぁ、つら……。


「義理、ねぇ」


 執務机で頬杖を突きつつ、お姉様は私に倦んだような視線を向ける。


「お前も一丁前の口を聞くようになったなぁ。姉としては、嬉しいやら悲しいやら……」


「しゃーないでしょ! 何もかもお兄様やお姉様におんぶに抱っこというわけにはいかないんだから!」


「それはそうだ。……浮世を生きていると、やれ義理だの見栄だの煩わしいことばかりが増えていく。まったくままならぬモノだ」


 その言葉は、私ではなく自分自身に向けたもののようだった。どうやら、お姉様はお姉様で難儀をしているらしい。


「それはともかく。陸軍の有象無象どもが軍縮の噂を聞きつけ、戦々恐々としていると。つまりはそういうことだな?」


「そういうことです。言い方はさておき」


 誰だって、クビにはなりたくないからね。リストラの予兆を感じ取れば、当然みな平常心ではいられない。

 とくに、今は平和な時代だからね。貴族の私兵部隊や傭兵団に再就職というのも難しい。石にかじりついても帝国軍に居残りたい、なんて思ってる将兵も決して少なくはないわ。


「ふぅむ……予想通りの反応ではあるが。やはり反発は避けられそうにないな」


「当たり前でしょ。クビになって喜ぶ人なんて早々いませんよ」


「しかしな。現状の軍備をいつまでも保持し続けるというのは極めて困難なのだ。連合帝国内のポストが既得権益化する前に、大鉈を振るっておかねばならない。これは必要な犠牲というものだ」


「とはいえ、切られる方の気持ちというモノもありますから」


 もちろん、お姉様の主張が理解できない訳ではない。というか、正しいことを言っているとすら思う。けれども、現場の人間としては一言申したい気分もあった。


「だが、そもそもまだ誰を切るかということすら決まっていない話なんだぞ? そんな段階で騒がれても……その、なんだ。困る……」


「だからこそ、余計に不安なんじゃないですかね。真っ直ぐ自分に向かってくる剣なら避けるなり受けるなり出来ますけど、誰を狙っているのかも分からないような弾雨となるとどう対処すればいいのかわかりませんから」


「堂々と立っていれば良いんだ、そんなもの」


「そんなことが出来るのはソニアお姉様とかお兄様だけですよ……」


 私ももう二六歳だ。出会った当初のお兄様の年齢を超えてしまったけど、未だに足下にも及んでいないような感覚がある。とくに胆力ね。お兄様とかソニアお姉様とか、恐怖を感じる神経そのものが欠落してるんじゃないかと思うほど肝が太いもの。


「……まあ、言いたいことはわかった。つまりは情報の不足が動揺を招いているということか。ならば、対処法は速やかに情報を開示するほかないだろうな」


「でも、まだ上の方でも全然内容の決まってない話なんでしょう? 情報開示といったって……」


「うむ。ひとまず〝まだ何も決まっていない〟ということくらいしか明かせる手の内はない。お前と付き合いのある連中にもそう伝えておくんだな」


「はぁい」


 命令めいた口調で言われてしまえば、下っ端としては頷くほかない。ため息交じりに頷いてから、ふと気付く。


「……要するに上層部の見解を現場に向けて説明しろということですよね、それ。なんか、私を現場との情報伝達役に使おうとしてませんか?」


「当たり前だろう。お前は下っ端連中からあれこれ〝お願い〟されるほど顔が利くのだろう? その人脈を生かさないという手はない」


「げぇ……」


 思わず品のない声が漏れた。これ以上私に余計な仕事を押しつけるのはやめて欲しい。本来の職務だけでも大変だというのに、なぜみんな私に任務外の仕事まで投げてくるのだろうか。そこまでやる給料は貰ってないと思うんだけど。


「軍部で成り上がりたいのだろう? 戦場での手柄など望めぬ時代だ。こうやって地道に点数を稼ぐのは大切だぞ」


「ま、昇進したくないといえば嘘になりますけどぉ……」


 国防大臣の立派な椅子と机に流し目を送りつつ、私はうめいた。大臣とはいわずとも、せめて将軍くらいにはなりたいものだ。そうしないと、お兄様と釣り合いがとれないからね。

 ほんと、下っ端はつらいわ。夜を共にする権利もなかなか巡ってこないしね。なんで夫と同じ場所に暮らしてるのに、毎日毎日さみしく独り寝しなくちゃいけないのかしら? 考えれば考えるほど腹が立つ。

 ……なんだか、本気でムカついてきたわ。やっぱり将軍なんかじゃ満足できない。もっと偉くなって、ソニアお姉様やアデライドお姉様の上に立ちたいわ……。お姉様たちってば、ちょっとくらい偉いからって私をいつもいつも後回しにしやがって。


「……そういうことでしたら、わたくしカリーナ・ブロンダン、一肌脱がせていただきましょう」


 踵を揃え、張りのある声でそう宣言する。いきなりの態度の変化に、ソニアお姉様はちょっと面食らった様子で「うん?」と声を上げた。


「まあいい。わたしもなかなか忙しい身でな? 納得がいったのなら、そろそろ出て行ってくれないか」


「はっ!」


 私としても、もうこの部屋に用はない。びしりと敬礼してから、踵を返して執務室から出て行く。


「そういえば」


 重厚な観音開きの扉を開けようとしたところで、突然ソニアお姉様が声をかけてきた。「なんでしょう」と返すと、お姉様がニヤリと笑って親指を立てた。


「アル様から伝言がある。『暇な時に、どこか遠乗りでもいかないか』……だ、そうだ」


「行きます! 暇、作ります!!」


 拳を握りしめつつ、脊髄反射的に返事をする。お兄様と遠乗り! なんと甘美な響きだろうか。ますます仕事のやる気が湧いてきた。やっぱりお兄様は人を使うのが上手い。


「やれやれ……そういうところは変わってないな、おまえ」


「……ほっといてください」


改めまして、本日10月10日にくっころ男騎士の一巻が発売される運びとなりました。

本作のコミカライズ企画も進行中ですので、そちらともどもよろしくお願いいたします。

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