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第698話 くっころ男騎士と黒幕司教

「ふざけるなよ……!」


 怒りを込めてフィオレンツァを睨み付け、その胸ぐらを締め上げる。ズタボロになった左腕の痛みを忘れるほど、僕は激怒していた。彼女の語った真意がそれほどまでに認めがたいものだったからだ。


「なるほど、ご立派な目標じゃあないか。すべては世のため人のため、ってわけだな。だがな、目的は手段の正当化にはならないんだ!」


 フィオレンツァの目をまっすぐに見据えながら怒鳴るが、彼女の表情は相変わらず凍てついた湖面のように穏やかだった。僕にはそれが気に入らない。


「今回の戦争だけで、何人の兵士が死んだり一生ものの障害を負ったりした? 何人の一般市民が平穏な生活を奪われた? これ以前の戦争では? ……お前のやり方は、犠牲が多すぎる!」


「革命の道とはえてして血と屍で舗装されているものでしょう? フランス革命とやらよりは、まだ穏当な手段をとっていると自認しておりますよ」


 よりにもよって、フランス革命を例に出してくるか。僕は頭をかきむしりたいような気分になった。フィオはいったいなぜそんなことを知っているのだろう? やはり、彼女自身も転生者なのか。

 いや、違う。きっと、彼女の知識は僕由来だ。そうでなくては、この計画がここまで僕に偏重した内容になっていることの説明がつかない。フィオが転生者ならば、軍事に特化しすぎた僕よりも自分自身をコアにして改革を行ったほうがよほど手っ取り早いはずだ。

 おそらく、知らないうちに服従の魔眼とやらで前世知識を洗いざらい喋らされていたのだろう。つまり、彼女がこのような野心を抱いてしまったのは、僕のせいだということになる。


「本当にそうか? 血はこれからも流れ続けるぞ。今の国内外の情勢を考えれば、ガレアの内乱が終わってもナポレオン戦争のような事態に発展する可能性は十分にある。一度燃え上がりはじめた火事はそう簡単に鎮火しないんだ! そしてそれは、首謀者ですらコントロールすることはできない」


「それも予想済みですよ。しかし、必要な犠牲です。流れた血よりも救われた命のほうが一つでも多いのならば、わたくしはそれで良いと考えています」


「十人死んでも百人が救えればそれは正しい行いだと? 軍人のようなことを言う」


 反論していて心がさらに苦しくなってきた。一殺多生は僕自身の行動原理でもある。それを否定することは、まさに自分そのものを否定することに等しかった。


「だがね、僕から言わせて貰えば近代化なぞそれほど良いものではない。たしかに、一見近代の暮らしぶりは素晴らしいもののように思えるだろう。しかし、市民軍の時代の戦争は悲惨だ!」


 第一次世界大戦では、前線を数キロ前進させるために数万の兵士が死傷するような作戦がたびたび実行された。この世界、この時代の軍隊には、同じような事はとてもできない。

 実際、大国ガレアの王軍ですら、今回の内戦では僅か(、、)一万未満の損害で戦闘不能になってしまっている。この動員数・損害許容率の差が、貴族軍と市民軍の最大の違いなのだった。

 僕が軍事技術ばかりに投資して社会改革には触れようともしなかったのも、この点がおおいに関係している。現状の社会体制では、とてもじゃないが近代戦の損耗には耐えきれない。

 一度戦端を開けば、勝っても負けても致命的な被害を受ける……そうした考え方が広く普及すれば、戦争の無い平和な世の中になるのではないかと。そんな絵図を描いていたのである。

 ……ああ、しかし。結局のところ、僕とフィオの考え方には大きな違いなど無いのではないだろうか? 僕がこれほど立腹しているのも、たんなる同族嫌悪なのではないか? そんな考えが雨雲のように湧いてきて、僕をひどく憂鬱にさせていた。


「だからといって、いまある悲劇を看過する理由にはなりません。この世界では、日照りひとつ、干害ひとつで多くの民の命が失われるのです。空中窒素固定法、すなわち空気からパンを作り出す技術で食料を大量生産し、蒸気機関を用いた鉄道や船で食糧不足の地域に運び込む! これだけで、何万何十万の民が救われる!」


 ここへ来て、フィオの反論にも熱が入ってきた。後ろでそれを聞いていたダライヤが、「むぅ」と小さな声を上げる。……たしかに、フィオレンツァの言うような体制が完成すれば、飢饉で滅んだ旧エルフェニアのような悲劇は起こらなくなるだろう。

 ああ、畜生。考えれば考えるほど、なにが正しいのかわからなくなる。だがそれでも、フィオレンツァのやり方は容認できない。しかしこれは義憤か? たんなる”気に入らない”というだけの私憤ではないか? だが、だが……


「アルベール、その女の口車に乗るな」


 冷え冷えとした声が、僕の思考の暴走を止めた。声の主はフランセット殿下だった。彼女は人形のような表情の護衛兵に抱えられたまま、憤怒と怨嗟の籠もった瞳でフィオレンツァを睨み付けている。


「理屈など関係ない。フィオレンツァは君の敵だ。今討たねば、今後更なる災禍を巻き起こすだろう」


「……その通りです、アル様」


 殿下に同調したのはソニアだった。彼女は決意に満ちた表情で剣をフィオに向けた。


「わたしにお任せください。余計な痛みなど与えません。安らかな慈悲の一撃で、フィオレンツァを終わらせてみせます」


「やかましい!」


 大きな叫びが僕の耳朶を打った。誰の声だ、と思ったところで、それが自分の口から発されたものであることに気付く。どうやら、僕は自分で思っている以上に熱くなっているようだった。


「これは僕の戦いだッ! 僕自身が始末をつける! 邪魔をするなッ!」


「う、ふ、うふふふ……」


 雷に打たれたような表情で黙り込む二人を尻目に、フィオが笑い声を漏らした。心底愉快そうな声だった。


「流石は、流石はワタシの見込んだ人。ふふ、ふふふふふ……さあ、悪の黒幕を討つのです。あなたの行く道は勝利と栄光で舗装されているのでしょう? ワタシはその道を彩る一輪の花になるのが望みなのです」


「そういうところだぞ!!」


「ウワーッ!?」


 反射的に頭突きが出た。やってから後悔するが、もう遅い。私情で暴力を振るうことは堅く自戒していたのだが……。


「つまるところ、お前は勝ち逃げしようとしている! そこが一番気に入らない! 自分の命を逃げるために使いやがって!!」


 本当に大切なことのためならば、命を惜しんではならない。僕はずっとそういう風に考えてきた。たぶん、フィオレンツァもそれは同じなのだろう。しかし……


「畜生、馬鹿野郎! この馬鹿野郎……」


 彼女のやり方は、むかつく。とにかくむかつく。気に入らない。死に逃げなど、命に対する冒涜だ。いや、後付けの理屈だ。結局のところ、感情的な反感にすぎない。

 ああ、クソッタレめ。フィオはどうして相談もせずにこんなことをしたんだ。話し合ってさえいれば、こんな悲惨なことが起きる前にお互い納得のできる道へ進むことだって出来たかもしれないのに……。


「あっはは、ひどい顔ぉ。勝ち逃げされるのが悔しい? 仲間はずれにされたことが悲しい? うふふふふ……!」


「じゃかわしいわクソボケがーッ!」


「ハワーッ!?」


 このクソボケ、僕が殺しやすくなるようあえて煽ってやがる。ああ、腹が立つ。いっそ無様な命乞いでもしてくれたほうがやりやすいのに。いや、それはそれでキツいか。畜生。

 結局のところ、僕がなかなか彼女を殺せずにいるのは、負けず嫌いのせいなのかもしれない。自慢じゃ無いが、友達だ、家族だ、なんて理由で切っ先が鈍るような人間では無いのだ、僕は。畜生、自分のロクデナシぶりが露わになったような気分だ。本当にサイアクだよ……。


「本当に……このクソボケが……」


 しかし何であれ、フィオをこのまま生かして返すという選択肢はない。僕はギリリと歯を食いしばり、彼女自身に手渡された小型リボルバーをフィオに向ける。

 僕が普段から使っている軍用のものに比べれば遙かに小さい、ポケットサイズの拳銃。こんなものでも、人を殺せるだけの威力は十分にある。撃鉄を上げると、がちりと音がしてシリンダーが回った。


「どうぞ、しっかり狙って」


 にこりと笑い、フィオレンツァは拳銃の銃身を掴んだ。そのまま、自分の薄い胸へと銃口をいざなう。その顔には安らかで満足そうな表情が浮かんでいた。

 ああ、もう、本当に気に入らない。畜生。心底嫌な気分になりながら引き金を引こうとした、その瞬間である。


「あっ」


 凶悪な形状の鎌が、フィオの華奢な身体を絡め取った。ネェルである。彼女はそのまま軽々と彼女を拘束し、自分の顔の高さまで持ち上げる。


「死ぬ覚悟は、できていると。結構。ですが、食べられる、覚悟は、どうでしょう?」


 そう言って、ネェルはその恐ろしげな牙をむき出しにした。彼女の口は大きく裂けており、人ひとりくらいなら容易に丸かじりすることが出来る。


「ひっ」


 これまで平静を保ち続けていたフィオレンツァが、ここへ来てやっと恐怖の声を漏らした。

 死ぬ覚悟を固めていたところで、捕食という根源的な恐怖は容易にその覚悟を塗りつぶしてしまう。だからこそ、恐れ知らずのエルフどもですらカマキリ虫人に畏怖しているのである。


「勝ち逃げは、ネェルも、気に入り、ません。アルベールくんの、手で、死んで、あの人の、心に、一生ものの傷を、残そう、なんていう、性根もね」


「や、やめて!」


 フィオびじたばたと暴れた。その様子は、まるで肉食獣に捕まった小鳥のようだった。ネェルはそんなことなどお構いなしに大口を開け、彼女にかじり付こうとする。


「い、いやだ! 食べないで! 人間らしく殺してよ! パパ、助けてぇ!」


 涙声でフィオが助けを求める。パパと言いつつも、その目は僕の方を向いていた。彼女の顔は涙と鼻水でグショグショになっていた。

 胸が締め付けられるような心地になって、僕は小さく息を吐いた。やはり、ネェルは優しい娘だ。しかしだからこそ、彼女に余計な荷物は背負わせたくない。それに、これは僕自身が始末をつけるべき話なのだ。拳銃を捨て、この場に居るもう一人の幼馴染みへと視線を向ける。


「ソニア!」


「はっ!」


 幼馴染みだけあって、彼女はすでに僕の意図を察していた。彼女は腰帯から鞘に入ったままの銃剣を外し、僕の方へと投げ渡してくる。それをキャッチし、躊躇無く抜き放つ。鋼色の刀身が真冬の冷たい陽光を受けてギラリと輝いた。


「フィオ、お前の勝ちだ」


 そう言って、フィオの背中に銃剣を突き刺した。トレードマークである純白の翼が深紅に染まる。凍り付いていた彼女の表情が、ゆっくりと氷解していった。


「ありが、とう……パパ……」


 そこまで言って、フィオは血の塊を吐き出した。銃剣の切っ先は、背骨と肋骨を避けて性格に心臓を貫いている。致命傷だった。


「ごめん、ね……?」


「謝るくらいなら最初からやるな、馬鹿野郎」


 まったく、胸くそ悪いったらありゃしない。


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― 新着の感想 ―
この作品は大好きだったけど、本当にフィオの道はこれしかなかったのかな
[一言] 転生する算段はつけているのだろうね?
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