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第695話 くっころ男騎士と陰謀

 ゴトゴトと音を立て、幌馬車が進む。その荷台で、僕とフランセット殿下は渋面を付き合わせていた。


「服従の魔眼、ね……。まさか、そのような面妖な代物が存在するとは思ってもみませんでした」


 フランセット殿下の口から大オルト帝国崩壊の原因……とされる逸話を聞いた僕は、なんとも言えない心地でうなり声を上げる。

 いかにここが剣と魔法の世界とは言え、にわかには信じがたい話だった。国が滅びたり王朝が交代したときなどには、よくこうした根拠のない伝説が生まれるものだからだ。

 しかし、これがヴァロワ王家に代々伝わる話となると、少しばかり風向きが変わってくる。かの家はもともと、アヴァロニア王国が大オルト帝国に侵攻した際に一番槍を務めた騎士が興した家系なのだ。

 当時を知るものが書き残した情報だというのなら、ある程度の信憑性はある。もっとも、だからといって頭から信じ込んでしまうのも考え物だが……。


「実はフィオレンツァに会ったあと、妙に記憶があいまいになったことがあるんだよ。それも、一度や二度ではない。あれはもしや、魔眼の魔力に囚われていたのではなかろうか」


 そう語る殿下の顔は青い。幌馬車の振動が身体に堪えているのだろう。

 この馬車はそれなりにグレードの高いもののようだが、それでもそのサスペンション性能は前世の軍用自動車(ハンヴィー)を遙かに下回っているように思える。路面のギャップが直接響き、たいへんに乗り心地が悪かった。

 しかしそれでも、乗り心地が悪い程度で済んでいるのだから僥倖だ。こんな馬車で草原などの不整地に突っ込めば、とても会話などできないレベルの振動が荷室を襲うはずだからだ。

 つまり、この馬車はきちんとした道の上を走行している。しかも、真っ昼間に。なんとも迂闊な話だ。希望が見えてきたかもしれない。……しかし、これは本当に単なる迂闊で済ませて良い話なのだろうか?


「僕にも同様の経験があります。しかもそのような不自然な状況にもかかわらず、当時の僕はそれを不審に思うことはありませんでした。今から考えてみればおかしな話ですね」


「同感だね」


 怒りや困惑、自嘲などが入り交じった複雑な表情で、フランセット殿下は大きく嘆息した。


「つまり、余も君もずっと奴の手のひらの上で踊っていたわけだ。なんとも滑稽な話じゃないか。フィオレンツァが大笑いするのも納得だよ」


 殿下の目には昏い光が宿っている。彼女はフィオレンツァの傀儡にされ、あらゆるものを失った。そのあげくがこの誘拐であるわけだから、憎悪もひとしおのはずだ。


「アルベール。隙を見て、余がフィオレンツァを討つ。その間に君は逃げろ。この際、余の刃が奴に届くかどうかなんてことはどうでもいい。とにかく時間は稼ぐから、絶対に後ろを振り返ってはいけないよ」


「お言葉ですが、殿下。その足では時間稼ぎすら難しいかと」


 無残にも膝から下がなくなってしまった彼女の右足を見つつ、僕は努めて憎たらしい笑みを浮かべつつ言ってやった。

 気持ちはわかるが、自力で歩くことすらままならない者に何ができるというのだろうか。体力差、体格差を思えばフィオレンツァ個人だけならばなんとかなるかもしれないが、彼女の周りには護衛の兵がいるのだ。

 ……おそらく、この兵士たちも魔眼だか何だかで傀儡にされてしまった者たちだろうな。出来ることならば彼女らも助けてやりたいが、自分の世話すらままならない状況ではどうしようもない。歯がゆいね。


「直球だなあ、君は。少しは余に花を持たせてくれても良いのではないか?」


「現実主義こそ軍人のあるべき姿です。夢想と浪漫で成算のない作戦に身を投じる軍人など、敗北主義者よりも始末に負えない」


「はーぁ、君はつくづく男である以前に軍人なんだなぁ」


 くつくつと笑いながら、殿下は肩をすくめた。


「失望しましたか」


「まさか! 余のモノに出来なかったことがますます惜しくなってきたよ」


「大人しく星導国についていけば、僕は貴方のモノにされるらしいですよ?」


「魅力的な提案をありがとう、なんだか心が揺れてきたよ」


 などと笑顔で言いつつも、殿下の決意は堅いようだった。まあ、当たり前である。


「殿下、真面目に進言いたしますが、今は軽挙妄動は避けるべきです。我が軍の救援がじき到着するでしょうから、動き出すのはそれを待ってからでも遅くはないかと」


 冗談では止められそうにないので、正直にぶっちゃける。むろん、これは単なる無根拠の楽観論ではない。それなりの確証があっての発言だった。


「救援。それは朗報だな。我が軍ではなくアルベール軍の、という点が憂鬱だが。しかし、確かな情報なのかな? 全力で逃亡を図る相手を迅速に発見、追撃するのは容易ではないよ」


 殿下の言い分ももっともだったが、その程度の反論は予想済みだ。僕はニッコリと笑って幌の外を顎で指し示した。


「我が軍には鳥人部隊があります。真っ昼間に街道上を走行している幌馬車を見逃すなど、あり得ません」


 あのエルフどもと共に戦技を磨いてきただけあって、リースベンの鳥人の目敏さといったらない。平地どころか、森の中に潜む敵すらも見つけてしまうほどなのだ。


「じきに救出部隊が飛んできますよ。フィオレンツァが生きて星導国の土を踏むことはないでしょう」


「……確かにそうだな。君のところの鳥人どもには、余もずいぶんと煮え湯を飲まされたからね。なるほど、彼女らであれば」


 昨日の戦いを思い出したのだろう、同意を示す殿下の表情は複雑だった。なにしろ、王軍は翼竜(ワイバーン)騎兵の数で勝っているにもかかわらず、終始航空劣勢を強いられ続けたのである。その原動力となった鳥人部隊にも、とうぜん思うところがあるのだろう。


「しかし、フィオレンツァも詰めが甘いな。彼女も鳥人部隊の存在は知っているだろうに、こうも白昼堂々と出歩くとは」


「油断、あるいは無知のためであるのならば良いのですが」


「しかし、罠ということも有り得る。なにしろ、相手はこれほどの大それた事件を引き起こした女だからね。下手に油断をすれば足元を掬われかねない」


 殿下の忠告に頷き返しつつも、僕の脳裏にはまた別の可能性が浮上していた。フィオレンツァは、自身の敗死すらも勘定に入れて計画を立てているのではないか、というものだ。

 彼女は先ほど、自らの口でなかなかに壮大な野望を語っていた。だが、僕にはどうもあれがフィオの本音だとは思えないのだ。

 いや、とはいっても、別に往生際悪くフィオの潔白を信じているわけではない。ただ、彼女の発言や行動には、どうにも拭いきれない違和感があるのだ。自身と星導教の権勢を拡大するために行動しているにしては、妙に辻褄があわないというか……。

 ……まあ、いいさ。なんにせよ、僕は自らの任務を果たすだけだ。この逃避行も、じきに終わりを迎えるだろう。真相はその時に本人の口から聞き出せば良い。


「おっと」


 そこまで考えたところで、がこんと荷台が揺れ馬車が急停車した。そして、外がにわかにさわがしくなる。

 どうやら、フィオレンツァが大声で何かを指示しているようだ。幌の外から武具のこすれる音や明らかに軍靴のものと分かる足音、そして遠くからはヴヴヴという独特の羽尾なども聞こえてくる。これは……


「噂をすれば、だな」


 どうやら、救援が到着したらしい。いよいよ、このくだらない事件の閉幕が迫っている。僕は深々と息を吐き、覚悟を決めた。さあ、フィオの茶番を終わらせよう。


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