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第692話 くっころ男騎士と黒幕(2)

「……当然でしょう。貴方のような卑賤な生まれの男が、己の力のみで今の地位まで成り上がることが出来たとでも?」


 フィオレンツァの言葉は、十年来の幼馴染みの口から飛び出したものとは思えない直球の罵倒だった。だが、ショックを受けたかと言えば否だった。この程度の悪罵など、僕にとっては挨拶のようなものだ。いちいち傷ついていては身が持たない。

 しかし、彼女は子供の時分からこうした本心を隠し持って僕と付き合ってきたと言うことなんだろうか? だとすれば、なかなか大した役者じゃないか。ご苦労なことだな。いや、僕が鈍すぎるだけという気もするが。


「君による密かな力添えがあった、ということか」


「当たり前ですよ」


 尊大な口調でフィオレンツァはそう応じる。彼女が座っているのは簡素な木製の椅子だが、それがまるで王座のように見えるほど偉そうな態度だった。


「貴方の人生は、子供の頃からわたくしの支配下にありました。全てはこの状況を作り出すためです」


「へえ、そんな昔から僕が王室の対抗馬になれると踏んでくれていたわけか。望外の高評価だね」


 フィオレンツァの計画は典型的な漁夫の利作戦だ。しかしこの策は僕が王室を苦戦させるくらいの戦力を持っていなければ実現しない。小勢力が挙兵したところで、一方的に潰されるだけだからな。

 いち宮廷騎士の息子がここまでの大勢力を築くなんて、当の僕自身ですら考えていなかったことだ。フィオレンツァの言うことが本当ならば、彼女はよほどのキングメーカーだ。


「ええ、当然です。生まれはさておき、貴方の持つ知識と技術は非常に先進的なものでしたからね。それを生かせる環境を提供すれば、芽が出ることはわかりきっていました」


 片頬を上げながらそう言い切るフィオレンツァ。あ、あぁ……こりゃ間違いない、転生者であることがバレてるな。

 実のところ、このことについてはそれほどの驚きはない。なにしろ、先ほど彼女は「レールの上に乗っている」、などという慣用句を使っていた。

 この世界では、まだ鉄道の概念は生まれていない。鉱山などでは木製の軌条に台車を乗せて使うトロッコのご先祖様のような機材が運用されているが、慣用句になるほど広く知られた存在ではないだろう。

 僕を通じて鉄道を知ったアデライドですら、レールの上に、なんて言葉は使ったことがない。だからこそ、フィオレンツァの先ほどの発言にはいささかの違和感を抱いたのである。


「出た芽を育て、成った果実を君自身が収穫したわけかい」


 軽口を飛ばしつつも、僕の頭は高速で回っている。フィオレンツァは転生者なのだろうか? だが、どうにもそういう感じではない気がする。

 何故かと言えば、これまでの彼女がいわゆる”現代知識チート”を使っているところを見たことがないからだ。フィオが先ほど語ったような大それた野望を持っているというのなら、現代知識は強力な武器になる。使わない理由はないのではなかろうか?


「収穫。ふん、耳触りの良い言葉だね。余なら簒奪と呼ぶだろうけど」


 フンと息を吐きつつフランセット殿下が肩をすくめた。だが、その目にはこちらを伺う色がある。僕とフィオが隠微なやりとりをしていることに気付いているのだ。


「なんと言われようと、育てたのはわたくしですから。策を巡らせるのも楽ではないのですよ? 労せず獲物を横からかっ攫っていったような言い方をされるのはいささか心外ですね」


 本当に心外そうな顔をするフィオレンツァに、殿下は憤懣やるかたない様子で首を左右に振った。


「例えば、アルベールくんをリースベンに飛ばしたのもわたくしです。あそこは一見ただの僻地ですが、ミスリル鉱脈があることは存じておりましたから。英雌……いえ、英雄の根拠地としてはうってつけでした」


「そういえば、あの時先代オレアン公に余計な耳打ちをしてたのは僧侶だったな。あれはフィオレンツァの仕込みだったのか」


 女爵への叙爵式のことを思い出しつつ、僕は深々とため息を吐いた。考えてみれば、僕の運命が妙な方向へと転がる転機となったのがあの事件だった。


「そこからはもうなんだか坂から転がり落ちるようだった。まずはディーゼル家との戦争が起きた訳だが……」


 ちらりとフィオレンツァを伺うと、彼女は口元を半月状に歪めて頷いた。


「とうぜん、わたくしの仕組んだことです。踏み台としてちょうど良かったでしょう?」


「……そうなると、もしや去年の王都内乱も?」


 殿下の表情はひたすら渋かった。ここでフィオレンツァが肯定すれば、フランセット殿下はとんだ道化になってしまう。だが、司教の返答は無情であった。


「むろんです。ふふふ、イザベル・ドゥ・オレアンもなかなか踊りの上手な駒でしたね。あれはなかなか楽しませて貰いましたよ」


 笑顔で先代オレアン公の長女を貶す司教に、殿下は黙然と顔を伏せ歯をギリリと鳴らした。そうか、やはりあの事件の黒幕はフィオレンツァだったか……。


「じゃあ、まさか新エルフェニアの分裂も……!」


「…………いや、それは無関係です。蛮族が勝手に暴れ出しただけなので」


「あ、そう」


「……こほん。それはさておき、後はお二人のご存じの通りですよ。対神聖帝国戦、そして対アルベール軍戦を経て、盤面は見事に整理されました。十年にわたるわたくしの計画も、これにて最終幕。あとは実った果実を頂くだけ、というわけです」


「おのれ……!」


 地獄の底から響くような声で殿下が呻いた。王都内乱以降、彼女はずっとフィオレンツァに操られてきたのである。その末路が、片足すら失った今の状況だ。恨まないはずがない。


「なぜ余は貴様のような輩に信を置いてしまったのだ! どうして、どうして余は……!」


 ぎゅっと胸を締め付けられるような慟哭だった。いや、騙され利用されていたのは僕も同じだから、まったくもって他人事ではないのだが……。

 だが、気になる点もある。フィオレンツァはどうしてここに来て全ての種明かしをする気になったのだろうか? そしてなぜ、こうもこちらを煽るような挑発的な言動をするのだろうか? それがわからない。

 むろん、勝利を確信した上でのマウンティングとしてこうした行為をしている可能性も十分にある。だが、その割には今の彼女はまったく楽しそうに見えなかった。……やはり、どうにも違和感がある。フィオはまだ真意を語っていない、そういう気がするのだ。


「素晴らしい手管だったでしょう? 詐術には自信があるのです。……と言いたいところですが、まあこの際だから教えてあげましょう」


 フィオレンツァの言葉で僕は我に返った。彼女はいかにもワルそうな表情で自らの右目を覆う眼帯を撫でている。そして、もったいぶった所作でそれをゆっくりと外していった。


「うっ……」


 露わになったのは、左の碧眼とはまったく異なった色合いの、金色の瞳だった。その満月めいた色合いの光彩を目にするなり、僕の頭の中はまるで霧がかかったかのように真っ白になっていく……。


「うふふ、これがわたくしの手品の種です」


 不気味な酩酊状態は一瞬で収まった。フィオレンツァが眼帯を着け直したのだ。


「魔眼か……!」


 苦み走った声でフランセット殿下が呻く。その顔は冷や汗でビショビショになっていた。どうやら、先ほどの現象に思い当たりがあるらしい。


「さすが、博識ですね。そう、これは服従の魔眼。わたくしの目を直視した者は、問答無用で傀儡と化すのです。貴方も、そしてアルベールさんも、わたくしのお人形さんに過ぎなかったというわけですね」


 口元を歪め、陰惨に笑うフィオレンツァ。見た者を意のままに操る魔眼? なんだか、とんでもないチートじみた能力だな。そんな非現実的なモノが実在するのだろうか?

 そう思って殿下のほうを見ると、彼女はお通夜めいた表情で静かに頷いた。いや、頷いたというよりは、項垂れたといったほうが正しそうな動作である。

 ……どうやら本当に実在する能力らしいな、服従の魔眼。そうなると、フィオレンツァが従えていたあの不気味な兵士たちのことにも得心が行く。あの呆けたような表情は、魔眼とやらで自由意志を奪われているせいだったのか。


「この能力があれば、本当ならばその手枷足枷も必要ないのですけどね? 無様なあなたたちが見たかったので、着けてみました。お気に召してくれたのなら幸いです」


「必要ないなら外してほしいけどなぁ、不便だから」


 いつもの癖で軽口を飛ばすが、状況は思った以上に深刻かもしれない。このままでは、僕たちもじきにあの兵隊たちと同じような傀儡人形にされてしまうのではなかろうか……。そんな不安がムクムクと湧いてきて、僕の心を苛んでいた。


「ふ、ふ、ふ。貴方たちの残りの人生は、もうずっと虜囚のままですから。今から拘束に慣れておいた方がよいでしょう」


 そう言って手をひらひらと振ると、フィオレンツァはおもむろに立ち上がった。


「さて、負け犬の遠吠えも聞いたことですし、そろそろ旅を再開しましょうか。星導国はまだ遠いですからね、無駄な時間は使えません」


 それだけ言い捨てて、彼女はスタスタと幌馬車から出て行ってしまった。後に残された僕たちは静かに視線を交差させ、どちらからともなく首を左右に振る。いやはや、参った。このままでは本当に僕たちの人生はゲームオーバーだ。そうなる前に、早くここから逃れなくては……。


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