第685話 覇王系妹の参戦
「こりゃキレーな花火ですわねぇ!」
わたくし様、ヴァルマ・スオラハティは眼前で上がる爆煙を見つつ大笑いしておりました。なまじの大砲などとは比べものにならないその大爆発は、我々の参戦を知らせる狼煙としてこの上なく機能したことでしょう。
「流石はニコラウスくん、相変わらず素晴らしい腕だ」
となりで感心の声を上げる漆黒の甲冑騎士は、アレクシア・フォン・リヒトホーフェン。隣国神聖オルト帝国の先代皇帝にして、ガレア遠征軍の司令官でもある人物ですわ。
「あの魔術師くん、義足でよくここまでやりますわねぇ。少人数で敵に肉薄して、戦略級魔法をブチかます……よほど肝が据わってないとできない作戦ですわ」
ニコラウスくんというのは、このアレクシアのお抱えの魔術師ですわ。お城を崩すほどの強烈な爆裂魔法をたった一人で発動できるという優秀な魔法使いで、今回の作戦では先鋒を担当しております。もちろん、先ほどの爆発もこの人物の手によるものでしてよ。
「”同志”の危機ということで張り切っていたからな。ニコラウスくんとアルベールは友人同士なのだ」
自慢げに語るアレクシアに、わたくし様は苦笑交じりに肩をすくめました。このニコラウスという魔術師は、なんと男性だったのです。
わたくし様、まさかアルベール以外に戦う男性がいるとは知らなかったものですから、初対面の時はそれはもうぶったまげたものでした。
「さーてさて! 魔術師くんも一発ブチかましてくれたことですし、今度はわたくし様たちの出番でしてよ!」
なおも自慢話を語ろうとするアホ先帝を無視し、わたくし様は愛用の斧槍を掲げてそう宣言いたしました。
現在、わたくし様たちガレア遠征軍はロアール川北岸に布陣する王軍本隊を西側から強襲できる位置についております。本来ならばこの戦場への到着は明日の昼頃になる予定だったのですけれど、強行軍で強引にカッ飛ばして来ましたの。
「アルベールはもうとっくに事を始めておりましてよ! このままでは、わたくし様たちのいただく獲物が無くなっちゃいますわ! 急いで我々の取り分を確保しますわよーっ!」
前方の戦場では、砲炎やら照明弾やらが頻繁にチカチカと光っております。明らかに夜戦の真っ最中ですわね。
まったく、アルベールもとんだ早漏ですわ。わたくし様たちが到着する前に事を済ませようなんて、そうは問屋が卸しませんの。手柄を押し売りしまくって、戦後の発言権を確かなものにしなくては。
「おい、総大将は我だぞ。なぜ貴様が仕切っている」
渋い顔のアレクシアが、わたくし様に苦言を呈します。まったく、図体はデカいくせに細かいことを気にする女ですわねぇ。そんなんだからモテないんですわ。
「諸君! これより我らは王国軍本陣に強襲を仕掛ける! アルベール軍との挟撃を狙うのだ! ガレアの火薬狂いどもに、伝統ある騎士の力を見せつけてやれ!」
わたくし様の号令を上書きするように、アレクシアは大音声でそう宣言いたしました。その声には僅かながら焦りの色が含まれております。
ま、そりゃあそうですわね。わたくし様はこのいくさに勝ちさえすればアルベールとのゴールインは確定しておりますけど、アレクシアはそうではありませんもの。意地でも大手柄をあげて、いろいろとアルベールに要求したいのでしょう。
「オオーッ!!」
武器を掲げてそう応える神聖帝国の騎士達は、この寒さの中でも元気がいっぱい。先の戦いでやられたぶんを王国にやり返してやろうと復仇に燃えております。
「いくぞ諸君! 我に続け!」
アレクシアの先導を受け、無数の騎馬甲冑騎士が夜の田園を駆けてゆきます。傍から見れば、一枚の絵画のごとき勇壮な光景でしょうね。あとで絵画として描かせるのも良いかもしれませんわ~!
「前方に敵騎兵隊発見!」
などと考えながら夜駆けを楽しんでおりましたら、それに水を差すような報告が入って参りました。このまま敵本陣を奇襲するつもりだったのですけれど、さすがにそう上手くはいきませんわね。どうやら王軍の騎兵隊が迎撃に出てきたようですわ。
「どうしますの?」
「むろん蹴散らす」
その端的な返答に、わたくし様は満足を覚えました。やはり、そう来なくては。
神聖帝国によるガレア遠征軍の陣容は、総勢一万。そしてその全てが騎兵というたいへんに機動力に優れた編成となっております。戦力としては圧倒的ですわね。
ただし、遠征軍に参陣した騎兵はほとんどが神聖帝国諸邦から招集された様々な出自の騎士達であり、はっきり言って結束は皆無ですわ。もちろん、合同訓練などもまともに実施したことがございません。
つまり、たとえ昼戦であっても統制だった連携攻撃などとても実施できないような烏合の衆というわけです。当然ながら、夜戦ともなればもうワヤクチャですわ。同士討ちを避けることすら困難やもしれません。
そういう事情がありますから、ひとたび戦端を開くとあとは配下の手綱は手放すほかありません。各々の判断に任せ、好き勝手暴れさせる以外の戦術は取れないのです。
「わたくし様好みの戦術ですわね。たいへん結構!」
とはいえ、最終的に勝てるのならばその過程でどれほどの混乱が生じようとも別に構いませんわ。いい加減そろそろ暴れたいところでしたし、わたくしはニッコリと笑ってそう返します。
「バグパイプ隊、演奏を開始なさい! 我らの参戦を王軍のカカシどもに知らしめるのです!」
命令に従い、わたくし様自慢の騎馬バグパイプ部隊が勇壮なる行進曲を奏で始めます。バグパイプほど聞く者の闘志に火を付ける楽器はございません。
大火のように燃え上がる戦意に導かれるまま、わたくし様と配下の騎士達は武器を掲げ一斉にウォークライを叫びました。神聖帝国騎士達が蛮族の奇習を見たような顔をしておりますが、知ったことではありません。――さあ、いざ戦争ですわ!
そう思った矢先のことでした。突如として、濁った闇に満たされていた戦場に光が差し込みました。空を覆っていた厚い雲が晴れ、月が顔を出したのです。
「おや……」
凍月の冷たい光に照らされた先には、広大な田畑に布陣する騎兵の大軍でした。数は……千といったところでしょうか?
こちらは一万で敵は一千。圧倒的な戦力差に見えますが、実際のところそれほど楽観はできません。そもそも、騎兵一万というには夜戦で用いるにはいささか過大にすぎる戦力です。一塊に運用したりすれば、敵と戦うより早く味方と衝突してしまいます。
そういうわけですから、遠征軍は多数の小グループに分け、時間差をつけて攻撃を仕掛ける手はずとなっております。先陣を切る我らの旅団は、総勢千五百名。地の利が敵にあることを思えば、それほど有利な兵力差ではありません。
「あの家紋、もしや」
しかし、問題はそこではありませんでした。敵陣の中央に掲げられた旗印を見たアレクシアは妙な表情を浮かべ、わたくし様麾下の部隊へと視線を移します。そこには、敵とまったく同じ紋章が描かれた軍旗が掲げられておりました。
「おや、おやおやおや。こんなところでスオラハティ軍が相討つとは。すこしばかり想定外ですわねぇ」
間違いありません。敵騎兵部隊の司令官は、わが二番目の姉――マリッタ・スオラハティのようですわね。あの間抜けで意気地なしのほうの姉が敵方についていることは、もちろんわたくし様も承知しております。
「いかに外道の貴様とは言え、姉妹同士で殺し合いなどしたくはないだろう。ここは我に任せておけ」
そう言ってズイと前に出ようとするアレクシアを、わたくし様は斧槍で制止いたしました。これは彼女なりの気配りでしょうけど、もちろんそんなものは不要です。むしろ、敵がマリッタであるからこそわたくし様が前に出なくては。
「いえ、いいえ。一番槍を譲る気はありませんわ。わたくし様がゆきます。我が騎士たちよ、旗を掲げなさい! 敵にスオラハティはここにありと示すのです!」
敵と同じ軍旗を高々と掲げさせ、わたくし様は愛馬の腹を蹴って増速を促しました。まったく、マリッタめ。どうしてこんなところにいるのかしら? ちょっと理解に苦しみますわ。わたくし様自ら、あの阿呆な姉の目を覚まさせてやらねばなりませんわね。




