第683話 くっころ男騎士の苦戦(1)
王国兵の山を片付けなんとか進撃を再開した我々だったが、すぐにまた壁にぶつかった。
とは言っても、先ほどのように遺体と重傷者に行く手を阻まれたわけではない。今度僕たちの前に立ち塞がったのは、生きた王国兵たちだった。
「押せ、押せ! とにかく押しまくれ、白兵あるのみ!」
前線では彼我の槍兵同士が壮絶な殴り合いを演じている。昨今の戦場ではあまり見られなくなった光景が、夜戦という特殊環境によって一時的に復権しているのだった。
もっとも、よくよく見れば敵の隊列には本職の槍兵だけではなく、銃剣を槍代わりにしたライフル兵も少なからず混ざっていた。強力なライフル小銃も白兵武器としてはシンプルな槍と大差ない。まさに宝の持ち腐れである。
戦端を開いた当初は、もちろん彼女らは射撃で我が軍に対抗していた。しかし僕は損害を度外視した前進を命じ、敵ライフル兵を槍の間合いに捕らえることに成功したのである。
こんな力押し戦術は、敵が整然たる戦列を敷いているのならまったく通用しない。しかし、今回に限っては上手くいっていた。王軍はいまだ混乱の最中にあり、統率された抗戦ができずにいるからだ。
「それでも、先ほどのような総崩れは起きていない訳だ。やはり猶予を与えてしまったのは拙かったな」
軍旗を振って味方を鼓舞しつつ、小さく唸る。さっきの戦いでは少し小突いただけで敵は蜘蛛の子を散らしたように逃げ去ってしまったが、今回はそうなっていない。曲がりなりとも戦闘が成立している。
これはつまり、王軍が恐慌から脱し戦意を取り戻しつつあることを意味していた。やっぱり、こういう作戦は速攻と連続攻撃が命だな。冷静になる猶予を与えてしまうと途端に雲行きが怪しくなってしまう。
「とはいえ、あの壊乱状態から短時間でここまで立て直すのは尋常ではないのぉ。敵も無能ではないようじゃ」
木剣を油断なく構えつつ、ダライヤが応じる。魔法と剣技で遠近の戦いに対応できる彼女は、護衛役として最高の人材だ。その上作戦面での助言も一流なのだから本当にありがたい。
「ガムラン将軍の采配が効果を発揮しているのでしょうか? ……いえ、どうにもそういう雰囲気ではありませんね」
そう分析するのはソニアだ。彼女の言うとおり、王国兵が統率を取り戻しつつあるのはガムラン将軍の手腕ではあるまい。
なにしろ、彼女は無謀な突撃をさせるために督戦隊を用いるような将なのだ。いくら知謀が優れていても、兵どもから信頼されるようなタイプではない。このような指揮官は一度敗勢になるとあっという間に兵に見捨てられてしまう。
「フランセット殿下だな。おそらくは、陣頭指揮。奇しくも同じ構えというわけだ」
ニヤリと笑ってそう言ってやると、二人の腹心は揃って渋い表情を浮かべた。どうやら、彼女らは僕が前に出ることには徹底的に反対のようだ。
おかげで集団白兵戦が始まって以降、僕は戦列の後段へと引きずり下ろされてしまった。アル様はここで旗を振っていてください、とはソニアの弁だ。
まあここからでも最前線に声は届くから、指揮の面ではそれほど問題はない。しかし、味方の兵が敵の槍や銃剣に刺される姿を見るたび、剣を抜いて前線に吶喊したい気持ちが強くなっていく。精神衛生上はたいへん良くなかった。
「昼戦ならば、旗印で敵将の位置がわかるのですが」
「こうも視界が悪いことにはな。目の前の敵しかわからん」
携帯式の信号砲や後方の山砲隊はひっきりなしに照明弾を打ち上げているが、月光すらも差さない暗夜では焼け石に水だ。戦場が狭いからなんとか戦えているものの、やりにくいことこの上ない。
そしてこの暗闇は、戦闘を陰惨な方向へと誘導していた。敵味方の火力が視界の確保されている一点に集中し、おびただしい被害を出している。
「ウッ!?」
尋常ならざる衝撃と小石の飛来を受け、僕は危うく転びそうになった。戦列のすぐ後ろに敵重砲の榴弾が落着したのだ。
着弾位置がもう少しズレていたら、僕たちは全滅していたかもしれない。なんとも危うい所だった。心臓がバクバクする。
「やはり砲兵戦では敵方が有利ですね」
僕を自らの身体でかばいつつ、ソニアが苦々しい口調で吐き捨てた。
怪我の功名と言うべきか、作戦の遅滞により我々は砲兵隊の支援を受けられるようになった。今も、少し後方に控えた八六ミリ山砲がひっきりなしに火を噴いている。
もっとも、砲兵隊の準備が間に合ったのは我が方だけではない。敵もまた、同じように砲撃を展開していた。そして大砲の数は敵方のほうが圧倒的に多いのだ。砲戦ではあきらかに我が軍が後塵を拝していた。
敵味方の砲撃は、もっぱら相手戦列のすぐ後方に向けられている。他に狙う先がないからだ。おかげで、僕たちは先ほどから幾度も着弾の余波を浴びて土まみれになっている。これでは後方にいる方がかえって危険かもしれない。
「なに、こんな戦場では砲兵なんぞ牽制くらいにしか役に立たない。砲兵火力での劣勢なんて大した問題じゃないさ」
そんな中でもいまだに直撃が出ていないのは、下手に”前”を狙うと乱戦中の味方の頭上に砲弾が落ちる可能性があるからだった。
誤射を避けようと思えば、出来るだけ遠間を狙うほかない。それがわかっているから、僕も敵弾の着弾が予想される範囲には兵を置いていなかった。その甲斐もあり、今のところ敵の砲撃ではそれほどの被害は出ていない。
「ましてや、こちらにはエルフがおるからの。射撃戦ではむしろこちらが優位かもしれんぞ」
ダライヤが鼻を鳴らしながら言った。自らの種族を誇るような発言だが、その口調はむしろ皮肉混じりの苦々しいものだ。
「敵味方が混ざり過ぎてどいつが敵かわからんぞ!」
「打ち殺してから面バ確認すりゃ敵か味方かハッキリすっど!」
「良か考えじゃ!」
当のエルフはこの世の終わりみたいな会話をしながら矢を放ちまくっている。弓矢は曲射も出来るから、味方の頭越しに敵を攻撃することが出来るのだ。こういう盤面ではむしろ鉄砲以上に役に立つ武器だった。
しかしそれは良いのだが、いかなエルフでも乱戦中に敵だけを選んで矢を打ち込むような離れ業は不可能だ。当然矢は味方の頭上にも降り注ぎ、前線の将兵からは非難囂々だ。
「おいッ! こっちは味方だぞふざけんなッ!!」
「バカヤローッ! 何が弓の種族だこのヘタクソがッ!」
むろんエルフもこのような事を言われて黙っているような連中ではない。
「短命種どもはこれじゃっで根性が無っていかん! 良か、チャンバラは俺らがやっで、貴様らは後ろで見ちょけ!」
「そもそも短命種が前で俺らが後ろちゅう陣形自体が気に入らんどっ! 命を張ったぁ年長者からちゅうとが道理じゃろうが!」
などと放言しながら木剣を抜いて前線に突撃し始めたのだからたまらない。やめろ、射撃支援の手を止めるな! 前衛要員は足りてるんだからお前らは弓兵に徹してくれ!
「議バ抜かすなクソボケどもッ! お前らは僕の兵児じゃろうが僕の指示に従わんかッ!!」
隊列を崩されてはたまらないので即座に制止する。エルフ語まで用いた叱責の効果は抜群で、エルフどもは即座に突撃を停止して引き返した。
「若様にここまで言わせてしまうとは! なんたっ不忠、腹を切って詫ぶっ詫ぶっほかなし! 許したもんせ!」
「介錯しもすっ!」
「自害するなーッ! 死ぬなら敵兵百人は道連れにしてから死ねッ!」
ああ、もう、本当に扱いづらい連中だ。こいつらはエルフの中でも特に統制の取れていない義勇兵どもだから、手綱を取るのも一苦労だ。やっぱり、フェザリアの率いている連中はエルフの中でも上澄みなんだなぁ……。
「大将首はこのすぐ先にあるんだぞッ! 余計なことはするなッ! とにかく前進前進また前進! 何が立ち塞がろうが押し通れッ!」
軍旗を振り回しながら熱弁する。ああ、畜生。寄せ集めを指揮するのは本当に大変だ。やはり、後ろでワアワア言うよりは僕自身が前に出て自ら範を示したほうが楽なのではないか?
「そんな顔をしても駄目ですよ、アル様。指揮官先頭禁止!」
「そもそも今の立ち位置の時点で既に一般的には指揮官先頭の部類じゃろ……」




