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第680話 くっころ男騎士の想定外

 ブロンダン旅団約三千が、王軍本隊の布陣する塹壕陣地西側面へと猛然と襲いかかる。正面からの攻撃にはめっぽう強い塹壕線も、横からの攻撃には弱い。この位置取りでの攻撃が成功した時点で、我が軍の優位は明らかであった。


「逃げる敵は追うなッ! 大賞首以外はいらんぞッ!」


 軍旗を振りながら、僕はそう叫ぶ。戦場はすでに地獄めいた様相を呈していた。

 東西に引かれた塹壕線の真横を、騎兵が駆け抜けている。彼女らは剣や槍を突き出し、穴倉の中に籠もった敵兵を牽制していた。

 とはいえ、馬上から塹壕内を攻撃するのは極めて難しい。通常サイズの槍では、穴の底にまでは穂先が届かないからだ。

 もちろん銃器があれば話は変わってくるのだが、ブロンダン旅団に属する騎兵は大半が諸侯軍所属の騎士たちだ。そのほとんどは伝統的な馬上槍や手槍を主武装としており、銃を持っているのはうちの近侍隊くらいだった。

 だが、騎兵の役割は敵を倒すことでは無い。槍の穂先や馬蹄の音で王国兵を威圧し、動きを鈍らせれば十分なのだ。後の刈り取りは、歩兵部隊がやってくれる。


「チェストヴァロワ家!」


 動揺して弾幕も槍衾も作れずにいる王軍の塹壕へ、エルフ兵が次々と飛び込んでいった。手には例のエルフ謹製の木剣が握られている。黒曜石の刃が照明弾の光を反射し、ギラリと凶暴な輝きを放っていた。


「グワーッ蛮族!?」


 密林での戦いに練達しているエルフ共は、とうぜん閉所でも極めて高い戦闘力を発揮する。たちまち、あちこちの陣地で悲鳴が上がり始めた。


「蛮族兵ごときに先を越されるな! 我ら竜人(ドラゴニュート)この最強の種族であることを教育してやれッ!」


 それに一瞬遅れ、今度は諸侯軍の兵士たちも参戦した。彼女らの大半はガレア国内出身の竜人(ドラゴニュート)なのだが、相手が同胞の王国兵でも容赦はしない。

 まずは手始めに、長槍兵の集団が身長の三倍もの長さを誇る槍で塹壕内を突っついた。たまらず、数名の王国兵が穴倉から飛び出してくる。


「くたばれ王党派ァ!!」


 そこへすかさず、斧槍や両手剣装備の兵士が襲いかかっていった。王国兵はまともな抵抗も出来ず次々と仕留められていく。

 むろんライフルや銃剣で反撃してくる者もいたが、組織的な抵抗ができないことにはどうしようもない。一発撃っても、再装填をする前に倒されてしまうのがオチだった。


「北から皇帝軍、西からアルベール軍、南にも敵軍陣地! 畜生、袋のネズミじゃないの!」


「こんなのやってられっかよ! 命あっての物種だ、アタシはズラがらせてもらうからなっ!」


 そうこうしているうちに、勝手に持ち場を離れて逃亡する兵士が現れ始めた。こうなったらもうお終いだ。恐慌が恐慌を呼び、たちまち戦列が歯抜けになっていく。

 そこで、何かの爆発音がした。榴弾が炸裂した音とは少し違う。爆竹めいたバチバチという破裂音が続いていた。どうやら、エルフ兵の放った火炎魔法が弾薬箱か何かに引火したらしい。


「ウワーッ!? 砲撃まで始まりやがった!」


「いやだ、こんなところで死にたくない!」


「父さん、父さん! うわああああ!」


 しかし、冷静さを欠いた王国兵にそんな違いが判別できるはずもない。この爆発を呼び水に、王軍は堰を切ったかのように総崩れになった。


「あっ、おいっ! 持ち場を離れるな!」


「馬鹿やろう! 敵に背中を向ける方がよっぽど危ないぞ! 戻ってこい!」


 それでも中には懸命に統制を取り戻そうとする将校や下士官なども居たが、狂騒の中で冷静さを保っている者はたいへんに目立つものだ。


「若様は逃ぐっ者は追うなち言うちょっぞ、逃げん者から仕留めい!」


 そういった連中を見逃すエルフではない。彼女らは得意の弓矢を用い、指揮官や古兵を的確に狙撃していく。

 これがだめ押しとなり、王軍は完全に壊走しはじめた。まだ攻撃を受けていない後方の陣地に籠もっている者たちすら、前線の惨状を見て塹壕から飛び出しはじめる始末だった。

 この戦場付近は平坦な地形だが、東西に複数の塹壕線が走っている。人馬が普通に歩けるのは、塹壕と塹壕の間にある狭隘な土地だけだった。

 これがいわば擬似的な道路と化し、王国兵の逃げ道を大幅に制限していた。西側は僕たちが塞いでいる。安全なのは東方面だけだ。とうぜん、王国兵は活路をもとめて東へと殺到していく。


「ザマァないわねッ! 雑兵どもッ!」


 命令も出していないのに、騎士の一部が勝手に追撃を始めた。声からして若い連中だ。逃げる敵を追うのは騎兵の本能とはいえ、これはまずい。


「誰が追えと言ったッ!」


 叱責の声を上げるがもう遅い。遁走する王国兵の背にアホ騎兵どもの槍が迫る。彼女らは泡を食って逃げようとしたが、狭い場所に一気に人が集まっているために行く先が塞がれなかなか進めない。

 それでもなお人波をかき分けて我先にと逃げようとするものだから、とうとう大規模な将棋倒しが起き始めた。人が人に潰される凄絶な音と、心を引き裂くような絶叫が戦場に響き渡る。


「……チッ」


 舌打ちをしてから、嫌な気分になった。僕がいま文句を言いたくなったのは、あくまで予定が狂ったからだ。無駄な人死にを出してしまったからではない。咄嗟に人命を尊重できないあたり、やはり僕は人でなしだ。


「へっへ、馬鹿野郎どもがやりやがった!」


「ここまで派手にスッ転びやがると壮観だなあオイ!」


 もっとも、心に獣を宿しているのは僕だけではなかった。少なくない数の友軍将兵が、群衆雪崩を起こした王国兵を指さして嘲弄している。

 前世でも現世でもよく見た光景だ。平時には虫も殺せないような人間であっても、戦場に慣れてしまえば悪鬼のような精神性へと変貌してしまう。ああ、本当に戦場は地獄だ。


「止まれ、止まれ! 馬鹿野郎!」


 暴発したバカどもは、突如起きた惨劇に面食らって馬を急停止させていた。すぐに彼女らのもとへ駆けより、軍旗で行く手を遮る。旗の白地は返り血でまだらに染まっていた。


「雑魚は深追いするなと言ってあっただろうッ!」


「も、申し訳ありません!」


 そこで始めて、彼女らは我に返ったらしい。顔を青くして頭を下げてくる。見た限り、全員が若い。一番年かさのものでも二十にはなっていないだろう。若年兵がやらかすことなど珍しくないとはいえ、面倒なことをしてくれたものだ……。

 お説教をしたいところだが、一分一秒を争う実戦中に余計な時間を浪費するのはさけたい。それに、公衆の面前で叱責なんかしたらかえって言うことを聞かなくなる。ひとまず、注意や処罰は後回しだ。


「閣下、そのお傷は!?」


 そこで、若い騎士の一人が僕を見て顔色を失った。他の連中も騒ぎ始める。はて、どうしたことかと小首をかしげると、ソニアが馬を寄せてきた。珍しいことに、彼女の手が震えていた。


「ア、ア、アル様、その……お顔が……」


 はて、顔とは? なんとなく頬を撫でてみると、鋭い痛みが走った。手袋越しだからわかりづらいが、ヌルつく感触もある。

 どうやら、さきほど銃弾が掠めた際に右頬がザックリと切れてしまったようだ。もっとも、喋るぶんにはなんの違和感もないから頬袋自体が破けてしまった訳ではないだろう。顔に傷を負うと派手に出血するから、外から見るとそこそこの大けがに見えるかもしれない。


「だ、大丈夫なのですか、アル様、それは……」


 ソニアは見たことがないほど動揺している。やはり彼女もまだ経験が浅いな。士官が人前でそんな態度を見せてはいかん。


「かすり傷だ、気にするな」


「しかし!」


「やかましい! この場には僕よりも何倍も痛くて苦しい思いをしている人間が大勢いるんだぞッ!」


 周囲を見回しながらそう叫ぶ。ひとまずこの場では勝利を得た僕たちだったが、それでもまったく被害なしというわけにはいかない。肩を槍で貫かれた者、腹を銃で撃たれた者などが苦悶の声をあげている。

 だが、それでもこちら側はまだマシなほうだ。王軍側など、何十人……もしかしたら何百人もの数の兵士たちが折り重なって、ちょっとした小山のようになっている。

 その山からは、今もひっきりなしにうめき声や助けを求める声が響いていた。生存者がいるのだ。


「まずはこの人間の山をなんとかしろ! 平行して負傷者の救護も進めるんだ。むろん、可能であれば敵兵も手当てしろ。それから、いまのうちに山砲隊を展開させておく。砲列を敷くよう命令を出せ!」


 人道的な理由はさておいても、倒れた王国兵の集団は完全に進路を塞いでいる。これを撤去しないことには前進もままならないだろう。いまさら別ルートへ向かう余裕もないし、とにかく道を空ける必要がある。


「救助と撤去が終わり次第、進撃を再開する。可及的速やかに作業を終わらせろ、ハリーアップ!」


 奇襲はスピード感が命だ。余計な時間を浪費している余裕はない。僕は有無を言わせぬ口調で周囲にそう命令した。

 


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