第679話 くっころ男騎士の先導
いよいよ、僕たちの最後の攻撃が始まった。オレアン軍方面はジルベルト率いるプレヴォ旅団に任せ、僕たちブロンダン旅団は王軍本隊の側面図へと向かう。
もちろん、指揮壕のあった陣地は完全に放棄している。局面は火力戦から機動戦へと移ったのだ。もはや塹壕に籠もる意味など微塵も残っていない。
軍旗を担いだ僕は、愛馬に乗って軍勢を先導している。それに付き従う軍勢は、騎兵八百・歩兵二千二百・山砲二十四門(砲兵二百五十)。敵に痛撃を与えるには十分な陣容だった
我が方の隊列から、時おり照明弾が打ち上げられる。僕の持つ旗を照らし出すためだ。はっきり言ってこの旅団は烏合の衆だから、暗闇の中を迷わず行軍するような真似はとてもできない。明確な道しるべが必要だった。
「アル様、アル様、先頭をずんずん進むのはおやめください! アル様、アル様ァ!」
文字通りの先導者となった僕のまわりをウロウロしながら、ソニアが何度も換言してくる。僕のことがよほど心配なのだろう。
照明弾を撃ちながら行軍しているわけだから、とうぜん王軍本隊はとっくに我が方の接近に気付いている。敵陣では大砲のものらしき発砲炎が上がり、榴弾が隊列の近くで炸裂することもあった。ソニアが動転するのも当然のことではある。
「旗振りならばわたしがやりますから、アル様は後方で指揮をお取りください!」
「夜戦だぞ! 安全な場所から状況を見渡すなんて不可能だ!」
しかし彼女の言葉に従うわけにもいかないので、ピシャリと言い返す。真っ暗闇の中、無線も暗視装置もなしで後方から指揮を取るなんて物理的にムリだ。しかも今回は攻勢作戦だから、なおさら難易度が高い。
「しかし、敵弾が……」
「こんなヒョロ弾にビビるな! まともに測距もせずに適当に撃ってるだけだから、よほどの不運が重ならない限り当たりはしない」
敵はさかんに砲撃しているが、その割にまだ直撃は一度も受けていない。北岸宿営地の炎上を見て焦っているのか、そもそも夜間砲撃の経験に欠けているせいか……どっちもありそうだな。
「ああ、ああ、もう! これだからアル様は!」
「本当にロクでもない男じゃ! 惚れた弱みがなければとうに見捨てておるわい!」
僕の背中に張り付いたダライヤが同調の声を上げた。いや、申し訳ないとは思ってるよ? でも、しゃーないじゃん。こんな危険な作戦、指揮官が率先して先陣を切らなきゃ部下は着いてきてくれないよ。
「まもなく小銃の有効射程!」
脇を固めるジョゼットがヤケクソ気味に叫んだ。ここからはますます油断ができなくなる。旗を掲げながら先頭を歩く指揮官なんて、狙撃兵にとっては垂涎の的だろうからな。集中射撃を受けるのは間違いない。
「戦闘陣形を取れ! 突撃用意!」
命令を受け、ラッパ手が信号ラッパを吹き始めた。複列縦隊の行軍体系を取っていた旅団本隊が、横隊へと陣形変更を開始する。
とはいえ、寄り合い所帯の混成部隊である。夜間で視界が効かないということもあり、陣形転換はスムーズにはすすまない。モタモタしているうちに、敵陣から銃弾が唸りをあげて飛んでくるようになった。
「ダライヤ! 矢除け!」
「言われずとも!」
背中のダライヤが呪文をとなえ、僕の周囲で風が吹き荒れ始める。これは本来矢を逸らすための魔法だが、ライフル弾に対してもそこそこ有効であることが確認されている。まあ、効果は気休め程度らしいがね。
しかし気休めでも何もないよりはマシだ。なにしろ今の僕は普段の魔装甲冑すら着込んでおらず、防具といえば分厚い革のコートとキルト製の鎧下だけ。多少の防刃効果は期待できるが、銃弾に対してはまったくの無力だった。
すべては冬の寒さが悪い。渡河阻止作戦の時点では我々の味方をしていた寒気だったが、攻守が逆転したとたんに単なる厄介者と化してしまった。冬将軍というやつは本当にロクでもない。
「早くしろ、早く、ほら急げ……!」
ゆっくりノタノタと陣形を変えている友軍を振り返っては、そんなことを呟いてしまう。陣形変更中ほど無防備になる瞬間は無い。敵砲兵に狙い撃たれでもすれば大事だ。
もちろん敵もそんなことはわかりきっているから、ヒステリックなまでの猛砲撃を繰り返している。精度は相変わらずカスだが、それでもラッキーヒットが怖い。
「陣形変更完了! 突撃準備ヨシ!」
ジリジリとした時間が続くこと三分、やっとのことで待望の報告が上がった。遅い、遅すぎる。おかげで、少なくない数の兵士が敵弾に撃たれて散った。
しかしそれでも、彼女らは歩みを止めない。練度や連携はさておき、士気だけは天を衝かんばかりに高かった。現状唯一の好材料だ。
対して、敵の迎撃ぶりはかなりお粗末な代物だった。昼間とは勝手が違うとは言え、それにしてもまともな弾幕すら張れないというのは論外だ。やはり王軍将兵は動揺している。
「投射器兵、撃ち方始めーッ!」
命令するや、即座に後方から銃声や弓弦の音が聞こえてくる。銃弾や矢が次々と敵陣地に打ち込まれ、敵の射撃に乱れが生じた。
「よーしッ! とぉーつげーきッ! 我に続けッ!」
この隙を逃すわけにはいかない。即座に突撃を下令する。信号ラッパが高らかに勇ましいリズムを奏で、自然と心が燃え上がった。
「いくぞ命知らずども! 立ち塞がるものみな蹂躙せよッ!」
軍旗を振り上げ、敵陣を指し示す。そして自らも愛馬に拍車をかけた。力強い加速。冷たい風が全身を打ち付け、容赦なく体温を奪う。寒いと言うより痛い。ああ、良い気分だ。
蹄の音が近づいてきて、僕の両脇を固めた。ブロンダン旅団に属する全騎兵、八百騎が一塊となって戦場を駆ける。目指すは王軍が布陣する塹壕陣地の側面だ。
「グワーッ!」
陣地に近づくにつれ、敵の射撃は頻度と精度を増した。一人の騎士が被弾し、悲鳴をあげながら落馬していく。
当然ながら、部隊の先頭に立ちおまけに軍旗まで掲げている僕は格好の的だ。鉛玉が唸りを上げながら飛来しては、後方に消えてゆく。単に外れているのか、それとも矢避けの魔法が効果を発揮しているのかはよくわからない。
「んおっ!?」
一発の弾丸が僕の頬を掠めた。鋭い痛みが走り、暖かな感触が広がる。
「アル様!?」
「びっくりしただけだ! 気にするな!」
どうやら、危うくヘッドショットを食らいかけたらしい。ああ、危ない危ない。生きてるってすばらしいな、ハハハ!
「何笑っとるんじゃ阿呆!」
「生の喜びに浸ってるだけ!」
などと叫びながら、軍旗を槍めいて構える。軍旗というものはだいたい旗竿として槍を用いており、この旗も例に漏れず先端には立派な穂先がついていた。これならば十分武器として用いることができる。
すでに、敵陣は間近にまで迫っていた。慌てふためく敵兵の様子までしっかりと見て取れる。近侍隊の騎士たちが一斉にピストルを抜き、猛射撃を加えた。
「吶喊!」
敵兵の悲鳴をBGMに、僕は愛馬に更なる増速を促した。馬術における最大速度、襲歩である。彼我の距離はあっという間に縮まった。塹壕から頭を出し、凍り付いた表情を浮かべた間抜けな敵兵の顔すらよく見える。
「チェストー!」
軍旗を突き出す。ガツンという衝撃。王国兵の頭が宙を舞った。片手で持った手綱を少しだけ動かして進路を調整、塹壕の脇を駆け抜ける。
「このままゴボウ抜きで敵本陣を直撃する! 遅れるな、戦友諸君!」
「オオーッ!!」
騎士たちの返事は心強い。さあ、この戦争の仕上げといこう!




