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第674話 義妹嫁騎士の夜襲(2)

 いよいよ夜襲が始まった。夜空に無数の照明弾が打ち上がり、王国陣地を照らし出す。一番槍として投入されたのは、リースベン軍随一の白兵戦能力を持つアリ虫人重装歩兵隊だった。

 彼女らは緊密な亀甲陣形をとり、軍鼓の音を響かせながら敵陣へ向けて行進を始めた。王国側のライフル兵が応射をするが、その弾丸はすべてアリ虫人特有の黒光りする大盾がはじき返してしまう。

 この移動要塞めいた防御力を生かし、塹壕線への突破口を開くのが彼女らの役割だ。しかし、この密集陣(ファランクス)は爆発物に弱いという欠点がある。それを補うのが私たちライフル兵というわけだ。


「撃て、撃ちまくれ!」


 自分自身も小銃を乱射しつつ、部下たちに命令を下す。私たちが陣取る丘から王軍陣地までの距離は、おおむね三百から四百メートルといったところだ。一応有効射程内の距離ではあるが、精密射撃を仕掛けるにはいささか遠い。

 その上、照明弾の光も太陽と比べればロウソクの火のように心許なく、視界良好とは言いがたかった。こんな環境で安定した命中弾を出せるのは、よほど優秀な射手だけだ。

 最初の数発でしっかりと狙いを付けることの愚を悟った私は、数撃ちゃ当たる作戦をとることにした。新型小銃の連射力を生かし、ひたすら発砲を続ける。


「敵さんは大慌てですな、こいつは幸先が良い」


 最先任下士官が敵陣を見やりながら言う。実際、敵はすっかり大混乱に陥っていた。一応は迎撃射撃もしているけれど、どうにもまばらだった。銃兵を守るための槍衾もまだ形勢されていない。

 どうやら、奇襲は大成功のようね。まあ、王軍は昼間あれほど大暴れしてたものね。もうすっかり疲れ果てて、警戒どころじゃ無くなってたんでしょう。無茶をすればするだけ、後から払うツケも大きくなるものだからね。


「畜生、蛮族どもが!」


 とはいえ、流石に無抵抗というわけにはいかない。敵方のライフル兵や弩兵などが塹壕から得物を突き出し、アリンコ隊へ射撃を加える。もちろんそれらの矢玉はすべて大盾によってはじき返されるが、行き足を鈍らせる程度の効果はある。


「死にさらせクソトカゲがぁ!」


 それに対するアリンコ隊の反撃は苛烈だった。ひどい悪罵と共に、密集陣形の後段から丸い何かが発射される。手榴弾だ。彼我の距離はまだ投擲兵器を用いるには遠すぎる間合いだが、その手榴弾は凄まじい勢いで吹っ飛び塹壕内へとホールインワン。王国兵の一団が見事に吹っ飛んだ。


「グワーッ!?」


 アリ虫人は伝統的に投槍を好んで使っていたが、近ごろはそれにかわって擲弾(てきだん)銃を装備するようになっている。これは火薬の力で手榴弾を発射する特殊な兵器で、その威力はごらんの通りだ。


「敵前衛はいい! 後ろを狙え!」


 この手の武器は強力だが、さすがにライフルなどよりは遙かに射程が短い。私たちの小隊は素早く標的を変え、敵の後列に銃弾の雨を降らせた。擲弾(てきだん)のライフルの二重攻撃により、たちまち敵の抵抗が弱くなってゆく。


「今じゃ、ぶっ殺せ!」


 好機とみて、アリンコ隊が密集隊形を解いた。この陣形は堅固だが、機動力に難を抱えている。ここまで近づけば、全員でゆっくり行進するよりも各個で走った方がよいと判断したのだ。

 その作戦は図に当たった。猛攻を受けてヘロヘロになっていた王国兵は急激な戦術の変化についていけず、アリンコ兵の塹壕突入を許してしまった。こうなれば、あとは血みどろの白兵戦だ。

 他の地点でも、同じような突入作戦が展開されている。敵は疲れ果てており、おまけに籠もる塹壕は私たちが作ったものを流用した即席品だ。その防御は決して堅いとは言いがたく、一カ所が破綻すれば他の場所にも次々と連鎖する。


「鉄条網がないだけでこんなにやりやすいとは」


 発砲を続けつつも、私は苦笑いが隠せない。脳裏に浮かぶのはかつてのリースベン戦争の光景だった。あの時、私たちディーゼル軍はお兄様たちの籠もる塹壕に総攻撃を仕掛け、あえなく粉砕された。それ以降、私にはどうにも塹壕に対する攻撃に苦手意識があった。

 けれど、目の前の王軍陣地はあの時のものとは比べものにならないほどに脆かった。もちろんこれは様々な要因が重なってのことだけど、トラウマを植え付けられた身としてはどうにも複雑な気分だ。


「奴ら、穴倉から飛び出し始めたぞ!」


 五分もしないうちに、王国兵は自ら塹壕から出始めた。撤退か壊走かと期待したけれど、戦意を失っているわけではないみたい。彼女らは槍や剣を手に、塹壕内のアリ虫人兵とやり合っている様子だった。えっ、どういうこと? わざわざ自分から塹壕から出て戦うなんて……。


「穴倉んアリンコ兵は強か。(オイ)らエルフですら敵わんど。言わんやトカゲん雑兵ではな……」


 エルフのリケがぼそりと呟く。ああ、よく考えれば当然か。密集陣形のイメージに引っ張られてたけど、むしろ塹壕みたいな場所のほうが得意なわけね。で、王国兵はそれを嫌って地上での戦いを選んだと……。

 でも、それって結局悪手よね。拓けた場所での戦闘なんて、私たちの一番得意とすることだもの。


「塹壕から出た敵兵を集中射撃しなさい!」


 私たちの小隊は、自ら安全圏の外へ出た愚か者どもに一斉攻撃を仕掛けた。暗い中での遠距離射撃だから、もちろん命中率は高くない。けれど、私たちが装備しているのは連発式のライフルだからね。一発外しても、すぐに次弾を装填して照準を修正することができる。

 哀れな王国兵は弾丸の嵐に飲まれ、みるみるうちに数を減らしていった。まるで鴨打ちね、なんて不謹慎なことを考えながら引き金を引いていたら、弾切れになった。での大丈夫、後装式なら再装填も簡単……。


「あっ!」


 手が滑り、弾薬クリップが地面に落ちた。分厚い手袋と寒さによるかじかみのせいで、細かい作業がまったくできなくなっている。舌打ちをしながらクリップを拾い、気を取り直して再装填……。


「やばっ!?」


 敵の後方から砲音が響くと、私たちの頭上で照明弾が炸裂した。目が痛くなる白々しい光が、私たち全員をのっぺりと照らし出す。どうやら、遅ればせながら敵の砲兵も動き出したらしい。

 いままで私たちは暗闇に隠れて一方的に敵を打ち下ろしていたけれど、これからは条件は五分だ。しかも、私たちが陣取っているのは丘の上。これはたいへんに目立つ。


「いったん丘の裏に撤退!」


 反射的にそう命じてから、自分の発言を後悔した。多少は実戦慣れしたとはいえ、やっぱり私は臆病だ。まだ照明弾を打たれただけだというのに、もう逃げ腰になっている。アルベール・ブロンダンの義妹にして嫁という立場の人間が、こんなに情けないというのはいかがなものか。

 そんな思いが脳内を駆けめぐったが、よほどのことがない限りは指揮官は前言を撤回するべきではない。結局、小隊全員が一時撤退することになった。弁明のような気分で私がしんがりを務めることにしたけど、今のところ一発の弾丸も飛んでこない。しくじったかな、これは……。


「ぴゃあ!?」


 そう考えながら後退していると、突然の砲撃が私たちを襲う。派手な爆発音が響き、衝撃と小石と土くれの嵐が全身を打ち据えた。思わず腰が抜けそうになるけど、なんとか堪えて大声を上げる。


「急いで安全な場所に退避しなさい!!」


 もともとが撤退中だったので、私たちはすぐに安全な丘の裏に逃げ込むことが出来た。今さらながら心臓がバクバクと脈打ち、こんなに寒いのに額から汗が垂れてくる。


「危機一髪でしたな。あのまま射撃を続けていたら、全滅していたかもしれません」


 青い顔をした最先任下士官が、苦笑交じりに私の肩を叩いた。でかした、と言わんばかりの態度だった。


「でしょう? 牛獣人だって、意外と嗅覚は鋭いのよ」


 引きつる表情筋を強引に動かし、笑顔を作る。あー、怖かった。危うく漏らすところだったわ……。


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