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第671話 くっころ男騎士の苦戦

 阿鼻叫喚という言葉そのままの悪戦が、夕刻まで続いた。損害を度外視した王軍の総突撃はローラー作戦めいて我が軍の陣地を飲み込み、もっとも強固なリースベン師団の正面ですら第二防衛線を抜かれるまでに至っている。

 とうぜん、より弱体なジェルマン師団はさらに厳しい戦いを強いられていた。彼女らの背後にはもう後退できる陣地が無く、最終防衛ラインにかじりついて必死の防戦を続けていた。

 敵の主力はジェルマン師団に向けられている。小銃、大砲、あらゆる火器がジェルマン伯爵麾下の将兵たちがこもる塹壕へと向けられていた。そこで生じた発砲煙(黒色火薬は燃焼する際に特有の濃密な白煙を生じる)が風によって流され、我が方の戦線までもが霧がけぶったようになるような有様だ。


「我が方の予備部隊をジェルマン師団の救援に回せ! 最終防衛ラインだけは断じて抜かれる訳にはいかん!」


 こちらの戦線も決して余裕のある状況ではなかったのだが、それでも僕はリースベン師団の戦力を割いてジェルマン師団を救援することに決めた。

 リースベン・ジェルマンの両師団は、東西の両翼をそれぞれ守っている。そのうちのどちらか片翼でも陥落すれば、もう片方がどれほど頑張ろうとも最終的には包囲殲滅の憂き目を見ることになるのだ。目の前の戦線に熱中しすぎるあまり友軍の窮状を見逃すような真似は出来なかった。


「エムズハーフェン旅団から助太刀の申し出が来ています。いっそ、彼女らをジェルマン師団の援護に当たらせるというのも一計ですが」


 超特急で援軍派遣の準備を整える僕に、ソニアがそんな具申をしてくる。確かに、魅力的な提案ではあった。なにしろ、リースベン師団はリースベン師団でたいへんに厳しい戦況に直面しているのだ。

 敵からすれば、この戦線は助攻のハズである。実際、敵兵はほとんどが槍兵や弩兵といった旧式兵科であり、単体でみれば大した脅威でもない。火力を集中して叩きまくれば、容易に殲滅できる程度の相手だ。

 問題は、その火力集中ができない事情があるという点だった。なにしろ、我が師団ですら火器の配備状況は十分とは言いがたいからだ。

 新型の連発火器である程度は補えるが、ライフル兵や砲兵の絶対数が不足している。広大な戦線全体を防護するためには、数少ない火力源を薄く広く配置するほか無かった。

 それに加えて、敵の戦術も巧みだ。彼女らは戦線の全体で平押しを続けており、戦力の集中するポイントをあえて作っていない。これによって我が軍の射撃は分散し、効果的な火力発揮ができずにいるのだった。


「駄目だ、エムズハーフェン旅団は出さない」


 正直言って、援軍なぞ出す余裕はない。一方、エムズハーフェン旅団のほうといえば、いまだ戦場には出ず後方で待機中だ。いわゆる戦略予備というやつだな。予備軍があるのだから、そちらの方を先に投入するべきだ。ソニアはそう言っているわけだ。

 ところが、僕はこの具申を一顧だにせず切り捨てた。戦略予備は一発限りの銀の弾丸だ。一度使ってしまえば再利用はできない。むろんそれを出し渋って結局負けるようなことは愚の骨頂だが、まだ我々はそこまで追い詰められていない。


「いいか、ソニア。我々は勝つために戦っているんだ、負けないための手など打つな」


 この困難な戦場では、勝ち筋はそう多くない。エムズハーフェン旅団は、その貴重な勝ち筋へと至るためのキーだ。破られかけた戦線の火消しなどという詰まらない任務に投入するわけにはいかなかった。


「……なるほど、承知いたしました」


 一瞬の逡巡のあと、ソニアは頷き返す。この寒さだというのに、彼女の額には汗が浮かんでいた。無言でソニアの手を取り、ぎゅっと握る。


「安心しろ、ソニア。僕たちは勝つ」


 五稜郭の戦いにおける旧幕府軍、リトルビッグホーンの戦いにおける第七騎兵隊、硫黄島の戦いにおける第一〇九師団……現在の我々よりも遙かに厳しい状況で戦い抜いた軍人たちなど、探せば世界中にいるのだ。この程度でへこたれるわけにはいかない。


「じき日が暮れる。そこからが僕たちの手番だ」


 現時刻は午後四時。日の入りはまだだが、空は相変わらずの曇天だから周囲はすっかり薄暗くなっている。あと一、二時間もすれば戦場は暗闇に包まれるだろう。

 さらに言えば、無謀な進撃がたたって敵軍の動きもだんだんと鈍くなりはじめていた。攻勢限界が近づいているのだ。

 督戦隊を使って強引に突撃を継続しているようだが、兵士だって人間なのだから体力には限りがある。むしろ、無茶をしたぶん一度息切れし始めればしばらくは動けなくなるだろう。この機に仕掛けぬ道理は無い。


「決戦は夜、と」


「ああ。むろん、容易な戦いでは無かろうが……やってみる価値はあるさ」


 正直に言えば、夜戦なんかしたくない。だいいち、昼間でさえこれほど寒いのだ。太陽がいなくなれば気温はさらに下がるだろう。竜人(ドラゴニュート)はもちろん、南方出身のリースベン兵らも氷点下の戦場で戦い続けるのは厳しかろう。

 さらにいえば、暗闇そのものも厄介だ。前世で兵隊をやっていたころには暗視眼鏡(ナイトビジョン)などという便利アイテムがあったものだが、それでもなお昼戦よりも遙かに難儀したことを覚えている。

 ましてや、この世界で頼りになるのは肉眼だけだ。むろん照明弾などは多めに用意しているが、そんなものは無いよりはマシ程度の気休めにしかならない。間違いなく、同士討ちなどのトラブルが頻発することになるだろう。

 しかしそれでも、僕たちには夜を無為に過ごすという選択肢は無かった。王軍は夜の間にある程度立て直してしまうだろう。ただでさえ我々は戦力的に劣勢なのだから、敵に休憩するいとまを与えるわけにはいかない。


「問題は皇帝軍の到着時期じゃな。今夜中に増援がやってくるというのであれば、天秤は一気にワシらのほうへと傾くじゃろうが」


 湯気の上がるカップをなで回しつつ、ダライヤが唸った。アーちゃんに率いられた騎馬軍団一万は、現在このロアール河畔を目指して急進撃中だ。

 だが、もちろん王軍側も手は打っている。皇帝軍の前には軽騎兵や猟兵などを中心に編成された遅滞部隊が立ち塞がっており、足止め作戦を展開中だった。

 ロアール河畔で我々アルベール軍を討ち、遅れてやってきた皇帝軍を迎撃する。この各個撃破作戦がガムラン将軍の描いた絵図だ。とうぜん皇帝軍に対する時間稼ぎは徹底したものであり、アーちゃんといえども短時間での突破は困難であるようだ。


「いまごろ、ガムラン将軍も同じ事を思ってるだろうさ。しかし、そこが狙い目だ。僕は別に、皇帝軍が遅参しても構わないと思っている。そのときは我々だけで勝てば良いだけだからな」


 にやっと笑い、そう返してやる。もっとも、これは半ば強がりのようなものだ。実際のところ増援は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。それでも、最悪の事態に備えるのが軍人の役割だ。もちろん、アーちゃんが間に合わなかった時の次善策も用意していた。


「だからこその夜戦だ。夜の闇に乗じて、混乱を引き起こす」


 皇帝軍とアルベール軍が合流すれば、王軍との兵力差は一気に縮まる。そうなるともう、王軍は今までのような人海戦術によるゴリ押しはできなくなるだろう。それがわかっているからこそ、ガムラン将軍は無茶を承知で強引極まりない攻勢を仕掛けてきている。

 この各個撃破作戦に対するこだわりこそが、王軍の重心……つまりは弱点だ。当然、これを狙わない手はない。敵の弱点への集中攻撃こそ、用兵の常道なのだから。


「逆襲の開始は午後八時(フタマルマルマル)だ。それまでひたすら耐え続けろ」


 消耗しているのは敵軍だけではない。撤退に次ぐ撤退で、我が軍の将兵も心身ともに疲弊しているはずだ。そんな中で夜戦などをおっぱじめるのは、ガムラン将軍の自殺的突撃と同じくらいには無茶な作戦だろうなあ。こりゃ、兵隊どもにずいぶんと恨まれそうだ……。

 まあ、こればかりは仕方が無い。とにかく、今は兵士たちが少しでも戦いやすいよう手を尽くすだけだ。ひとまずは……全軍にホットワインと暖かいシチューを配ることにしようか。腹が減ってはいくさは出来ぬ、とも言うしな。


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