表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

666/714

第666話 くっころ男騎士と本格攻勢

 まるで昼食時を狙い澄ましたかのようなタイミングで、王軍は多数の翼竜(ワイバーン)を投入してきた。その数、おおよそ七十。

 ……ウルが持ってきた最初の報告では、五十騎ていどという話だったのだが。しかし、戦場ではこのような誤認などよくある話だ。気にしてはいられない。

 何はともあれ、敵は航空戦力の大半を投入してきたことには変わりないのだ。こちらとしては、全力で迎撃する以外の選択肢はない。我が方はただでさえ劣勢なのだから、制空権まで失った日には勝利の希望など完全に潰えてしまう。

 迎撃に上がった我が方の翼竜(ワイバーン)騎兵は五十騎。休憩中の者までたたき起こしてなんとか頭数を揃えたが、それでもまだ戦力は不足している。


「ウル、全鳥人兵を翼竜(ワイバーン)騎兵の援護に回せ。出し惜しみはなしだ」


 しかし、こちらには鳥人兵がいる。彼女らには翼竜(ワイバーン)と正面から戦えるほどの戦闘力はないが、とにかく小回りが利くため援護力はピカイチだ。翼竜(ワイバーン)騎兵と組み合わせて使えば、数合わせ以上の実力を発揮してくれる。いわば、空の諸兵科編成と言ったところか。


「お任せあれ、アルベールどん!」


 ウルは誇らしげな顔でそう請け合い、百名近い同胞を自ら率いて空に上がった。ロアール川上空で、王軍とアルベール軍の航空決戦が始まる。

 まず攻撃を仕掛けてきたのは王軍側の翼竜(ワイバーン)騎兵だった。彼女らは精緻な横隊を組み、携えた異様なまでに細長い槍の穂先を揃えて一斉に突撃を敢行する。


「ヴァロワ王家お抱えの精鋭は伊達じゃないな。コイツはなかなかの難敵だぞ」


 双眼鏡を空に向けながら、僕は小さく唸った。当然ながら、この世界に航空無線など存在しない(というか、無線そのものが実用化されていない)。使える情報伝達手段は手信号と旗だけだ。

 そんな環境でこれほどの連携攻撃を見せてくるのだから、敵側の練度は尋常なものではない。

 対して、こちらの翼竜(ワイバーン)騎兵はあちこちの諸侯が少しずつ戦力を出し合ってどうにか数を揃えた寄り合い所帯だ。なんなら翼竜(ワイバーン)だけではなく帝国系の鷲獅子(グリフォン)騎兵まで混ざっているような有様だから、精巧な連携などできるはずもない。

 味方の翼竜(ワイバーン)鷲獅子(グリフォン)騎兵はてんでバラバラの方向へ散開し、どうにか敵の一斉攻撃を躱す。

 しかし、初撃を回避した程度では窮地からは逃れられない。王国側も散開し、逃げるアルベール軍騎兵の背中を追い回した。


「これは厳しい……」


 空を見上げるソニアが小さく呟く。翼竜(ワイバーン)鷲獅子(グリフォン)に跨がって戦う者たちの主兵装は、軽い素材で出来た細長い槍だ。当然これでは前方しか攻撃できないから、航空戦では後ろを取ったものの方が圧倒的に有利になる。

 あっという間に数騎の友軍が体や愛騎を槍で刺し貫かれ、地上へと真っ逆さまに落ちていった。敵はまだ一騎も墜ちていない。ただでさえこちらの方が数が少ないのだから、このままでは両者の兵力差は開いていくばかりだ。


「なに、心配する必要はない。こちらにはウルがいる」


 務めてぞんざいな口調でそう言い切った。現在の天候は相変わらずの雪。空には分厚い雲がかかり、真昼だというのに薄暗い。こういう環境では、小柄な鳥人たちの姿を捉えるのは極めて困難であろう。


「ほら来た」


 ニヤリと笑い、空の一点を指さす。我が軍の騎兵を追い回していた王軍兵の一団が、突如制御を失い散り散りになっていった。鳥人兵による反撃が始まったのだ。

 鳥人兵の武器は足に装着するハガネ製のカギ爪だ。当然こんなモノでは翼竜(ワイバーン)を一撃で仕留めるような真似は出来ないが、騎手を引っかけて”落馬”させるくらいのことはできる。

 翼竜(ワイバーン)騎兵が敵の騎兵を引きつけ、その隙に鳥人兵が騎手を狙い打つ。これが我が軍の航空戦術の基本方針だ。

 鳥人兵が突撃を開始すると、王国翼竜(ワイバーン)騎兵隊の動きが乱れた。いかに精鋭とは言え、初見の攻撃を受ければ多少の混乱は避けられない。

 もちろん、この隙を逃す手はない。我が方の騎兵隊は一斉に反転し、乱れた王国側の隊列へ猛然と襲いかかる。敵方も精鋭だからこれだけで攻守逆転とはいかないが、乱戦にもつれこむことには成功した。


「よし、ひとまずは作戦通り。空の戦いはしばらく膠着するだろう。我々は地上の戦いに集中を……」


「B-三偽装砲兵陣地に敵弾が直撃しました!」


 そこまで言ったところで、伝令が嫌な報告を携えて飛び込んでくる。王国軍は、航空作戦と並行して大規模な砲撃も実施していた。今現在も、敵味方の陣地では砲声と着弾音がひっきりなしに聞こえてきている。


「了解」


 短くそう応え、内心安堵のため息を吐く。攻撃を受けたのは、木製のニセ大砲を並べた偽装陣地だ。吹っ飛んだところで、人的・物的な被害は無い。

 これが本物の砲兵陣地だったら、タダじゃ済まなかったね。なにしろ、砲兵は榴弾やら装薬やらの爆発物を大量に取り扱う。そこに直撃を喰らえば……兵士たちは月まで吹っ飛ぶはめになるだろう。


「敵の航空偵察が効果を発揮し始めましたね」


 ソニアの耳打ちに、僕は小さく頷き返す。なぜ、王国軍は空を抑えようとしたのか? それは、空から我が方の陣地を一望し、戦力配置を確認するためだ。

 特に、砲兵陣地の位置はなんとしてでも確かめておきたい情報だろう。火点を集中砲撃して的確に潰していけば、敵歩兵は悠々と川を渡ることができるようになる。


「敵方の砲声に、なにやら景気の良い音色が混ざっている。どうやら王国軍も重砲を用意しているようだな」


 王国軍の主力砲は、我がほうでも用いられている八六ミリ山砲を長砲身化した軽野戦砲のはずだ。この砲はせいぜい手榴弾に毛が生えた程度の威力しかないから、塹壕に籠もっている限りはそれほど危険ではない。

 ところが、こちらの前衛陣地の周辺にはすでにいくつもの大きなクレーターが出来ていた。明らかに一二〇ミリ以上の大口径榴弾が着弾した痕だ。

 航空偵察と重砲の組み合わせは、戦車のない時代における塹壕線突破の最適解と言える。まったく、ガムラン将軍はとんでもない知将だ。転生者でもなかろうに、あっという間にこの解法を導き出してしまうとは……。


「全ての渡河ポイントで、敵前衛が再び前進を開始した模様! 第一次攻勢よりも、遙かに大規模です。少なくとも、一万以上の兵士が投入されているものと思われます!」


「了解。砲兵、対抗射撃を中止して突撃破砕射撃に移行せよ。歩兵部隊も、手持ちの射撃武器の有効射程に入り次第攻撃を開始するよう通達を出せ」


 航空偵察、準備砲撃を実施したのだ。王軍は間違いなく本命の攻撃に打って出る。こちらも相応の歓迎をしてやらねば、あっという間に押し切られてしまうだろう。僕は全力で反撃を開始するよう命令した。

 ……とはいえ、水際作戦だけでこの攻撃を阻止するのは難しいだろうな。砲兵火力も不足だが、それ以上に歩兵火力が足りない。

 なにしろアルベール軍歩兵の主力は槍兵や弩兵、弓兵などであり、ライフル兵が主力の部隊などリースベン軍くらいしかないのだ。射撃戦だけで突撃を破砕できるほどの火力などあるはずもない。

 もっとも装備の整ったリースベン師団ですらこの始末なのだから、ジェルマン師団のほうはさらに厳しい戦いを強いられるのは間違いあるまい。水際作戦はじきに頓挫し、我が軍は後退を余儀なくされるだろう。


「消耗戦が始まるぞ、諸君。先に音を上げた方が負けるチキンレースだ。どれほど血が流れようとも、決して目をそらしてはならん。いいな?」


 拳を握りしめつつ、参謀陣にそう言い聞かせる。重装騎兵の華麗な一斉突撃でいくさが終わる時代は既に亡い。これからは、お互いに失血死を狙い合う泥沼の戦いの時代なのだ。千名、二千名ていどの流血で鼻白まれては困る……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ