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第665話 くっころ男騎士と戦場メシ

 予想通り、王軍は五カ所の渡河ポイントすべてで同時攻勢に出た。ただし、当然ながらいきなり全戦力を突っ込ませたわけではない。

 先遣隊として投入されたのは、各ポイントにつき一個中隊。すなわち百数十人ていどの集団だ。砲兵による支援こそあったが、やはり中隊ひとつ程度ではまったく戦力が足りない。哀れな王国兵は入水するなり猛射撃を浴び、たちまち壊滅してしまった。

 その惨状をみた我が軍の兵士たちは快哉を叫び、王軍の稚拙な用兵を罵倒した。だが、しかし……それを見た僕は、どうにも嫌な感触を覚えていた。

 そもそも、敵将ガムランは知将として知られる人物だ。生半可な戦いぶりはすまい。ソニアを初めとした参謀たちと相談を重ね、敵の思惑を探る。


「ああ、もう昼飯の時間か」


 そうこうしているうちに、いつの間にか時刻は正午近くになっていた。三十分ほど前から敵の攻勢は止み、前線は静かになっている。

 ……静かというのは、戦場基準でのことだ。時折嫌がらせ砲撃なども飛んでくるから、平時基準ではまったく静かでも穏やかでもない。

 とにもかくにも、昼食である。いくら戦場とは言え、いや、戦場だからこそメシは疎かにはできないのだ。僕は軍議をいったん中断し、食事を取ることにした。

 ただし、食事を取る場所はここではない。前線にゆき、兵隊たちと同じ釜の飯を食う。ぼくがそう主張すると、とうぜんソニアらは大反対した。しかし、僕にも譲れないことはアル。総司令官権限を用いて、強引に押し切る。


「我が方は兵力的にかなりの劣勢だ。こういう戦いの鍵は、兵士一人一人の士気なんだ。戦闘がまだ本格化していない今のうちに、前線の様子を見ておきたい」


 そう言って僕は空を仰いだ。嫌なことに、今日も雪が続いている。空は分厚い雲に覆われ、太陽の姿はどこにも見えない。おまけに風が強く、体感気温を下げること甚だしかった。

 冬は戦争の季節では無い、というのは長年の常識だ。古兵であっても、これほど寒い中で戦った経験はないだろう。いわんや、新兵ともなれば……。

 前線の将兵は、屋根すらついていない急造の塹壕の中でこの雪風に耐えている。そりゃあ、心配にもなるだろう。

 ……そう熱弁すると、ソニアは不承不承頷いてくれた。最低限の護衛を連れ、指揮壕から出る。もちろん、お付きの者を大名行列めいて引き連れたりはしない。総司令官の移動を敵軍に探知されれば、集中砲撃を受ける恐れもあるからな。影武者も立てて、こっそりと移動する。


「まさか、ブロンダン閣下とお食事を共にできるとは」


 前線で僕を迎えた兵士たちは、当然ながらひどく面食らった様子だった。露骨に迷惑そうな顔を隠さないものもいる。そりゃあそうだろう。僕だって、作戦の最中に総大将が突然最前線にやってきたらこういう表情になる。


「うしろでふんぞり返っているだけでは、見えない景色もあるものでね」


 そう応え、僕は持ってきた折りたたみ椅子に腰を下ろす。実際、後方の指揮壕からではわからないこともたくさんあった。たとえば、塹壕内の環境などだ。

 この作戦においての前線とは、つまり川の間近ということになる。そんな場所で穴を掘れば、どうなるか? 当然、水が湧いてくる。塹壕内は湧き水でドロドロになっており、ひどく不潔だった。

 このクソ寒い中、靴下まで水浸しになるような環境は地獄以外の何物でもない。あまりにも最悪すぎて、「こんな場所を戦場に選んだのは誰だ!」と文句をつけたくなってきた。まあ、作戦を立てたのは僕なんだけど。


「食事も私らと同じものなんですか、驚いた」


「当たり前だろう。あんな演説を打っておいて、一人だけ暖かくて美味いメシが食えるか」


 兵士の指摘に、僕は苦笑を返す。最悪と言えば、食事の方もたいがいだ。本日の昼食は、軍隊式の堅焼きビスケットと干し肉。……そう、温食ですらない。敵の攻撃が始まったせいで、しっかりとした食事を作っている余裕が吹っ飛んでしまったせいだ。

 暖かいものといえば香草茶くらいのもので、それすら食事を始める頃にはすっかり冷めている。冬場の野外でこんな食事を続けていたら、あっという間に腹を壊してしまうに違いない。


「しかし、すまない。ほんとうにすまない。なんとか、温食を手当したかったのだが。いろいろと予定外が重なってしまった。夜には暖かいシチューを用意できるよう手配しておくから、それで許して欲しい」


 ビスケットはレンガみたいに堅いし、干し肉はゴムタイヤみたいな歯触りだし、唯一の癒しは味も香りも薄すぎるぬるい香草茶だけ。こんな状況じゃ士気など上がるはずもない。

 泥水だらけの塹壕も、冷たくて不味い食事も、今すぐなんとかしないとかなりヤバイ。士気うんぬん以前に、戦わないまま体を壊して戦線離脱する兵が続出してしまいそうだ。しかし、改善のためのリソースはないし。ううーん……


「っ!?」


 などと考えていたら、塹壕内に轟音が鳴り響いた。穴倉の近くに、敵弾が落着したのだ。

 吹き飛ばされてきた石ころや土塊が降り注ぎ、我々のささやかな食卓をめちゃくちゃにしていく。慌てて香草茶のカップの上面を手で押さえ、土が入らないようにする。


「アル様!?」


 傍にいたソニアが僕に覆い被さろうとしたが、手で制す。兵の前だ、情けない姿は見せられない。二発、三発と弾着が続く中、僕は香草茶をゆっくりと飲み干した。


「今日の天気は雪のち砲弾! アッハハ、優雅なティータイムとはいかんね」


 第一次攻勢が不発に終わった後も、王軍は断続的にこちらの陣地を砲撃し続けている。だが、さしもの彼女らも砲弾の雨を延々と降らせられるほどの弾薬備蓄はないらしい。今回の砲撃も、十発も撃つころには尻すぼみになっていった。


「……本当にチンコついとるんですか、御大将どのは。わたしらよりよっぽど肝が据わっとるように見えるんですがね」


 中年の下士官が、なんとも呆れた表情でそう言った。失礼極まりない言い草だが、礼儀作法を学んでいない階層の平民などこんなものだ。長年軍隊で飯を食っているような人間ならばなおさらである。


「ついてるよ。見て確認してみるかい」


「本当に見せてくれるんなら、喜んで」


 しかし、歴戦の古兵ほどユーモアを解す人種はいないものだ。僕の冗談に、彼女はゲラゲラと笑いながら乗ってきた。……この下士官はもちろん本気で言っているわけではないようだが、話を聞いていた周囲の新兵たちは目の色を変えた。オイオイ、真面目に受け取るんじゃないよ。


「やめておこう。寒すぎて縮み上がってるんだ、お粗末なモノを見せて笑われたんじゃたまらない」 


 下品すぎる冗談に、兵士たちは一斉に大爆笑した。一方、ソニアはなんとも言えない表情で僕を睨んでいる。いや、すまんすまん。前世の癖が出たわ。


「ところで、きみ。一つ聞いておきたいことがあるんだが、構わんかね」


 カチカチのビスケットをなんとか割ろうとしつつ、先ほどの下士官に問いかける。彼女は「もちろんです、閣下」と返した。


「先ほど、寒中水泳を楽しみにやってきた連中のことだ。あの攻勢は、どうにも真面目な渡河という感じでは無かった。何を思って、あんな無駄な犠牲を払ったのだろうか? 諸君らの意見を聞きたい」


 後方と前線では、同じものを見ても見える景色はまったく違うものだ。前線の将兵の意見は、ぜひともヒアリングをしておきたいところだった。


「ああ、あの哀れな奴らのことですか」


 得心した様子で頷いた下士官は首を左右に振り、「ありゃ、懲罰部隊ですな」と言った


「最初の突撃が始まったとき、私は望遠鏡で川向こうを見ておりました。そうしたら、スゴイもんを目にしちまったんですよ。やつら、味方に追い立てられて川に入っておりました」


「……そいつは嫌なことを聞いた。囚人か何かを集めてきて、部隊に仕立て上げたのかな」


「でしょうな。まあ、珍しい話でもありません」


 あの突撃は、見るからに無謀であった。小勢で川に入り、一方的に撃たれまくり、案の定川を渡りきる前に全滅した。

 犠牲を度外視した力押しかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。なにしろ、あの攻勢は後詰めが投入されぬまま終わってしまったからだ。こんな尻切れトンボでは、渡河など成功するはずもない。


「最初に切ったのは捨て札だったか。まさか、僕たちに処刑の代行をやってもらいたかった訳でもあるまい。つまり……」


 一種の威力偵察。そう判断するのが適切だろう。やつらは捨て駒を用い、僕たちの攻撃を誘発した。その目的は……考えるまでもない。こちらの火力配置を確認し、防備の薄い箇所を探し出すためだ。つまりは、本命前の下調べというわけだな。


「アルベールどん!」


 そこへ重苦しい羽音と共に黒い影が舞い降り、塹壕の水たまりの中へと着地した。泥水が周囲に舞い散る。兵隊たちが殺気立ち、武器を構えようとする。即座にそれを制止して、僕は闖入者へ声をかけた。


「どうした、ウル」


 空中からやってくる人間といえば、もう鳥人以外有り得ない。そして敵方に鳥人は参加していないから、彼女は間違いなく味方である。案の定、よく見ればその顔には見覚えがあった。鳥人衆の長、ウルだ。


「不作法、失礼いたしもす。敵陣より大量ん翼竜(ワイバーン)が離陸したとん情報があり、報告にあがりもした。数はすくなくとも五十騎以上とんごつ」


「五十!」


 ソニアが目を剥いた。王軍の保有する翼竜(ワイバーン)は合計百騎未満という話だから、いきなり半数以上を投入してきたことになる。なかなか剣呑な報告だった。


「本気で航空優勢を取りに来たな。ならば、こちらも受けて立つまで」


 僕は椅子から立ち上がり、ウルのほうを見返した。


「頭上を押さえられてはかなわん。我がほうの翼竜(ワイバーン)騎兵隊に、全力で迎撃するように伝えてくれ」


「御意!」


 元気よく飛び立つウル。鳥人兵は、こうして偵察に伝令にと大活躍してくれている。竜人(ドラゴニュート)ばかりの王軍に対して、彼女らの存在はかなりのアドバンテージとなっていた。


「失礼、戦友諸君。野暮用が入った、申し訳ないがこの場は中座させてもらう」


 航空部隊がこれほど大きな動きを見せた以上、地上部隊が動かないという道理はない。さっさと指揮所に戻り、迎撃の準備をせねば。


「諸君。どうやら先ほどの寒中水泳大会は、たんなるリハーサルだったらしい。じき本番が始まるようだから、歓迎してやってくれ」


 冗談めかし口調でそう伝えると、兵士らは大きなため息をついてビスケットや干し肉を口に詰め込み始めた。戦闘が始まったら、食事どころではなくなるからな。みんな大慌てだ。


「まったく、ガムラン将軍は嫌がらせが得意だな」


 小さな声でそうボヤき、ため息をつく。わざわざ昼飯時に攻撃を始めるとは。まちがいなく、わざとやってるんだろうな。性格が悪いったらありゃしない……。



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