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第664話 くっころ男騎士と戦端

 僕の行った危険極まりない演説は、当然ながらかなりの反発を招いた。これはもう、そりゃそうだろとしか言いようがない。

 封建軍とは基本的に私兵部隊の集合体であり、個々の部隊は封建領主個人の持ち物なのだ。その前提を無視して直接兵士をたき付けたわけだから、カドが立つどころの話ではなかった。

 むろんこのような事をすれば幹部連中の不興を買うということはわかっていたから、ダライヤ主導で各所への根回しはやっていたんだが……根回しした上であっても、僕はやりすぎてしまったようだ。

 結果だけ言えば、演説を終えた僕を待っていたのは凄まじい針のむしろであった。ツェツィーリアをはじめとした外様の貴族たちはもちろん、身内であるアデライドやジェルマン伯爵にもずいぶんと詰められてしまった。

 不味いことをやった、という意識はもちろん僕にもある。しかし、このクソ戦争で兵士たちの士気を上げるためには、これくらいの爆弾を投げ込むほかない。そう抗弁して、お歴々のブーイングから逃げ回った。


「敵砲兵隊、準備砲撃を開始せり!」


 しかし、そんな追求も長くは続かない。演説を打った翌朝、とうとう王軍が戦端を開いたからだった。とはいっても、むろんいきなり川を渡り始めたわけではない。戦端を開いたのは王国砲兵で、無数の砲弾が我が軍の陣地に降り注ぐ。

 敵の砲撃を受けながら内紛を続けるような阿呆は、アルベール軍には存在しない。……いや、皆無というわけではないが、少数派だ。僕の追求などはいったん棚上げにされ、迎撃に集中することとなった。


「撃ち返せ!」


 当然ながら、こちらも対抗射撃を命じる。準備期間が短かったため、我が軍の塹壕陣地はずいぶんとお粗末な出来だ。攪乱目的の雑な砲撃でも、少なくないダメージを受けてしまう。敵の砲兵陣地を叩き、火力源そのものを断つ必要があった。

 一二〇ミリ重野戦砲、八六ミリ山砲が同時に射撃を開始した。その砲列は、まるで噴火する火山のような様相を呈している。たちまち、我が軍の陣地全体に濃密な硝煙の香りが漂い始めた。

 しかし、その猛砲撃が効果を発揮しているかどうかといえば、いささか怪しいところがあった。北岸からは、相変わらず大量の砲弾が飛来し続けている。塹壕で防護された砲兵同士の射撃戦では、そう簡単に有効打は出せない。


「敵前衛、渡河を開始いたしました!」


 漫然とした砲撃戦が二時間ほど続いたあと、そんな報告が飛び込んできた。指揮壕から頭だけを出し双眼鏡を目に当ててみれば、確かに中隊規模の王国兵がざぶざぶと川に入りつつある。


「やっとダンスの時間か。前座が長くて飽き飽きしてしまったな」


 僕は肩をすくめ、薄く笑う。前世の第一次大戦の時分には、準備砲撃に数日かけるというのもザラだったようだが……この世界基準の生産能力では、そのような消耗戦など実行できるはずもない。

 王軍側の砲弾備蓄量を考えれば、準備砲撃に二時間もの時間をかけるというのはなかなかの大盤振る舞いだと判断して良いだろう。どうやら、ガムラン将軍は手堅い作戦を選択したようだな。


「このロアール川こそが、王軍将兵にとっての生死の境界線だ! この川を生きたまま渡り切らせてはならん! 火力を集中せよ!」


 渡河をもくろむ敵軍に対し、防衛側が取れる作戦には二通りのパターンがある。一つは、水際で直接敵をたたくやり方。もう一つは、敵をいったん内陸側に引き込んでから叩くやり方だ。

 今回、僕が採用したのは前者の水際作戦だった。なにしろ、我が軍は敵に対して兵力でも火力でも後塵を拝している。無傷の敵を内陸側に引き込めば、そのまま防衛線を食い破られる恐れがあった。

 数少ない戦力を有効に活用するには、戦場を狭い範囲に局限するほかない。そう判断した僕は、まず川を渡ろうとしている敵の先遣隊に狙いを定めることにした。


「重砲、山砲は目標そのまま! 速射砲にて敵の前進を粉砕せよ!」


 僕はここで、新型の後装式速射砲を投入することにした。これは開発されたばかりの新兵器で、後装式(つまり砲弾を砲身後部から装填する)の装填機構と駐退復座器を併用した革命的な大砲だ。口径こそ七五ミリと控えめだが、その発射速度は既存の八六ミリ山砲よりも倍以上早い。

 従来型の大砲は、発射のたびに砲自体が反動で後退してしまっていた。当然、再発射の際には元の位置に戻してやる必要がある。

 ところがこの新型は、その厄介な反動のほとんどを堅いバネ製の駐退復座器が吸収してしまうため、そのような手間のかかる作業を行う必要は無い。

 さらに言えば、砲身の後ろ側から砲弾を再装填する後装式の構造を採用しているため、装填時間そのものも従来の前装式(先込め式)よりもずいぶんと短縮されていた。

 そんな期待の新兵器が、一斉に火を吐く。一発一発の砲声は軽いものだが、おおよそ十五秒から二十秒に一回のペースで砲弾を撃ち出す様は、重砲にも劣らぬ迫力があった。


「グワーッ!?」


 浅瀬を歩いて渡ろうとしている敵前衛の周囲に、凄まじい量の砲弾がたたきつけられる。爆煙と跳ね上げられた水が、煙幕のようになって王国兵の一団を覆い隠した。

 七五ミリの小口径とはいえ、手榴弾以上の威力はあるのだ。爆風と大量の金属破片が王国兵を襲い、その肉体を切り裂く。悲鳴と轟音の二重奏が耳朶を叩き、泥と血が美しい水面を穢す。ロアール川の岸辺はたちまち地獄と化した。


「すげえ、一網打尽だ!」


 我が軍の陣地から歓声が上がる。人間がボウリングのピンのようになぎ倒されていく酸鼻を極める光景も、兵隊の目から見れば胸の空く快事なのである。戦争という環境は、人からあらゆる良心を奪い去ってしまう。


「流石は新型、やってくれる」


 当然ながら、僕もそんな“人でなし”の一員だ。粉砕される敵前衛を見て、思わず拳を握りしめてしまう。

 しかし、あまり慢心はできない。なにしろ新兵器というのはおしなべて信頼性が低いものだ。実際、エルフ内戦に介入した際には、期待の後装砲があっという間に壊れてひどい目にあっているからな……。


「とはいえ、砲兵隊にはあまり撃ちすぎないよう念押しをしておいてくれ。あの調子で撃っていたら、あっという間に砲弾が無くなってしまうからな」


 冗談めかしてそう忠告するが、おそらく用意している砲弾をすべて射耗してしまうことはあり得ないだろう。

 備蓄量が十分だから……ではない。撃ち尽くす前に大砲自体が壊れてしまう可能性が高いからだ。とくに、バネ式の駐退復座器あたりの耐久性はかなり怪しい。運用には細心の注意を払う必要があった。


「アル様、ジェルマン師団より連絡です。どうやら、王軍はC地点でも渡河を開始した模様。これより迎撃を開始する、とのことです」


 そこへソニアがやってきて、神妙な表情で報告を耳打ちした。ジェルマン伯爵率いるジェルマン師団にはやや東側にある二つの渡河ポイントを守るように命じていた。そのうちの一つで敵が行動を開始したらしい。

 ロアール川は冬になると水深が浅くなる。降り続く雪のおかげで例年よりも水量は多いようだが、それでも前回の戦いと比べれば渡河可能な地点は二カ所も増えていた。

 我々が守らなくてはならない渡河ポイントは、合計五つ。王軍がこの全てで同時に渡河を開始すれば、兵力に劣る我が方はかなり難しい対応を迫られることになるだろう。

 ……用兵のコツは、”人の嫌がることは進んでせよ”だ。ガムラン将軍はおそらく一斉渡河作戦を実行し、こちらの対処能力を飽和させようとしてくるはず。

 現状の戦力比率は三対五。おまけに兵士ひとりあたりの戦闘力も大差ないと来ている。どう転ぶにせよ、この戦いは容易なものとはならないはずだ。


「ジェルマン伯爵には、無理はするなと伝えておいてくれ。彼女の師団には砲兵火力が不足している。無理をすれば、あっというまに大損害を受けてしまいかねない」


 了解ですと返して電信員の元へ向かうソニアを見送り、僕はゆっくりと息を吐き出した。


「さてさて、メインディッシュはまだかな」


 前線では、強引な渡河を狙う王国兵が文字通り粉々にされている。なんとも哀れなことだが、敵に同情している場合ではない。

 なにしろガムラン将軍は強敵だ。このまま一方的にやられるばかりではあるまい。裏では悪辣な作戦が動いているはずだから、こちらもそれなりの準備をしておかねば……。


本作が第11回ネット小説大賞を受賞いたしました。

マッグガーデン・ノベルズ様より書籍化予定です。

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[一言] 書籍化おめでとうございます。
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