第663話 くっころ男騎士の演説(2)
「僕は……この戦争が終わったら、国を作ろうと思っている」
アルベール軍のほぼ全将兵を前に、僕はそんな宣言を行った。ああ、いよいよ言ってしまった。そんな気持ちが、僕の心中を吹き抜ける。
これでもう、僕たちは名実ともに完全なる反乱軍だ。今さらと言えば今さら過ぎるのだが、改めて明言してみるとなかなかに嫌な感慨がある。僕はもともと、クーデターを叩き潰す側の人間だったはずなんだがなぁ……。
「……」
ためをつくるフリをして、聴衆の反応を観察する。ド直球の政権簒奪宣言に対し、彼女らは……まったく驚いている様子がなかった。肩透かしを食らった気分で、僕は小さく息を吐く。
ま、僕たちは王都の間近にまで攻め寄せているわけだからな。ここまでくれば、もはや元鞘に戻るという選択肢はない。ならば、自分たちで新たな国を興すべし。そういう流れになるのはごく自然のことだった。
いち兵卒だって、当然そのくらいのことは考えている。建国宣言をしたところで、彼女らにとっては『はぁ、まあそうなるでしょうね』という感想しかないだろう。
……さあて、問題はここからだ。反乱軍が王家を倒し新たな王朝を打ち立てるなど、歴史上では幾度となく繰り返されてきた恒例行事だからな。物語としてはまったくもって陳腐であり、兵士たちを奮い立たせるにはいささか不足だ。
「しかし、あえて言っておく! この国の主役は、僕ではない!」
だからこそ、少しばかりひねりをいれる。そもそも今回の戦いは一般的なクーデターではなく、王家側の粛正失敗に端を発する泥縄的な出来事だからな。当然ながら根回しも事前準備も不足しており、おまけにアルベール軍自体も一枚岩からはほど遠い寄り合い所帯ときている。
この状況で手際よく権力を奪取し、効率的な支配体制を確立し、中央集権国家を作り上げる? そんなの、絶対に不可能に決まっている。これから生まれる新国家は、間違いなく合議制をベースにした分権的な政体になることだろう。
「では、主役は誰か!? 歴史ある大貴族か? 違う! 大資本を持った商会か? 違う!」
分権体制そのものは良い。しかし、まったく異なる思惑を抱えた有力者たちの合議制で、本当に国がまとまるものだろうか? そんな疑問を僕にぶつけてきたのは、ダライヤであった。
彼女の率いる新エルフェニア帝国は、まさにそういう体制の勢力だ。一応はダライヤが皇帝に就いているものの、権力の主体は各氏族の長にある。
彼女らはまとまりを欠き、意志疎通もままならぬ集団であった。そうした組織の末路など、決まりきっている。結局、新エルフェニアは国家と呼ぶのもおこがましい軍閥未満の集団に堕したのである。
アルベール軍と新国家を、新エルフェニアの二の舞にしてはならぬ。ダライヤはそう念押しした上で、一つの計画を披露した。もちろん、今回の演説も彼女の計画の一部だ。
「断言しよう。新国家の主役は、君たちだ! 我が戦友たちよ、君たちこそが新たなる時代の先導者となるのだ!」
熱を込めた声でそう主張するが、対する兵士たちはぽかんとした表情を浮かべるばかり。そりゃあそうだろう。彼女らは軍役によって召集され封建軍の軍人であって、王政を倒すために決起した民衆などではない。いきなり市民革命家めいたアジをぶつけられても、まったく意味がわからないはずだ。
別に、僕だっていきなり近代民主主義国家を作ろうなどということは考えていない。あわてて社会を変えようとしても、ついてきてくれる人はほとんどいないだろう。
「どうしてそんな顔をする、戦友諸君」
ニヤリと笑い、聴衆にそう問いかける。内心、僕は砂を噛むような心地を味わっていた。まったく、ロリババアも嫌な仕事を押しつけてくる。この僕に、ポピュリスト政治屋になれと言うのだから!
「君たちはこのクソ寒い中、冬ごもりも許されず槍や鉄砲を振り回すことを強いられている! それだけではない。諸君らは明日にも戦場に駆り出され、地と汗と泥にまみれながら命をかけて戦わねばならぬのだ!」
この指摘には、さしもの兵士たちも顔を引きつらせた。兵士といえども、戦闘そのものを好む者はそう多くない(それに付き物の略奪はまた別だろうが)。ましてや今は冬、戦争にはまったく向かぬ季節だ。つき合わされる兵隊どもにとってはまったくたまったものではないだろう。
「おまけに、敵は男目当てに戦争を引き起こすような色ぼけ王太子と来ている! 大儀も道理もないクソいくさ、それがこの戦争の正体だ! 馬鹿らしいとは思わないか!」
ああ、とんでもないこと言ってるぞ、僕。エムズハーフェン旅団の先頭にたって演説を聞いているツェツィーリアが、物凄い顔をしてこちらを見ている。ごめんよ、本当にごめんよ。でもこれ、ロリババアとの共謀だから。恨むならあっちも一緒に恨んでくれ。死なば諸共だ。
もちろん、げんなりしているのはお偉いさんだけではない。ろくでもない事実を突きつけられた兵士たちもまた、死んだ魚のような目になっている。そりゃまあ当然だよな。誰だって、クソみたいなくだらない戦いに命を張るのは嫌だ。
会場はすっかり冷え切っているが、これはすべて計画通りの流れだ。そもそもこの戦争がくだらない代物であることは、みな指摘されるまでもなく理解しているはずだからな。
いくら上っ面のことばでそれを否定したところで、心の奥底でくすぶる不平不満は決してなくならないだろう。だからこそ、あえて最初にそれを肯定してやるわけだ。
「しかし!」
挑戦的な笑みと共に、僕は観衆をねめつける。タメは十分、あとは飛ぶだけだ。
「戦友諸君、考えてもみろ! この戦争に勝利すれば、この大陸西方で我々を無視できる存在はいなくなる! ガレア王も、神聖皇帝もだ!」
力の限りの熱を込め、僕は叫ぶ。怒り狂ったように、狂喜するように。観衆を狂わせるには、まず自分自身が狂わねばならない。
「両隣を見よ、諸君! 竜人兵がいる! 獣人兵がいる! エルフ兵がいる! 鳥人兵がいる! 虫人兵がいる! これほど多種多様な種族が、この旗の下に集っているのだ! 星導教の招集する星字軍においてすら、このような機会は歴史上一度もなかった!」
僕が指さした先にあるのは、長い旗竿の上ではためく丸に十字の紋章。アルベール軍の軍旗だ。
ちなみに、星字軍というのは星導教が異教や異端と戦う際に招集する、聖戦のための軍隊だ。星導教の信者はおもに竜人や獣人だから、エルフなどが星字軍に参加した例はほとんどないハズだった。
「諸君らの仰ぐ旗はこれだ! ブロンダン家の青薔薇紋でもなければ、ヴァロワ家の火吹き竜紋でもなく、リヒトホーフェン家の獅子紋でもない! 連帯と団結以外の意味を持たぬ、この旗なのだ! アルベール軍などと号しても、その実体は純粋なる連帯! つまり、我が軍の主役は君たち自身なのである!」
人の家の家紋を勝手に使っておいて、なんて言い草だ。思わずツッコみそうになったが、よく見れば兵士たちの表情が変わりつつある。
僕が軍旗として自分の家の家紋を用いなかったことが、ここに来て効果を発揮し始めていた。この軍隊は、アルベール・ブロンダン個人のモノではない。僕はそれを自ら表明しているのだ。
「戦友たちよ! 諸君らは否応なしに歴史の転機に立っている! この機会を、お仕着せの軍務という形で浪費して良いのか? 否、断じて否である!」
拳を振り上げ、そう叫ぶ。冷え切っていた会場には、いつしか異様な熱が渦巻くようになっている。こちらを見る兵士たちの目にはギラギラとした光が宿っていた。
「命をかけて戦う諸君らには、その対価を求める権利がある! 戦友たちよ、立ち上がれ! 勝者の権利を主張せよ! 命を懸けるに足る意味を、自分自身で見つけだすのだ!」
そこまでいって、僕は大きく息を吐いた。そして声のトーンを落とし、ゆっくりと語り始める。
「僕は、領地も持たぬヒラの法衣騎士の子として生まれた。人を殺す才能ばかりはあったが、それ以外はからきしだ。血筋の上でも、素質の上でも、王の器ではない……」
しかし! のどが張り裂けそうな声で、僕は主張する。
「ただの兵隊でしかない僕だからこそ、諸君らと共に歩み、同じものを見て、その声を聞くことが出来るのだ! 戦友諸君! 僕は、君たちの代弁者だ。この戦いに勝利した暁には、居並ぶ王侯に諸君らの言葉を伝えよう!」
これこそが、僕の主張の中核だった。要するに、彼女らの本来の主君である諸侯らの頭越しから、兵士の声を聞き届けようというのである。
なぜこんなことをするかといえば簡単で、もちろん人気取りのためだ。つまり、僕は己の支持母体を一般兵卒や下級将校に求めたわけである。
リースベン加入後の新エルフェニア氏族長が公然と我々に反抗できなくなった理由がこれだ。僕は一般兵にたいへんな人気があり、僕の損になるような命令を下しても兵士たちが納得しないのである。
頭を押さえるより、手足を押さえる方がよほど簡単だ。ダライヤはそう主張し、エルフを掌握した手段をそのままアルベール軍にも流用するよう進言した。その結果が、このポピュリスト丸出しのクソ演説である。
「諸君らは、自分自身のために戦え! 意味なき戦争に意味を見いだすためには、そうする他ない! 忘れるな、戦友たちよ。諸君らは今、時代の転換点に立っている! この好機を逃すべきではない。自分自身の手で、己の時代を打ち立てよ! 新時代、新国家の主役は君たち自身だ!!」
己の時代を打ち立てる! なんと甘美な響きだろうか。野心をもつ人間であれば、誰もがそれを夢見るものだ。そして、自ら剣を取る人間には多かれ少なかれそういう願望がある。
案の定、兵士や若い将校らは目を輝かせながら拳を振り上げている。おお、ヤバいヤバい。決起集会みたいな熱気だぞ。
「あえて言おう! 諸君らは、僕に忠誠を捧げる必要はない。諸君らが忠を尽くすべきものは、任務であり勝利である! 言葉を交わしたこともない相手のために戦う必要はない! 自分自身と、そして肩を並べる戦友たちの為に戦え!」
絶叫めいた声で激を飛ばすと、会場からは言葉にならない叫びが返される。なんともキケンな雰囲気だ。
ああ、今から胃が痛い。こんな無責任なことを言って大丈夫なのだろうか? 尻拭いをするのは、未来の僕自身だというのに。
しかし、負けてしまえば元も子もないのである。勝利のためには、空手形でもなんでも使うべきだ。面倒なことは勝った後で考えればよい。
「ゆこう、戦友諸君! 余は常に諸氏の先頭にある! ともに戦い、ともに勝利し、ともに凱旋しよう! みなで栄光の道を歩むのだ!! 己自身と、この団結の軍旗に忠を尽くせ! さすれば道は拓ける!! 常に忠誠を!!」
「応!!」
兵士たちは声を揃えてそう唱和した。……諸問題はあれど、これで戦意は十分。さて、さて。これである程度勝ちの目は出てきたぞ。




