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第657話 くっころ男騎士の行軍

 サン=ルーアン市に初雪が降った日、僕たちはいよいよ最後の決戦にむけて出陣した。王軍は、どうやら渡河作戦の準備を進めているようだからな。先手を打って防衛線を敷き、敵の攻勢に備える必要があった。

 湿った雪が街をまだらに染める中、アルベール軍の全部隊が前進を開始する。目指すは、ロアール川河畔の南側。ソニアが突破戦を仕掛けようとしたあの渡河ポイントである。


「王軍の南岸上陸を許せば、数に劣る我が軍の劣勢は避けられない。渡河だけはなんとしてでも阻止するんだ!」


 僕はそう檄を飛ばし、自らが先陣を切ってサン=ルーアン市を後にした。もはや秋の気配は遙か彼方に過ぎ去り、吹きすさぶ風は痛いほどに冷たい。戦争には向かぬ季節が迫りつつあった。


「王軍のクソッタレめ! 冬に戦争するなんてバカのやることだぞ!」


「私ら獣人ですら、この季節は家に籠もるってのにな。ましてや相手はトカゲどもだ。戦ってる最中に冬眠しちまうんじゃないか?」


 半分溶けて泥と混ざり合った汚らしい雪を踏みしめつつ、雑兵たちがそう囁き会う。北方ほどではないにしろ、王国中部の冬は厳しい。

 科学文明の発達した前世の世界ですら、厳寒期の戦いには様々な困難が立ち塞がるのだ。ましてや技術の未熟なこの世界では、冬になれば戦争も自然休戦となるのが普通であった。

 雪の降る中での出陣など古兵でもそうそう経験があることではなく、誰も彼もが不安を抱いていた。


「こん国ん冬は、骨身にしみる寒さじゃな。ガレア騎士などはもんの数じゃなかが、寒さにだけはどうにも敵わん」


 そう語るのはモコモコの毛皮マントを二枚も重ね着したフェザリアだった。エルフどもは皆南方の出身だから、当然寒さには弱い。初冬の今ですら、その気温はリースベンの真冬なみなのである。


「そけちょうど村があっど。燃やして暖を取っていかんか」


「名案にごつ!」


 火炎放射器を背負ってそんな物騒なことを言い出すエルフ兵が後を絶たず、僕たちの頭を悩ませた。

 火計はフェザリア率いる正統エルフェニアの専売特許だったはずなのだが、近ごろはいつの間にか新エルフェニアの連中も火炎放射器を装備するようになっていた。許可もとらずにアチコチに放火していくものだから、本当に困る。

 もっとも、文句を言える元気があるだけエルフどもはまだマシだった。アリンコ兵に至っては


「誠にあいすまん、オヤジィ……ワシャあもう限界じゃわ……」


 などと言い出してぶっ倒れるものが続出する始末だった。その理由はもちろん低体温症だ。虫人はただでさえ寒さに弱いのだが、特にこの連中は半裸が正装なのである。そんな格好で雪の中を歩いていたら、命に関わるに決まっている。


「防寒着は支給してあるだろ!? なんで着ないんだ!!」


「戦争を前にして肌を隠すんような情けない真似はできんけぇ、それだけは堪忍を」


「馬鹿野郎!! エルフじゃあるまいに、意地を張って命を粗末にするんじゃない!」


 青色吐息のアリンコ兵を説得すること丸一日、やっとのことで彼女らは防寒着を着込むことに同意してくれた。

 しかし、この間に十人以上のアリンコ兵が低体温症で戦列を離れる羽目になっている。僕としても民族文化に文句をつけるようなことはしたくないのだが、せめて防寒くらいは妥協してもらわなきゃ困るよ……。


「この寒さは我が軍に優位に働くと思っていましたが……どうやら、それは甘い考えだったようですね」


 リースベン出身者の惨状を見て、ソニアがため息を吐く。しかし、そんな彼女もフワフワモコモコの防寒着ですっかり着ぶくれしている。竜人(ドラゴニュート)はみな寒さに弱く、冬になると体の動きが鈍くなってしまうのだ。

 そういう訳だから、冬期における運動能力では竜人(ドラゴニュート)よりも獣人が有利だ。王軍が竜人(ドラゴニュート)兵ばかりで編成されている一方、こちらは帝国出身の獣人兵も多く参加しているから、ソニアの予想も誤りではない。誤りではないのだが……。


「ああ……やはりこの戦争、一筋縄ではいかないようだ」


 新兵科とも対等以上の戦いが出来るエルフ兵やアリンコ兵は、兵力差を埋めるための重要な戦力だ。しかしその肝心な要石がこの惨状なのだから、ため息をつくほかない。

 冬の戦争では、紙面上の戦闘能力よりも環境への適応力のほうが大切になってくる。そういう意味では、南方を根拠地とする我々が不利になるのは当然のことかもしれない。


「アレクシア先帝陛下よりご連絡です。現在、皇帝軍はアーレ市郊外で王軍の足止め部隊と交戦中。オレアン領到着までには、いまだしばらくの時間がかかるとのことです」


 そこへ、ウルが悩ましい報告を携えてやってくる。彼女に率いられた鳥人部隊は、偵察に伝令にとまさに八面六臂の活躍を見せていた。アーちゃんら皇帝軍との連絡も、彼女らに課せられた重要な任務の一つだ。

 ちなみに、アーレ市というのは王国東部にある交通の要衝だ。ここを抜けば、あとはこのオレアン領まで一直線に進撃することが出来る。王軍から見れば、最終防衛ラインの一歩手前というところだろう。


「なるほど、やはり王軍は遅滞作戦に出たか。フランセット殿下としては、我々と皇帝軍の合流はなんとしても避けたいだろうからな……当然、手は打ってくるだろう」


 アーちゃんに大活躍されては正直困るわけだが、援軍が到着しないのはそれ以上に困る。嫌なジレンマだね。ましてや、敵将はあのソニアをも退けたガムラン将軍だ。手ぬるい策を使ってくることはあるまい。油断はできんね。


「とはいえ、これは敵から見ても難しい盤面じゃのぉ。皇帝軍の足止めに戦力を割き過ぎるれば、こちらへ差し向ける戦力が不足する。二正面作戦一歩手前じゃな」


 ロリババアの指摘ももっともだった。王軍側の最適解は、我々アルベール軍と皇帝軍を各個撃破することだ。後者を最低限の戦力で守りつつ全力をもって前者を打つのがフランセット殿下の基本方針だろうが……

 皇帝軍は全部隊が騎兵で編制された強力な軍隊であり、さらには将としてアーちゃんとヴァルマが指揮をとっている。中途半端な防衛隊などを配置したところで、濡れ紙のよう破られてしまうのは目に見えていた。


「敵が戦力配分を誤ってくれれば、話は簡単なんだが」


「それはそうなのですが……相手はあのガムラン将軍ですからね」


 苦い顔で反論するソニア。なにしろ彼女はそのガムラン将軍に一度煮え湯を飲まされているわけだから、敵将がどれほどの切れ者なのかは誰よりも理解している。判断ミスなど期待するだけ無駄、そう言いたいようだ。

 もちろん、僕も敵の失敗を期待して作戦を立てるような阿呆ではない。彼女に頷き返し、しばし思案する。


「戦力的には敵軍優位、寒さの問題でこちらの主力は不調、おまけに政治的な都合でねじ曲げられた作戦と来た。逆役満だなぁ、これは」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟く。特に、一番最後の予想が気に入らないんだよな。なんだよ、友軍に手柄を稼がせてはならないって。アホか?

 政治ってヤツは、時として阿呆としか思えない所業を大真面目にこなすことを求めてくるものだ。だから嫌いなんだよ。

 ……そう言ってぶった切れる立場なら、気が楽なんだが。一応、僕はこのよくわからん集団の頭領ということになっているからな。無責任なことは言えん。はぁ、気が重いね。

 とにかく、今は出来ることからこなしていくほかない。一応、最善と思える作戦を立てはしたんだ。あとは、自分自身と仲間たちを信じて賽を振るだけだ。


「フィオレンツァ……」


 今、どこで何をやっているのかさっぱり分からない幼馴染みの名前を呼んでみる。

 僕は”反乱軍の首領”という立場ひとつでこれほど四苦八苦しているというのに、あの幼馴染みは何を求めてこんなあくどい策謀に手を染めたのだろうか? 

 その企みが成功したところで、フィオ個人が幸せになれるとは思えんね。過大な権力や責任なんてものは、個人が背負うには重すぎる荷物だ。好き好んでそんな立場を取りに行くのは愚者の所業だと思うがね……。


「はぁ」


 まあ、今はそんなことより王軍への対処だ。明日の昼過ぎには、ロアール川河畔に到着する予定だからな。せいぜい頑張って、”反逆”を成功させてみせるとしますかね……。 




次回更新日(12月7日)は諸事情のため投稿をお休みさせていただきます。

申し訳ありません。

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[一言] 温石とかなんか寒さ対策しろよw
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