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第656話 くっころ男騎士と軍議

 友軍のもとへ帰還した僕を待っていたのは、激務の山であった。

 アルベール軍と称するこの軍隊は、基幹部隊こそリースベン軍であるもののその周囲を固めるのは様々な出自をもつ烏合の衆だ。

 その中には宰相派の王国貴族もいれば帰順したばかりの帝国諸侯もおり、文化も参戦した理由もバラバラもバラバラだった。

 これはもはや暴れ馬の集団のようなものであり、その手綱を取るのはまったくもって容易なことではない。しかし、無理でもなんでもそれをやらねばならないのが総大将という役割なのである。


「なに、アンリ女爵とバルテン子爵が決闘を始めた? 理由は……五年前の戦争の落とし前をつけるため!?」


「エルフが肝練りと称して鉄砲で火遊びをしているからやめさせてほしい!?」


「ジョアンヴィル伯爵が物資の横領を!?」


「は? 新しいエルフ義勇兵団が到着した? 聞いてないぞそんなの。どこから湧いて来やがった」


「カスタニエ宮中伯が詐欺めいたやり方で商人から金を巻き上げているからなんとか言ってやってくれ!? ん? いや、カスタニエ宮中伯ってアデライドじゃないか!!」


「野良エルフが勝手に村落を略奪している!? なんなのそんなの聞いてない! 今すぐ止めるよう布告を出せ!」


 そんな調子でトラブルが頻発し、僕には司令部でふんぞり返っている暇すら与えられなかった。馬に乗って本陣を駆け回り、ひとつひとつ問題を潰していく。

 本当ならば、専門の調停機関を作ってそこに諸問題を丸投げするのが一番なんだけどな。しかし、そこは急増の寄せ集め部隊の悲しいところ。そんな都合の良い部署を作るためのリソースも人材も暇もありはしなかった。結局、総大将たる僕が直接出向いて解決するのが一番効率的なのである。悲しいね。

 しかし、全体で見ればそのような仕事など些事以外の何物でもなかった。僕の本来の仕事は、この雑多でまとまりを欠く軍隊を率いて王軍を打ち破ることなのだ。

 日々のちょっとしたトラブル程度に忙殺されているようでは、勝利などいつまでたっても得られない。盤面が少しでも我が方優位に傾くよう、いろいろな手を打っておく必要があった。


「王軍は、冬営の準備を中断した模様です。どうやら、本格的な冬が来る前にもう一戦やるつもりのようですね」


 定例の軍議で、偵察に出ていたジルベルトがそう報告する。一時は春まで休戦かと思われていたこの戦争だが、僕の脱走と神聖帝国の参戦によって状況は急速に動きつつあった。


「やはりか。王軍としては、我が軍と皇帝軍の合流はなんとしてでも阻止したいところだろうからな」


 香草茶を片手に、僕は視線を宙に彷徨わせた。王軍は、冬営から戦闘継続に突然方針を転換したのだ。尻に火が付き、準備不足のまま動き出したことは間違いない。遠征軍である我々にとって時間は敵であるから、ジルベルトのもたらした情報は間違いなく朗報ではあった。


「こちらの準備はどうなっている?」


「正直なところ、万全とは言いがたいですね」


 とはいえ、このまま楽に勝てるほど戦争は甘いものではない。ソニアから返ってきた予想通りの答えに、僕は小さく息を吐いた。


「冬営に備えていたのはこちらも同じことですし、先日のソラン山地襲撃事件の影響もまだ残っています」


「ソラン山地の崖崩れに関しては、アリンコ工兵隊の尽力もあって復旧済みだ。とはいえ、最大の補給路が一時閉塞していたわけだからね。補給計画には様々な狂いが生じてしまった」


 そんな補足をするのはアデライドだ。本来彼女は軍人ではないのだが、商人の家系に生まれただけあって物流の管理に関しては誰よりも上手い。そのため、近ごろのアデライドはアルベール軍の兵站担当としても働いてくれているのだった。


「一番影響が大きいのは、弾薬の集積だろうねぇ。これまでの戦いの弾薬消費量を鑑みれば……いち会戦を戦い抜くのがせいぜい、という量だな。その上、足りていないのは弾薬だけではない。補給段列の荷馬車も不足しているんだ」


「不足分は現地調達でまかなう予定だったのだがな。この地域一帯の荷馬車やら何やらの戦争に使えるような物資は、王軍撤退の際にすべて焼却されてしまった」


 ツェツィーリアが、その可愛らしい顔に似合わぬ難しい表情でそう付け加えた。現状、ロアール川南岸のこの地域は、軍人どころか民間人の食料すら事欠くような有様になっている。王軍の焦土戦術のせいだ。

 この問題の対処にあたったのが、ツェツィーリアであった。彼女はエムズハーフェン家自慢の商船部隊を全力投入し、帝国南部の穀倉地帯から食料をピストン輸送してくれたのである。おかげで、今のところ僕たちはもちろん民衆も飢えずに済んでいた。


「いまの輸送力では、軍を長距離移動させるのは難しいだろうな。大きく迂回して敵軍の側面や後方を攻撃するような戦術は使えないと思ってくれ」


「了解、頭に入れておこう」


 いやはや、厄介なことになったな。兵站が不十分な状況で戦うほど怖いことはない。インパールの二の舞なんてのは勘弁だ。


「敵軍の兵力が、約四万。対するこちらは二万五千に足りない数。平原で真正面からぶつかり合うのは厳禁だ。それに加えて迂回作戦まで困難となると……」


 口の中でブツブツと呟きつつ、僕は地図をにらみ付けた。


「やはり、ロアール川が戦闘の焦点になりそうだな。大軍の優位を封じようと思えば、渡河中を叩く以外の方法はない」


「前回の戦いを、攻守を入れ替えて焼き直すわけですか」


 苦い表情で唸るソニア。前回の戦いというのは、王都への進撃をもくろむアルベール軍が渡河を強行したロアール河畔の戦いの事だ。

 ソニアはこの戦いの総指揮を執り、途中までは優勢に断っていたのだが……最終的には、補給線を遮断されて撤退を余儀なくされた。表情から見るに、この戦いはソニアの中ではちょっとしたトラウマになっているようだな。


「ああ……ただ、アルベール軍と王軍では、本拠地からの距離が違いすぎるからな。ガムラン将軍の作戦をそのままやり返してやるのは、まず不可能だろう」

 

 王軍の布陣するロアール川北岸から王都までは、もう目と鼻の先といっていい距離なのだ。補給線をひとつ潰したところで、予備のルートはいくらでもある。補給路の遮断など狙うだけ無駄だった。


「川を挟んでの押し合いへし合いで時間を稼ぎ、皇帝軍の合流を待って反攻に転じる。軍事上の都合だけを考えるのならば、これが最適解じゃろうなぁ?」


 僕の隣に座ったロリババアが、ニヤリと笑ってツェツィーリアに目配せをする。賢明なるカワウソ侯閣下は即座にこのクソババアの意図を察し、口元をへの字に歪めた。


「……個人的な意見を言えば、その作戦には反対だ。戦闘の決定打を皇帝軍に任せては、あとあと面倒なことになる」


 ダライヤの口にした作戦は、確かに軍事的に見れば最適解だ。しかし、軍事のさらに上位のレイヤー……政治的な視点で見れば、大きな問題をはらんでいる。アーちゃん率いる皇帝軍が、あまりにも大きな役割を持ちすぎるという点だ。

 皇帝軍はいちおう味方だが、その目的は火事場泥棒以外の何物でもない。そんな連中にあまりに大きな手柄を与えては。戦後に様々な問題が発生するのは間違いないだろう。下手をすれば、僕たちより早く王都に皇帝旗を立ててしまうかもしれない。

 もちろん、政治屋のダライヤが僕でも予想できる程度の問題点を認識していないはずがない。彼女はあえて皇帝軍に頼り過ぎる作戦を提示し、それを帝国諸侯であるツェツィーリアに否定させたのだ。いわば、踏み絵のようなものである。

 クソババアめ、相変わらずカスみたいなやり口を使いやがる。いや、まあ、神聖帝国そのものが味方になった今、ツェツィーリアをはじめとした寝返り組の帝国諸侯の立場はかなり微妙なことになっているからな。帝国に出戻るのか、僕たちの側に着くのか、その辺りの旗幟はハッキリさせてもらわなきゃ困るというのはわかるんだが。


「ディーゼル家としても、エムズハーフェン侯の意見には賛成だな。”外様”にあまりデカい顔をされては困る。皇帝軍の手を借りるにしても、任せる役割は補助的なものにとどめるべきだろう」


 そう主張するのは、ディーゼル伯アガーテ氏。とうの昔に寝返りを終えている彼女としては、古巣の影響力が増すのは避けたいところなのだろう。いやあ、政治だね。

 ……はぁ、まったく。純軍事的に見れば、ダライヤの作戦が理想的なのになぁ。政治的な問題が、それの実施を阻んでいる。

 前世の頃からの経験だが、政治の絡む作戦はだいたいロクなことにはならない。軍事的合理性と政治的な要求は時として対立するからだ。

 軍人としての僕は、そんな事情なんか無視して合理的な作戦を採用しろと叫んでいる。しかしアルベール軍の盟主としては、確かに皇帝軍にはあまり手柄を揚げて欲しくない。うーん、ジレンマ。

 ああ、もう、面倒くせぇ! これだから政治は嫌いなんだ、畜生め。だけど、今の僕の立場ではそれを無視することもできないんだよな。まったく、ヤンナルネ。さて、この難問にどう対処すべきだろうか……。




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[一言] エルフに肝練り教えてたの誰だよ
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