表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

654/714

第654話 くっころ男騎士の密談(2)

 今回の内戦の黒幕は、フィオレンツァ司教ではないか。僕が伝えたその予想にたいして、アデライドとソニアは正反対の反応を返した。


「しかし、困ったことになったな。ガレア国内のことであれば私の手も届くが、サマルカ星導国が相手となると手の出しようがない」


「たしか、星導教には破門なる切り札があるのじゃろ? この内戦に勝利しても、その札を切られるといささか面倒なことになる。少しばかり無理をしてでも、星導教内の政治に工作を仕掛けたほうが良いと思うが」


 熱心に話し合うアデライドとダライヤの中では、既にフィオレンツァ黒幕説は確定したものとして扱われているようだ。小さなテーブルを挟んですぐ前に座っているハズの彼女らが、どうにも遠くにいるように感じられた。

 僕は無言で周囲に視線を彷徨わせる。高級宿のスイートルームなどといっても、ここはまだ電灯さえも発明されていない世界だ。室内は薄暗く、明かりと言えば頼りない光を放つロウソクと暖房用に焚かれた暖炉のみ。

 僕の精神はその暗闇に引っ張られ、心の中まで真っ黒に染め上げられそうなになっていた。酒でも飲みたい気分だが、香草茶で我慢する。幼い頃からの親しい仲であったフィオレンツァ司教への友情と不信を、酒精などで誤魔化したくはなかったのだ。


「あのフィオレンツァが、そんな大それた陰謀を企んでいるなんて……正直、信じがたいですよ……」


 首を左右に振りつつ、ソニアが絞り出すような声で言った。どうやら、彼女も僕と同じような気分になっているようだ。

 子供の時分から、ソニアとフィオレンツァの関係はかなり悪かった。ウマが合わないというよりは、ソニアのほうが一方的にフィオレンツァを敵視していた感じだな。

 しかしそれでも、彼女は「やはりフィオレンツァは悪党だった」と一方的に切り捨てることができない。僕はスッパリ切り捨ててしまったのにな。自分の冷血ぶりが嫌になってくるよ……。


「……フィオレンツァは、賢いフリをするのが得意なだけのぽんこつ女ですよ。あの鳥頭が、大国を意のままに操るようなはかりごとを巡らせるなんて不可能だと思うんです」


 などと思っていたら、いきなり直球の罵倒が飛び出して面食らう。照れ隠しか、あるいは信じたくないあまりに極論をぶつけてきたか。そう思ってソニアのほうを見るが、彼女の顔は真剣そのものだった。……こりゃ、本気でフィオレンツァのことを鳥頭だと思ってるな。


「フゥン……フィオレンツァ司教のオツムの出来について、私は詳しくないがね」


 腕組みをしつつ、アデライドが反論した。ロリババアとの会話に熱中しているようにも見えたが、この反応の早さからするにこちらにもキチンと意識を向けていたらしい。


「この陰謀の鍵は、フィオレンツァ司教とその母であるキルアージ枢機卿の親子関係にある。むしろ黒幕は枢機卿のほうで、司教はたんなり駒と考えるのが自然なのではないかね? 首謀者でないのなら、司教本人の器量はそこまで重要にはならないからねぇ」


 もっともな指摘ではあったが、僕とソニアは声を揃えて「それはない」と返した。僕も彼女も、フィオレンツァ司教の母親と直接顔を合わせたことがある。そのときの経験から言わせてもらえば、キルアージ枢機卿黒幕説はまったくの誤りであるように思えた。


「キルアージ枢機卿は、フィオレンツァに頭が上がらないんだ。アレは、親子というよりは債務者と債権者に近い関係だと思う。枢機卿が彼女を一方的に駒にするなんて、まずあり得ない事だと思う」


「それは、また……」


「いびつじゃのぉ」


 アデライドとロリババアが、そろって腕組みをして唸った。


「星導教の枢機卿に就くほどの人物が、娘の風下につくとは。なにやら、臭いのぉ……弱味でも握っておるのじゃろうか?」


「弱味の一つや二つを握られた程度で、それほどしおらしくなってしまうモノかねぇ。むしろ、隙を見て逆襲するくらいの気概がなくては、星導教内部で成り上がっていくなんて不可能だよ」


「ウムゥ、同感じゃ。フィオレンツァ司教は、なにかワシらの知らぬ武器を持っているやもしれん。これは要警戒じゃな」


 二人の顔に浮かぶ表情は、深刻さを増していた。うう、胃が痛い。なんで幼馴染みをこんな風に疑わなきゃならんのだろうな。これでえん罪だったらどうするんだよ。死んでも詫びきれないぞ。


「……」


 ソニアもソニアで、無言のまま首を左右に振っている。彼女になんと声をかければ良いのか分からず、僕は口を開いたり閉じたりした。


「…………まあ、ここであれこれ言い合っていても、真実にはたどり着けないでしょう。それを明らかにするには、本人をとっ捕まえるしかありません」


「いかにもその通り」


 皮肉げな笑みと共に眉を跳ね上げ、ダライヤが頷いた。


「まずはフランセットを倒してガレア国内における主導権を確保し、それと同時にすぐさまフィオレンツァを拘束して尋問にかける。これがもっとも穏当かつ確実な方策になるじゃろうな」


「そうなると、フィオレンツァの居場所は常に把握しておくくらいの備えは必要になってくるだろうね。ううーむ、密偵の数が足りるだろうか? フィオレンツァ黒幕説が真実ならば、その身辺の防諜体制も尋常ではないだろうし」


 結局、こういう話に収束していく。これだから嫌なんだ。僕は香草茶飲み干し、大きく息を吐いた。

 やはり、政治という名の沼は僕の趣味には合わない。けれども、先に進むと決めた以上目をそらす訳にはいかなかった。足りない頭を絞り、議論に参加する。


「星導国も無視できない。フランセット殿下を倒しても、キルアージ”新”教皇の出方次第では状況はより厄介な方に進んでいくだろうからね。なんとかあちらさんの足を引っ張る方法はないものか」


「軍としても、星導国との直接対決は避けたいところです。弾薬や糧秣、将兵の士気、参戦諸侯の意欲……それらの観点から考えると、我々は次の戦争には耐えられません。戦闘では負けずとも、それ以前の段階で瓦解します」


「力尽くの解決法は望めないということか、厄介だな」


 ソニアの補足に、アデライドは難しい表情で口をへの字に曲げた。これまでアルベール軍の実質的な総大将として働いてきた彼女は、他の誰よりも軍の内情に詳しい。

 そのソニアが「次の戦争には耐えられない」といっているのだから、さすがにこれ以上の無理は効くまい。たとえば、教皇府を占拠して破門を撤回させるような手は使えないと言うことだ。


「ハードパワーによる解決が困難ということは、ソフトパワーに頼るほかないわけだけど……ううーん、星導国に政治工作を仕掛けるなんて、なかなか難しそうだな。僕にとっては、フィオレンツァこそが一番の聖界へのツテだったわけだし」


 そこまで言って、僕はハッと顔を上げた。別に、高位聖職者の知り合いはフィオレンツァばかりではない。この際だから、そちらの力を借りよう。


「……ポワンスレ大司教。彼女ならば、聖界へのツテもあるだろう。あの方に正式な同盟を打診してみるのはどうだろう?」


「なるほど、あの生臭坊主か。たしかに彼女はキルアージ枢機卿とは別派閥だし、フランセット殿下との関係も冷え込んでいる。さぞ肩身の狭い思いをしているだろうから、水をむければすぐに乗ってきそうだねぇ」


 いいことを聞いた、とばかりにニヤリと笑うアデライド。なかなかのあくどい表情だ。


「うむ、ワシも賛成じゃ。この際、俗物という点も加点要素じゃな。損得勘定で動く者のほうが、交渉もやりやすいからのぉ」


 ダライヤも賛意を示したことで、対星導教の工作案は急速にまとまりはじめる。それに伴って会議も熱を帯び、日付が変わるまで話し合いは続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ