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第653話 くっころ男騎士の密談(1)

 歓迎会だか軍議だかわからないこの会合はそれから一時間ほど続き、お流れとなった。その後はソニアらと昼食をとり、しばしの休憩を挟んでから各所への挨拶回りをはじめる。

 この挨拶周りというのがなかなかの難物だった。公私問わずいろいろな相手と会わねばならないからだ。

 公的なものでいえばリースベン軍の将兵たちへの顔見せもあるし(僕とて一応は総大将なのだから、部下に無事な姿を見せるのは義務のようなものだ)、私的なものでいえばツェツィーリアやフェザリアなどへの挨拶もせねばならない。


「これに懲りたらノコノコ敵地へ出かけるのはやめることね」


 ツェツィーリアは僕の顔を見るなりそんなイヤミをぶつけ、その直後に強烈なキスをぶちかましてくる。まるでマーキングでもされているような気分になってくる、濃厚な口付けだった。


「おう、戻ってきたか」


 一方フェザリアの出迎えの言葉はしごくアッサリしたものであった。

 しかしそれはあくまでも表面上の態度であって、「ひどい扱いは受けなかったか」とか「体は大丈夫だったか」などといった質問を木訥とした口調で連打してきたので、彼女なりに僕を心配してくれていたのだと思う。


「おはんを辱めたあんフランセットとやらは、(オイ)が生きたまま八つ裂きんのち晒し首にしてやっで心配すっな」


 挙げ句にそんな事まで言い出したものだから、僕はすっかり困ってしまった。もちろんそんな事はしなくていいと念押ししたが、彼女は有言実行の女だからな……どうにも不安だ。

 もちろん、彼女ら以外にも僕が会っておくべき相手はいくらでもいた。ウルやゼラといった婚約者たちもそうだし、ジェルマン伯爵のような宰相派貴族にもお礼を言っておく必要がある。長旅の疲れを癒やす暇も無く、僕は夜まで仕事に明け暮れた。


「はぁ、くたびれた」


 夕食のあと、僕はサン=ルーアン市で一番の高級宿にあるスイート・ルームでひっくり返っていった。まだまだやるべき仕事はいくらでもあったが、今日のところは店じまいだ。

 ……と、言いたいところなのだが、そういう訳にもいかない。僕には、今日中に片付けておかねばならない仕事が一つだけ残されているのだ。


「お疲れ」


 そういって僕の頭をなでるのは、優しげな笑みを浮かべたアデライドだ。世の人々は彼女のことを強突く張りと呼ぶが、今の彼女の表情は慈母そのもの。思わず、すべてを投げ出してしまいたくなるほどの包容力がある。


「ありがと」


 礼を言いつつ身を起こす。このまま彼女の優しさに身を預けていたら、そのまま寝付いてしまいそうだ。

 それも悪くないと言えば悪くないんだが……これから僕がやろうとしていることは、後回しにすればするほど気が重くなる類いのことだからな。さっさと終わらせてしまうに越したことはない。


「おや、やっと来たな」


 そんなことを考えていると、タイミング良く部屋の扉がノックされた。すぐさま迎えに出ると、そこにいたのはソニアとダライヤという凸凹コンビだ。


「遅れてしまい申し訳ありません」


「カワウソ侯爵様との打ち合わせが長引いてのぉ」


「ハハハ……相変わらずだな。味方になっても、やっぱりツェツィーリアは手強いか」


  雑談を交しつつ、彼女らを部屋の中に案内する。二人を……正確に言えばアデライドも含めた三人を呼び出したのは僕自身だった。彼女らだけに伝えておかねばならない情報があるのだ。


「さて、役者はそろったわけだが……話というのは、いったい何だね」


 小さなテーブルを挟み、円陣を組むように腰を下ろした一同。それらを順繰りに一瞥してから、アデライドは僕の方に視線をむけた。


「わざわざ人払いをかけたあたり、あまり愉快な話ではないのだろうが」


「うん……実は……」


 さすが、アデライドは察しがいい。僕がちらりとロリババアをうかがうと、彼女はいかにも退屈そうな表情で頷いた。変な前置きなんかせず、大上段からズバッと話せ。そう言いたげな顔だ。


「王太子殿下は、黒幕に踊らされている」


「……ほう」


 しばしの沈黙のあと、最初に反応したのはアデライドだった。ソニアは驚きの表情で目を見開き、ロリババアは唇をとがらせて湯気の上がるカップをふぅふぅしている。


「王城で見聞きした情報を総合すると、そう判断するしかない。フランセットは人為的に道を誤らされたんだ」


「なるほどねぇ。……フランセットは、少なくとも一年とすこし前までは聡明な女だった。それがいきなりああも変節したのだから、違和感はあるねぇ」


「……実際、王族が何者かの傀儡に堕し国政を誤る例は、歴史上枚挙にいとまがありません。フランセットの身にも、そのようなことが起きていると言うことでしょうか」


「おそらくは」


 決定的な証拠を掴んでいる訳ではないから、はっきりとした断定はできない。しかし、状況証拠だけを見れば真っ黒なのだ。喉奥からこみ上げてくる苦いものを押し込みつつ、僕は言葉を続けた。


「で、だ……。いろいろ調べたところ、容疑者が一人浮かび上がった。完全に尻尾を掴んだわけではないが、おそらく確定とみて間違いないと思う」


「きみがそんな歯に物が挟まったような言い方をするのは珍しいな。……もしや、知り合いかね」


 そこまで見抜いてしまうとは、さすがはアデライドと言うしかないな。いや、僕が分かりやすすぎるだけかもしれないが。ため息をひとつ吐き、僕は香草茶をすすった。


「ああ、知り合いだよ。…………フィオレンツァ司教だ。どっからどう考えても、彼女が怪しい。真っ黒だ」


「……」


「……」


 二人は無言で顔を見合わせた。居心地がとても悪くなって、僕は手元のカップに視線を降ろす。確証があるわけでもないのに、幼馴染みに対してこのような疑いを向けるとは。砂を噛むような心地になり、香草茶を口に運ぶ。しかしそれでも、嫌な感触は洗い流せなかった。


「なるほど、な。そういえば、星導国のほうからも何やらきな臭い空気が流れてきている。我らがガレア王国の変事は、これに連動した流れというわけだな?」


 星導国で政変あり、というのはポワンスレ大司教も言っていたことだな。確か、フィオレンツァ司教の母君が教皇に就任すべく政治的攻勢を仕掛けてるとかなんとか。


「おそらくは……。まあ、ポワンスレ大司教の受け売りだけどね」


「ポワンスレですか」


 害虫を見たような顔で、ソニアが吐き捨てた。


「わたしは元々フィオレンツァのことが嫌いですが、あちらもあちらで大概ですよ」


「まあ、王都の人間に『フィオレンツァ司教とポワンスレ大司教、信じるならどっち?』という質問をぶつければ、まちがいなく大半の者は前者を選ぶだろうねぇ」


 そう言って思いっきり苦笑するアデライド。ポワンスレ大司教は今回の事件においてたびたび僕を手助けしてくれている王国聖界の重鎮だが、はっきり言ってその評判はたいへんに悪かった。

 いわく、喜捨を横領して私腹を肥やしている。曰く、多数の愛人を抱えて淫蕩にふけっている……などなど。

 複数人の実子がいるという話だから、すくなくとも『聖職者は姦淫するべからず』という戒律を破っているのは事実なのだろう。もっとも、そんな戒律を真面目に守っている坊主なんて実際はほとんどいないけどね。


「とはいえ、腹の中に探られたくないモノを抱えておる人間は、えてして身辺を綺麗にしておくものじゃ。フィオレンツァとやらの聖人めいた風評は、この場合減点要素として働くように見えるのぉ」


「それも確かだね」


 ロリババアの指摘に、アデライドは一瞬の迷いもなく肯定を返した。どうやら、政治畑の二人は似たような見解を抱いているようだ。


「神聖帝国を下した今、ガレア王国は間違いなく西方で最も覇権に近い勢力だ。そこに星導国の権威が合体すれば、もう手がつけられなくなる……」


「一組の母娘が、その二勢力を繋いで操るわけじゃな。ふむ、口にしてみればなんとも陳腐な陰謀じゃのぉ」


「……」


「……」


 二人の会話を尻目に、僕はソニアと顔を見合わせた。彼女は苦虫をダース単位で噛みつぶしたような表情で口をもにょもにょさせている。今の話の流れがよほど納得しがたいのだろう。


「まさか、あのフィオレンツァが……」


 ボソリと呟くソニアに、僕の胸がキリリとした痛みを訴えた。


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