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第647話 ナンパ王太子の誤算

「アルベールを奪われたァ!?」


 余、フランセット・ドゥ・ヴァロワは激怒した。

 現在、余は軍を率いてオレアン領・ロアール川北岸に陣を張っていた。対面の南岸には、今は反乱軍の姿はない。断絶した補給線を再構築するため、後方に一時撤退しているのだ。

 本来であれば、即座に追撃すべき状況である。もちろん、余も一度はそれを実行した。自ら兵を率いて南岸に渡り反乱軍の背中に斬りかかりはしたのだ。

 しかし、それは上手くいかなかった。反乱軍の撤退は壊走とは程遠い整然としたものであり、反撃もまた極めて的確かつ強力なものだったからだ。

「中途半端な攻撃を仕掛ければ、かえってこちらがやられる」

 そう判断した私は、追撃の中止を命じた。緒戦で大きな損害を受けたガムラン軍は、現在再編成の最中にある。本格的な攻撃は、彼女の軍が動けるようになってからでも良かろう。そういう考えだった。

 そうでなくとも、時間はこちらの味方である。ロアール川の戦いと名付けられたら先の合戦の勝利をこちさらに喧伝した結果、日和見を決め込んでいた貴族の多くが余への帰順を表明しはじめているのだ。

 おかげで、我が軍の戦力は日を追うごとに増大の一途を辿っている。慌てて反乱軍を殲滅せずとも、十分な準備を整えれば次の合戦では圧勝することができるだろう。

 ところが、順風満帆に見えた状況に暗雲がたちこめた。王道から早馬でやってきたマリッタが、耳を疑う報告をもたらしたのだ。


「はい」


 悪びれずに頷くマリッタに、余は拳を握りしめた。何のために、お前を王都に残したと思っている。そう怒鳴りそうになって、なんとか堪えた。

 今、我々がいる場所はとある農村の村長宅だった。王軍は現在、この村を宿営地と定めて腰を落ち着けている。村長宅は仮設の指揮本部として召し上げ中だ。王族たる余が滞在する場所としてはかなり粗末な建物だが、戦時ゆえ文句はつけられない。


「国王陛下の勅命です。臣たるワタシには、選択肢などありはしませんでしたので」


 そう前置きしてから、対面の席に腰を下ろしたマリッタは事の次第を説明した。失態の原因は、どうやらマリッタではなくお婆さま……陛下にあるようだ。確かにこの状況で王都に乱を起こすわけには行かない、という陛下の判断は理解できるのだが……。

 ……理解はできても、納得がいかない。卑劣な手段までもちいて”保護”したアルベールを、みすみすあの破廉恥なアデライドの元に返してしまったのだ。これまでの努力が水泡に返ったような気分になって、余は黙然と自らの膝をにらみ付ける。


「…………言いたいことは山ほどあるが、それを口にしたところで状況は何も変わらない。とにかく、今は次に打つべき手を考えよう」


 勝手なことをする陛下にも、自らには微塵の責任もないように振る舞うマリッタにも、そして寝たきりだと油断して祖母を放置していた自分自身にも、猛烈に腹が立っていた。しかし、今はその失点を取り返すのが第一だ。責任追及は状況が落ち着いてからすべきだろう。

 とはいえ、後方の憂いについては気を払っておく必要がありそうだな。おそらく、陛下に入れ知恵をしたのは近衛騎士団にちがいあるまい。近ごろの彼女らは、露骨に王太子()を警戒している様子だったからな。

 まったく、フィオレンツァはなぜ近衛団長を殺してしまったのだ? いや、フィオレンツァ本人は団長が死んだのは自分とは無関係の事故だと強弁しているが、そんな都合良く事故が起きるはずもない。くだんの事件はフィオレンツァの独断による暗殺でまちがいないだろう。

 この暴走で、余は優秀な手駒をひとつ敵に変えてしまった。これによる不信感のせいか、近ごろのフィオレンツァの行動はどうにも怪しく思える。余は、ろくでもない悪党にいいように転がされているのではないか。そういう不安すら覚える始末だった。


「次に打つ手、ですか……」


 視線を宙に彷徨わせ、しばし思案するマリッタ。この女は時折腹立たしくなるほどに反抗的だが、頭脳のほうはそれなりに頼りになる。余は余計な口を挟まず、彼女の次の言葉を待った。


「王都周辺はアルベールにとって庭のようなもの、いまさら再捕縛は無理でしょう。反乱軍との合流は規定事項として……あの男が、虜囚生活の疲れをゆったり癒やすような真似をするとは思いません。おそらく、合流し次第に我々への攻撃を開始するでしょう」


「どうやら、ソラン山地の閉塞も予想よりずいぶんと早く解消しつつあるようですからな。そういう意味でも、攻勢の再開の可能性は高いでしょう」


 マリッタの言葉を補足したのは、それまでつまらない茶番を見るような目つきで我々の会話を聞いていたガムラン将軍だった。余は小さくうなり、視線を明後日の方に向ける。

 懐から逃げた鳥が、自分の方へと矛先を向けようとしている。考えたくもない想像だった。アルベールはそんなことしない、そう言い返してやりたかった。

 けれども、彼の意思の硬さは尋常では無い。余は今更ながら、酒場のアルベールと戦場のアルベールがまるで別人であることに気付きつつあった。きっと、今のあの男は本気で余と敵対するだろう。そう思うと、涙が出そうなほどつらかった。


「とはいえ、だからといって我らは拙速に動くべきではないでしょう。なにしろ、王軍にとって時間は味方ですから。最小限の戦力で敵を遅滞しつつ、本隊は戦力の充実に努めた方が良いかと」


「同感ですな。日和見していた諸侯どもも、やっとのことで重い腰を上げました。本格的な決戦に移るのは、彼女らの兵力を集結し終えてからでも遅くはありません」


「旧式兵科ばかりの軍でも、役に立たぬというわけではありませんからね。遅参したからにはそれなりの働きを見せてもらわねば」


 沈黙する余を尻目に、マリッタとガムランは粛々と会議を進めていった。いろいろ文句をつけたくなる部分も多いが、やはり彼女らは実務者としては一流だ。奴らを見習わねばと、余は自らの頬を強く叩いた。


「余としても貴卿らの意見には賛成である。このロアール川を防衛線として用い、しばし水際防御に徹することにしよう」


「たいへんよろしい作戦かと思われます、殿下。……ただ、我が軍による焦土作戦もあって、近ごろは民心も乱れつつあります。亀のように防御陣地に籠もっていては、民にさらなる不安を与えかねません。ガス抜き程度に、南岸での作戦行動も行うべきでしょう」


「むろん、理解しているとも」


 民心、民心か。ガムランの言葉に、余は渋い顔をするほかなかった。そのキッカケとなった焦土作戦は、このガムランの独断で行われたものだからだ。本来ならそれなりの責めを負わせるべきなのだろうが、彼女は反乱軍撃退の功臣だ。その作戦指導については、事後承認するほかないという事情もあった。


「聞いた話では、近ごろエルフの盗賊団がこのあたりの村々を荒らし回っているらしいじゃないか。間違いなく反乱軍の刈田(敵の食料生産地を攻撃し、兵站に打撃を与える作戦)部隊だろう。ひとまずは、この狼藉者どもを標的に定めよう」


 反乱軍の来襲に伴って、我が王国の領土内でエルフの集団が目撃されるようになった。この連中は血も涙もない蛮族どもで、集落を襲っては食料や男どもを略奪しているという。その上田畑や村そのものにも火を放っていくというから、下手なオークなどよりもよほど野蛮で凶悪な連中である。


「エルフですか。どうやら奴らは、『我々はただの通りすがりの野良エルフであり、リースベン軍とは実際無関係』などと申しておるようですが」


 ぼんやりとした顔でそんなことを言うガムランに、余は思わず額を抑えた。彼女が有能な将軍である事は疑いないのだが、なぜか時折こうして惚けたような発言をすることがある。そんなことだから梅毒将軍などと呼ばれるんだぞ。


「そんなあくどい任務をやる連中が正直に所属を口にするはずがないだろう! エルフである時点で間違いなく奴らはリースベン軍だ!」


「はあ、左様でございますか。承知いたしました、エルフ討伐の準備を進めておきましょう」


 まったく、この女は……心の中でぼやきつつ、余が腕を組んだ瞬間だった。ひどく乱暴な音を立て、応接室のドアが開かれる。はいってきたのは、顔を真っ青にした伝令将校だった。


「大変です、殿下!」


「なんだい、騒々しい……今は重要な軍議の最中だよ?」


 余の口からは、ひどくとげとげしい声が出ていた。いい加減、機嫌が最悪だったせいだ。おのれの狭量が恥ずかしくなり、コホンと咳払いをする。


「それで、どうしたんだい」


「はい、それが……」


 伝令将校は、青い顔で呼吸を整えた。なにやら尋常では無い表情だ。これはよほどの報告だなと、密かに覚悟を決める。また、反乱軍がなにかとんでもないことをしでかしたのだろうか?


「王国北部にて、スオラハティ軍による帝国領侵攻が行われたようです。神聖皇帝アレクシア陛下は、これを停戦協定破りだと非難。和平条約を破棄し、戦争の再開を宣言したとのことです……!」


「は?」


 スオラハティ軍による、帝国領侵攻? あまりに予想外の方向から精神を殴られ、余の頭の中は真っ白になった。思わずマリッタのほうを見ると、彼女は凄まじい表情で頭をブンブンと左右に振る。


「ち、違……ワタシはそんなことを命じた覚えは……」


 そこまで言って、マリッタの動きが止まった。そして、その顔色がみるみる青くなる。


「まさか……まさか、ヴァルマか!?」



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[一言] エルフ共本業に戻っただけでは? ボブは訝しんだ
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