第639話 くっころ男騎士と合流
人質の男中を連れ、僕は城の正門へと急ぐ。もちろん衛兵隊はそれを阻止せんと我々の前に立ち塞がったが、そこで大活躍したのがあのロリババアである。
「優雅な賓客生活が一転して血なまぐさい世界に逆戻り! おお、もう……本当に! 本当に!」
文句をわめき散らしつつも、ダライヤは剣を片手に果敢に敵戦列へと挑みかかっていく。体格にも練度にも優れた者ばかりを選りすぐっているはずの王城衛兵隊は、童女にしか見えないこのロリババアに対して手も足も出なかった。彼女が剣を振るたびに次々と衛兵が倒れていき、そうして開いた敵戦列の穴に僕が吶喊を仕掛けて突破を図る。
さらに、状況も僕たちの味方をしていた。先ほど起きたあの爆発、あれとまったく同じものが、その後も二度続いたのだった。
「ここは天下のガレア王城だぞ! さっきからどっかんどっかん、いったい何が起きてるんだ!」
「まさか、アルベール軍が王都まで攻め寄せて、城に砲撃を仕掛けているんじゃ……」
衛兵隊の動揺は著しく、そこを突けば突破は決して難しいものではなかった。浮き足だった兵隊など、少々数が多くとも大して恐ろしくはないのである。
「この角を曲がれば、正門前のエントランス・ホールだ!」
男中をお姫様抱っこ(この世界では王子様抱っこと呼ばれている)の姿勢で抱え、僕は全力で疾走している。彼という人質が居てくれたおかげで、この突破戦はずいぶんと楽になった。正体不明の爆発で動揺している衛兵たちに向け「こいつがどうなってもいいのか!」と言ってやると、彼らは面白いほどに腰が引けてしまったのである。
彼もどうやらこの状況を面白がっているようで、迫真の演技で「助けてください!」などと騒いでくれたのだ。これの効果はてきめんで、ダライヤが突破口をこじ開ける必要も無く素通ししてくれたことも一度や二度ではなかった。
僕からすれば、王城務めの衛兵たちはもと同僚のようなものだ。そんな彼女らの血は出来れば見たくはないから、剣を交すことなく押し通ることができる男中の援護はたいへんにありがたかった。
「……やはり救援が来ていたかっ!」
大ホールへと突入した僕は、そこで繰り広げられていた光景を見て歓喜の声を上げた。王城の玄関とも言えるこの部屋は、他国からの来賓を迎えるべく過剰なくらいに豪華に飾り立てられている。そんないかにも貴族趣味なエントランスはしかし、いまや完全な戦場へと変貌を遂げていた。
色とりどりのタイルが敷き詰められた床は血の海が広がり、体のどこかを撃ち抜かれた衛兵が倒れ、もだえ苦しんでいる。あちこちからひっきりなしに銃声が聞こえ、鼻孔を懐かしき硝煙の香りがくすぐった。
衛兵隊が交戦しているのは、全身甲冑を着込んだ騎士の一団だった。騎士とは言っても、彼女らが振るっている武器は剣や槍ではなく小銃である。騎士たちは小銃を撃つたびにその機関部に備えられているレバーを引き、銃身の後ろ側から新たな弾丸を再装填していた。ボルトアクション式小銃特有の動作だ。
「ん? ああっ! アル様! なんでこんなところに!」
衛兵隊に猛射撃を加えていた騎士の一人が、こちらを見て叫んだ。そして、兜のフェイスガードを開けてこちらにブンブンと手を振ってくる。あらわになった顔は、もちろん見覚えのあるものだった。僕の近侍隊の隊長、ジョゼットだ。
「アアッ!? あれ、ブロンダン伯爵ですよ! いつの間に脱走を……」
「そんなことはどうだっていい! 奴らは伯爵を奪還するつもりなんだ、絶対に合流を許すな!」
衛兵隊があわててこちらに槍を向けたが、もちろんそれを指をくわえて見ているジョゼットではない。彼女が「アル様を援護しろ! 集中射撃!」と命じると、騎士らは一斉のボルトアクション小銃を撃ちまくった。
「グワーッ!!」
「くそ、後退! 後退!」
鎖帷子に剣と槍という装備の衛兵隊が、後装式小銃を装備したライフル兵にかなう道理はない。彼女らは全身もままならず、遮蔽物の陰に隠れることしかできなかった。その隙に、僕とダライヤは全力疾走でジョゼットらと合流する。
「ああ、アル様! よかった、よくご無事で……」
出迎えたジョゼットは、目尻に涙を浮かべながら僕に抱きついてくる。間に挟まれた男中が、「きゅう」と小さく声を上げた。
「アッ、失礼! ……この方は一体?」
「ただの戦利品です、お気になさらず」
男中はクールに表情を取り繕いつつそう答えた。救援部隊との合流に成功した今、彼をこれ以上戦闘に巻き込む理由は無い。謝礼はまた後ほどコッソリ渡すとして(表だってやると彼の実家に迷惑をかける)、今日のところは安全地帯まで連れて行って解放してやるべきなのだが……
何故か彼は僕の服をガッツリと掴んでおり、離そうとはしなかった。これでは下ろせないのだが、さてどうしたものか。そんな彼を、ジョゼットがなんとも言えない目つきで見ている。
「さ、左様ですか……まあ、それはいいとして、アル様はどうしてここに? 救出部隊はまだ投入してないんですけど、まさか自力で脱出してきたのですか?」
「自力で脱出してきました」
「ああ、もう、この人は……」
顔を手で覆いつつ、ジョゼットはいささかオーバーな動作で首を左右に振った。そんな彼女の横腹を、ジト目のロリババアが小突く。
「オヌシらが助けに来るのがあんまり遅いもんじゃから、こやつは我慢がならなくなって勝手に鳥かごから飛び出しおったのじゃよ」
「そりゃ申し訳ないですけどねえ! こっちにはこっちの事情が……」
反論するジョゼットだったが、すぐに首をブンブンと左右に振って発言を止めた。大ホールに、魔装甲冑で全身を固めた騎士の一団がどかどかと入ってきたのが見えたからだ。
「反乱軍ども! ここをどこだとお思いですの!? 貴様らのような下賎のものが土足で踏み込んで良い場所ではありませんわよ~!」
その先頭に立つのは、見覚えのあるお嬢様言葉の騎士。そう、近衛騎士団の臨時断腸バルリエ氏だ。増援としてやってきたのは、近衛騎士団だったのである。
バルリエ氏は僕の方をちらりと一瞥したが、小さくため息をついて口をつぐんだ。彼女と僕は、ほんの数時間前までは緊密に連絡を取り合うような仲だったのだ。いきなりの脱走騒ぎに、思うこともそれなりにあるのだろう。
正直かなり申し訳ない気分になったが、こればかりは仕方が無い。僕の本来の仕事はリースベンの領主なのだ。これまでの判断ミスからくる失点は、実務で取り戻さなくてはならない。結局のところ、脱出以外の選択肢は無かった。
「厄介なのが出てきましたね」
苦々しい表情でジョゼットが吐き捨てる。近衛騎士は、衛兵などとは比べものにならないほど装備も練度も優れている。とくに、銃弾も弾く魔装甲冑はライフル兵にとって悪夢以外の何物でもなかった。まともに相手をすれば、いかに近侍隊とはいえ苦戦は避けられないだろう。
「どうやら、むこうはあまりやる気が無いようじゃな。まあ、ほんの先刻までともに茶を飲んでいたような相手に剣を向けるのは気分が悪かろうて」
戦列を組み始めた近衛隊に意味深な目を向けながら、ダライヤがつぶやいた。実際、精鋭で知られる近衛にしては彼女らの動きは鈍いように見える。隊長のバルリエ氏も声音こそ威勢の良いものだが、命令には具体性が欠けていた。
「命令を受けて仕方なく動いている、そういう動きじゃ。お互いにとって望まぬ戦いをせぬためにも、ここはさっさと撤退したほうが良いじゃろうて」
「そんなことは言われるまでも無い。アル様も回収できたことですし、こんな場所にながなが留まり続ける気はありませんよ」
あきれの混ざった声音で言い返すジョゼット。彼女は露骨に何か言いたげな目つきで僕を一瞥してから、部下らに命令を下した。
「救援部隊と合流しよう。赤色信号弾を放て! ネェルたちに作戦中止を伝えるんだ!」
ジョゼットがそう命令すると、近侍の一人が腰から細長い紙筒を引っこ抜いた。その外見は、手持ち式の小型打ち上げ花火によく似ている。実際、その機能は打ち上げ花火そのままのものだ。
近侍は半壊して大穴と化した門から飛び出し、空に向けて信号弾を発射した。小気味の良い破裂音とともに、夜空に小さな赤い火球が現れる。
「ネェルまで来てるのか」
僕がジョゼットに聞くと、彼女はこくりと頷いた。
「ええ。私たちは陽動部隊でしてね。こちらが敵の目を引きつけている間に、ネェルたちが貴方を救出する予定だったんですよ。まあ、その予定もすっかり狂ってしまったわけですが」
「いや、すまんすまん」
苦笑しながらジョゼットに頭を下げる。まあ、とにもかくにも合流には成功したんだ。あとは王都から脱出するだけだが……この様子を見ると、救出部隊の兵力はかなり少ないようだな。特殊部隊による浸透奇襲作戦と言ったところだろうか?
ネェルがいるなら戦力的には十分かもしれないが、王都には少なくない数の部隊が守りについている。城から出た後も、追撃部隊との熾烈な戦いが続くことは間違いないだろうな……。




