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第637話 くっころ男騎士とロリババアエルフの奮戦

 第一関門である寝室からの脱出には成功した僕たちだったが、その目の前にはまだまだたくさんのハードルが立ち塞がっていた。王城には厳重な警備が敷かれており、無数の衛兵たちの目を逃れて城外へと逃れるのは容易なことではない。


「実際のところ、ここからが本番じゃぞ。何か考えはあるのかのぉ?」


 僕とともに木箱の陰に身を隠したダライヤが、ひそひそ声で問うてくる。現在、僕たちはなんとか中庭から出て、再び城の中へと戻ってきていた。当然だが、中庭から直接外へ脱出するのは不可能なのである。

 時刻はすでに深夜であり、王城は昼間の喧噪が嘘であったかのように静まりかえっている。燭台の火も落とされており、頼りになるのは窓の外から差し込む月と星の光だけだった。夜目にはそれなりに自信がある僕でも、目をこらさないと何も見えないような環境だ。

 つまり姿を隠して行動するにはもってこいの状況というワケだが、油断はできない。僕たちの視線の先には、ランタンを片手に廊下を歩く二人の衛兵の姿があった。なにしろここは国王陛下の居城だ。夜であっても、警備の手が緩むことは無いのだ。


「まずは協力者と合流する」


「ほう、流石に独力で逃げだそうとは考えておらなんだか。しかし、近衛の監視を受けながらよくもまあそのような者と渡りをつけられたものじゃな」


「ここは僕の旧職場だぞ? 信用できる知り合いの一人や二人はいるさ」


 さらに言えば、城内部の構造も熟知している。僕が勝機を見いだしている点はここにあった。土地勘も協力者もないような環境での脱出行は流石に困難だろうが、両者ともにそろっているのであればいくらでもやりようはある。

 ……しかし、この城から転任してもう一年半か。もうそんなに立つのかという思いと、まだそれだけしか立っていないのかという矛盾した感覚があるな。リースベンに引っ越してからは毎日が激動だったから、そういう妙な気分になるのかもしれない。


「こっちだ、行くぞ」


 歩哨の持つランタンの光が廊下の曲がり角に消えていったことを確認して、僕は木箱の陰から飛び出した。足音を立てないよう気をつけつつ、早足で進んでいく。

 十分ほどの隠密行動のあと、僕たちは目的地へとたどり着いた。掃除用品などを収納している小さな倉庫の前だ。簡素な木扉を独特なリズムでノックすると、その中から使用人服姿の若い男中(メイド)が出てくる。


「お待ちしておりました、ブロンダン卿。ご無事で何よりです」


 ほっとした面持ちでそう語る彼に、僕は「ああ、おかげさまでな」と返して握手を交わす。彼は王都近郊にある小領邦の領主のご令息で、今は行儀見習いも兼ねて王城で男中(メイド)として働いている。彼の母親とは軍役で共闘した経験があり、その縁で彼ともなにかと会話をする仲になっていた。


「本当に久しぶりだな。旧交を温めたいところだが、残念ながらそれは状況が許さない。早速で申し訳ないが、先導を頼む」


「お任せください」


 男中(メイド)はニッコリと笑い、恭しく一礼した。その瀟洒な所作は、いかにもこの世界貴族令息らしい可愛さに溢れていた。こういう愛嬌のある立ち振る舞いこそ、ガレアの竜人(ドラゴニュート)女性に好まれる美少年しぐさなのである。

 彼の先導を受け、僕たちは再び夜のお城の中を進み始めた。相変わらずあちこちで歩哨と遭遇するが、そこは協力者の面目躍如である。彼は僕たちの先頭に立って周囲を伺い、見張りの位置を逐一報告してくれる。そしてそれが回避不能だった場合は自分の方から歩哨に話しかけ、「あちらで怪しげな物音がしましたよ」などと言ってその場から彼女らをどかしてしまうのだった。なんとも見事な手管である。


「ふふふ……ご婦人を上手く転がすのは、奥方の基本的な技能ですから。花婿修行でいろいろと習うのですよ」


 そのことを褒めると、彼は奥ゆかしく笑いながらそう返した。僕が人殺しの手管を磨いている間に、世の青少年たちはなんとも家庭的なスキルを磨いてるもんだね。

 この援護のおかげで僕たちの進むスピードは劇的に早まったが、そのままストレートに脱出……というわけにはいかなかった。城のあちこちで角笛が鳴り響きはじめ、衛兵たちがぞくぞくと増員されはじめたのである。


「なにか、悪いことでも起きたのでしょうか」


 男中(メイド)が彼女らに話しかけると、衛兵は寝ぼけ眼をこすりながら「なんでも幽閉されていた捕虜が逃げ出したらしい」と答えた。どうやら、僕たちが軟禁部屋に居ないことがバレてしまったようだ。できれば発覚する前に城から出たかったのだが、流石にそこまで都合良くは進まないか……。


「脱走したのはあのブロンダン伯爵なんだってな」


「らしいな」


「逃げ出すなんて悪い伯爵様だ。ここはひとつお仕置きが必要なんじゃないか?」


「バカ、下手なことをやったら殿下にぶっ殺されるぞ」


 そんな物騒な話をしている衛兵どもをタペストリーの裏に隠れてやり過ごしつつ、僕はため息をかみ殺した。いつの間にか、城中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。これをやり過ごして外に出るのはなかなかに難儀だ。


「なんですか、さっきの兵隊どもは。山賊ではないのですから、もう少し王国兵としての自覚を持ってもらいたいものです」


「まあ、まあ。あんなのは軽口みたいなものだから、真に受けてはいけないよ」


 憤慨する男中(メイド)をたしなめつつ、僕は脳内に城外までの脱出経路を思い描いた。当然だが、身を隠して進まねばならない都合上正門や裏門などから堂々と出て行くわけにはいかない。経路として利用できるのは、地下にある秘密の隠し通路だけだ。

 こうした城には必ず万が一に備えた秘密通路が用意されているものだが、幸いにも僕はその一つの入り口を知っていた。王都内乱の際、反乱軍に占拠された王城から脱出するために利用したものだ。

 しかし、どうにもそこまでたどり着くのは容易ではないようだ。衛兵どもはぞくぞくと増員されつつある気配だし、騒ぎを聞きつけた使用人たちもウロチョロし始めている。とくに衛兵たちはずいぶんと殺気立っている様子だから、男中(メイド)によるごまかしが通用しなくなるのも時間の問題だろう。これは少し不味いかもしれない。


「……」


 悩む僕を、ダライヤがジト目で睨んでいる。ほら、言わんこっちゃない。そういう感じの表情だ。まあ、そんな顔をしたくなる気分はわかるよ。ロリババアは自力脱出案には最初から反対してたわけだし。でもさあ、いつまでたっても助けがこないんだから仕方が無いじゃ無いか。


「いけません。このままでは、衛兵に前後を挟まれてしまいますよ」


 やがて、最悪の事態が発生した。一本道の廊下の前後から、衛兵どもの話し声が近づいてきてきたのだ。あわてて曲がり角に逃げ込んだが、周囲には姿を隠せそうな部屋や調度品がみあたらない。このままでは万事休すだ。


「どうするんじゃ、コレ」


 ロリババアが顔中を汗まみれにして言った。彼女のここまで焦った表情は初めて見るかもしれない。そう思うと、危うく吹き出しそうになった。別に、余裕があるから笑っている訳ではない。僕は追い詰められているときほど笑いの沸点が低くなるのだった。


「仕方ない、プランBで行こう」


「プランB? なにか次善の策があるのか?」


「投降よりはマシという意味では、確かに次善の策だね。……つまりは強行突破ってワケだ」


 くすくすと笑いながらそう答える僕に、ダライヤは深い深いため息を吐いた。こちらはほぼ丸腰で、相手はフル武装の衛兵隊だ。強引に突破を狙ったところで、勝ち目はほとんどないだろう。

 とはいえ、幸いにも目的地である地下道の入り口はすぐそこだった。そこへ逃げ込みさえすれば、まだなんとかなるかもしれない。なにしろあそこは落城に備えた脱出経路だ。追っ手を防ぐための仕掛けの一つや二つはあるはずだった。


「……」


 をちらりと見て、僕は一瞬考え込んだ。彼が我々の協力者であることが露見するのは避けたい。そんなことになれば、彼の母親とその領地に大迷惑をかけることは必定だからだ。


「きみ、悪いが僕の人質になってくれないか。今ここで僕たちに遭遇して、捕らわれの身となった。そういう流れならば、きみの家に疑いの目が向けられることはないだろう」


「人質ですか。ええ、結構ですよ。……どうせ捕らわれるのなら、お相手は怜悧な容貌の悪の大魔導師さまなどがよかったのですけれど」


「おっ、ワシのことかの?」


「……」


「なんじゃその納得いかなそうな顔は」


「…………さ、そうと決まったらお早く。グズグズしている暇はございませんよ」


 実際、衛兵どもの気配はすぐ近くまで迫っている。彼も腹をくくっているようだから、躊躇する必要もあるまい。かくなる上は、せいぜい大きな悲鳴をあげてもらって敵方の動揺を誘うことにしよう。


「うわっ!?」


 そんな策を実行に移そうとした矢先のことである。何の前触れもなく、突然に巨大な爆発音と振動が。


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