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第635話 くっころ男騎士の決断

  予告の通り、フランセット殿下は軍を率いて王都から出陣した。もちろん、僕は王都に居残りである。後から考えてみれば、彼女に媚びるフリをして進軍に同行していれば逃亡のチャンスもあったかもしれない。

 まあ、後知恵でそんなことを考えたところで後の祭りだ。そもそも僕はこの手の寝技は大の不得意なのだから、実行したところで上手くいったかどうかはかなり怪しいところである。無益な後悔はさっさと切り上げ、僕は今やるべき仕事へと取りかかった。

 とはいっても、相変わらず出来ることと言えば情報収集くらいなのだが。馬鹿の一つ覚えみたいに、情報収集情報収集だ。まったく、無力すぎて嫌になるね。いい加減キレそうだ。


「ガムラン将軍がソニア殿を退けたというのは事実ですが、どうやら戦い自体は痛み分けに近い状態にあるようですわね」


 近衛騎士団の臨時団長に就任したバルリエ氏(あのお嬢様風の言葉遣いの近衛騎士だ)の言葉に、僕は胸をなで下ろす。近衛団長暗殺事件以降、近衛騎士団と僕の関係はますます接近しつつあった。情報収集ていどのお願いならば、二つ返事で了承してくれるのである。

 もっとも、近衛が上層部に不信感を覚えていることは、殿下の方も承知しているらしい。殿下が出陣したにもかかわらず、近衛が王都の留守番を申しつけられているのがその何よりの証だった。


「アルベール軍はロアール川南岸で防衛線を張り、ガムラン軍の逆渡河を阻止。後方補給線の再構築に努めつつ、反撃に転じる機会をうかがっているようですわ」


「お互いに衝力を失い、自然要害を挟んでのにらみ合いを始める……笑ってしまうくらいよくあるパターンじゃのぅ。冬も近いことじゃし、このままでは千日手一直線じゃな」


 ヘラヘラと笑いつつ肩をすくめるロリババア。ソニアの作戦が失敗したとの知らせを聞いても、このロリババアは飄々とした態度を崩さなかった。その泰然自若とした態度はまさに大樹のごとしで、さすがは海千山千の長命種だと感服するほか無い。


「そうならないよう、王太子殿下はあわてて出陣したんだろうが。しかし、どうなることかね? 新式軍は攻勢より防御を得意とした体勢だ。数万の増援を受けたところで、川を越えて宰相軍の防衛線を抜くのは容易では無いと思うが……」


「数万程度の増援であれば、確かにその通りでしょうけど」


 難しい表情で、バルリエ氏は自分の顎をなでた。


「王太子殿下は、先の戦いで圧倒的勝利を収めたと喧伝しておりますわ。むろん、実際はそれほど大きな戦果を上げたわけではございませんけれども……突破を阻止したという事実だけは確かですから、ある程度の真実味はあります。日和見諸侯どもの持つ天秤は、王軍側に傾きつつあるようですわね」


 バルリエ氏の声音にはなんとも複雑な感情が込められている。自らの立ち位置を測りかねているのだろう。団長を暗殺され、王太子にも冷遇される今の近衛騎士団の立場はかなり宙ぶらりんだ。


「あの伊達者め、存外に宣伝戦が得意じゃのぉ。ま、どこぞの誰かが入れ知恵をしている可能性もあるが……」


 ロリババアが隠微な視線をバルリエ氏に向けるが、彼女は無言で首を左右に振るばかりだ。


「あの星導教の鳩女は、かなりのやり手ですわね。掘っても掘っても怪しいところが出てきませんわ。……これだけの防諜体勢を取っておきながら、なぜ団長を暗殺する必要があったのでしょうね? 正直なところ、団長が真実に肉薄していたとはとても思えないですけれども」


「警告にしても、やり方が雑だ。なんだか、変な感じだな。乱暴な部分と丁寧な部分のクオリティの差が大きすぎる」


 僕たちとバルリエ氏はしばらくのあいだ検討を重ねたが、結局は結論を出せないままその日の会合を終えることになった。真実を浮かび上がらせるためには、まだピースが足りていない。そういう雰囲気だった。

 近衛騎士団ルートでの調査に限界を感じた僕は、別のルートを開拓することにした。そこで頼ったのが、ガレアで一番の生臭坊主と呼ばれる人物……ポワンスレ大司教である。……容疑者であるフィオレンツァは、星導教の聖職者だからな。聖職者のことは、聖職者の聞くのが一番と判断したわけだ。

 幸いにも、僕とポワンスレ大司教には縁がある。レーヌ市でフランセット殿下からだまし討ちを食らった際、密かに助け船をだしてくれたのがこのポワンスレ大司教なのである。その縁をたどり、僕は密かにこの生臭坊主に書状を送りつけた。


「うううーん……」


 返信が届いたのは、それからわずか数日後のことであった。予想外に大司教が素早く動いてくれたことは喜ばしかったが、書状の封を破った僕は即座に表情を曇らせる羽目になる。


「……うわあ、こりゃひどいのぉ。あからさま過ぎて、逆に笑えてきたぞ」


 僕の膝の上で同じものを読んでいたロリババアが、呆れかえった声でそう言った。正直、僕もまったくの同感だった。


「サマルカ星導国にて、キルアージ枢機卿が政変を起こしつつある模様、か……」


 ガレア王国で内戦が発生したのとほぼ同時期に、異変が起きた国があった。星導教の総本山、サマルカ星導国……そう、フィオレンツァの故郷である。

 サマルカ星導国では、教皇の醜聞が見つかり大騒ぎになっているらしい。そして教皇を糾弾する急先鋒に立っている人物は、フィオレンツァの母親であるキルアージ枢機卿だと言うのだ。

 ガレア王国とサマルカ星導国、二つの国で同時期に起きた異変の裏に、一組の母娘の陰がちらついている。……これで両者が無関係と判断するのは、正直なところかなり無理があるだろう。状況的には完全に真っ黒だ。


「ガレア王国は、先の戦いで神聖帝国を打ち破った。この内紛を制すれば、大陸西部における覇権を確立するのも時間の問題じゃろう。そして、星導教のほうでは教皇を引きずりおろしてそれに成り代わろうという動きがある。……なるほど、俗界と聖界を同時に掌握しようというわけじゃな」


 腕組みをしながら隠微な視線を送ってくるロリババアに、僕は黙り込むことしかできなかった。普通に考えれば、この状況の首謀者はフィオレンツァではなくその母親であるキルアージ枢機卿だ。無理矢理に陰謀に加担させられているだけならば、フィオの罪はかなりの減刑が見込めるだろう。

 ……しかし、僕はそのような希望的観測にすがることはできなかった。なぜなら、僕はキルアージ親子が普通の関係では無いことを知っている。あの親子の力関係は、娘の方が強いのだ。

 理由はわからないが、キルアージ枢機卿は娘の”お願い”を決して断らない。これが単なる子煩悩ならば微笑ましいだけなのだが、どうにもそういう雰囲気では無かったことを覚えている。ソニアなどは、「なにか弱味でも握られているんじゃないですか」と評したほどだ。

 当時の僕はその意見を一笑に付したが、今となってはもう笑えない。キルアージ親子が何かを企んでいるのなら、それを主導しているのは間違いなくフィオのほうだ。そういう革新があった。


「本人不在のまま、状況証拠ばかりが積み上がっていく。嫌なことだ……」


 無意識に引きつった口元をなでつつ、小さく呟く。当のフィオレンツァは、相変わらず所在が不明のままだった。まあ、所在がわかったところでどうすることもできないが。ここまで事態が大きくなったら、彼女を排除したところで万事解決とはならないだろうしな。


「……そろそろ潮時だ。なんとか、王都を脱出する手はずを整えよう。このままここに居続けても、もう得られるものは何もないだろう」


 砂をかみしめるような心地になりながら、僕はロリババアにそう宣言した。王太子の件と、フィオレンツァの件。いやな事件が重なったせいで、僕は最悪な気分になっていた。こんな状況で退屈な虜囚生活を続けていたら、間違いなく僕の脳は煮えてしまうだろう。今の僕に必要なのは、全力で打ち込める仕事だ。


「まあ、気分は分かるがのぉ。しかし、脱出するといっても手段が……のぅ? なにか名案でもあればよいのじゃが」


「……」


 ロリババアの指摘に、僕は黙り込むことしか出来なかった。確かにそれは正論だ。近衛の協力があればなんとでもなるだろうが、流石にそこまでこちらに協力してくれるとは思えないしな。

 ……だが、勝ち筋がない訳ではない。蜘蛛の糸のように細い希望だが、もうこれ以上時間を浪費するわけにはいかん。このような事態が発生したのは、僕にも責任の一端があるんだからな。こうなったからには最早是非もなし。一秒でも早くソニアと合流し、フランセット殿下とフィオレンツァを止めねばならない。

 


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