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第630話 カワウソ選帝侯対王党派将軍(5)

 突破陣形を取るガムラン軍騎兵隊に対し、私は槍騎兵による襲撃を命じるた。敵の主力はライフルを装備しているが、よほどの精鋭でない限りは馬上からでは精密な射撃はできまい。そう判断してのことである。

 その予想は見事的中した。敵隊列に突入した我が方の槍騎兵は巧みにガムラン軍前衛部隊を食い破り、そして相手方が本格的な反撃に移る前に撤退したのである。このヒット&アウェイ戦法こそ、私の考案した対新兵科戦術なのである。

 もちろん、戦場全体を見回せば今回の攻撃で与えた損害など微々たるものだ。しかし、新式兵科が無敵の存在ではないと確認できただけでも大手柄だ。この小さな成功を戦術的な勝利につなげるべく、私は作戦を次の段階へと進めることにした。


「ピストル騎兵隊を援護に回せ!」


 敵の隊列から、複数の軽騎兵の集団が飛び出し撤収中のこちらの部隊の背後へと迫っている。撤退中の重槍騎兵部隊は我がエムズハーフェン軍の主戦力であり、余計な損耗は許容できない。追撃は絶対に阻止する必要があった。

 そこで私が投入したのが、編成したばかりの新兵科だった。胴鎧のみを装備した彼女らの腰には、ぴかぴかと光る新品の拳銃が収まったホルスターが装着されている。

 この部隊は、既存のサーベル軽騎兵隊をそのまま流用して再編成したピストル騎兵部隊だ。片手で扱える拳銃は騎兵との相性がよく、とくに騎馬同士の戦いにおいてはカービンを装備した兵よりも活躍する場合があるのだという。


「鉄砲がガレア王国だけの専売特許とは思うなよ……!」


 増援部隊はその軽快さを生かしておいかけっこをする両軍の部隊の間に割って入り、敵軍へ猛然と襲いかかった。とはいっても、もちろん遠い間合いで闇雲に発砲することはない。襲歩で相手に肉薄し、そして長槍がぎりぎり届くか届かないかくらいの間合いでやっと引き金を引くのだ。

 両者が交錯した瞬間、我が方と敵方の兵が同時に拳銃を抜いた。そして、一切の躊躇もなく相手方に銃口を向け引き金を引く。連続する発砲音と、黒色火薬特有の濃霧めいた白煙が戦場に満ちた。敵味方の区別なく、双方の騎士たちが次々と落馬し地面へと叩きつけられる。。


「まだだ! まだ足りん! トカゲどもを血祭りにあげろ!」


 味方側の前線指揮官が、そんなことを叫んでいる声が聞こえてくる。野蛮極まりない発言だけど、起きている事象はそれ以上に野蛮だった。落馬した騎士は敵味方の軍馬に踏みつけられまくり、悲鳴を上げながら絶命していく。ある意味、銃で撃ち抜かれるよりもよほど哀れな死に様かもしれない。

 けれども、まだ馬上に居るものたちには落馬した連中のことなど考えている余裕はないようだった。とにかくガムシャラに敵へと肉薄し、拳銃を撃ちまくり、そして弾切れになるとサーベルを抜いて白兵戦へと移行する。野良犬の喧嘩のような血みどろの戦いだ。


「素晴らしい! 大枚をはたいて新型拳銃を導入した甲斐がありましたな!」


 その情景を見て、私のそばに侍るカワウソ獣人貴族のひとりが快哉をさけんだ。今のところ両者の損耗は同程度といったところで、はっきり言って一方的な勝利とは言い難い。けれども、ディーゼル、ミュリン、そしてエムズハーフェンと三連続で大敗を喫した我ら帝国南部諸侯から見れば、互角の勝負に持ち込めただけでも十分な快事なのだった。

 やはり、あの投資は間違いではなかった。私は手綱を握りしめながら心のなかで呟いた。この戦争が始まる直前、私は大急ぎでリースベンからピストルを大量購入し、配下の騎士たちに貸与した。もちろん安い買い物ではなかったけれど、一方的な敗北なんてもう御免だったからね。一部だけでも、新式兵科に対抗できる部隊を作っておきたかったのよ。


「今だ、槍騎兵隊反転! 再攻撃!」


 軽騎兵同士の乱戦と化している戦場を見て、私は新たな命令を下した。敵の本隊は、すっかり進行速度が鈍っている。そして、砲兵による支援射撃はまだ始まっていない。

 騎馬部隊に同行できる機動力が売りの騎兵砲兵隊だけど、展開して砲列を敷いてしまえば身動きが取れなくなってしまうのは一般の砲兵と同じだ。敵が突破にこだわる限り、砲兵を投入するタイミングは難しい判断を迫られる。せいぜい迷えと、私はガムラン将軍に冷笑を送った。

 まあ何にせよ、今の状況では砲兵はそれほど怖くない。乱戦中ならなおさらだ。両軍のピストル騎兵らは、野良犬の喧嘩のような血みどろの近接戦を続けている。そこへ、反転した我が軍の槍騎兵隊が再突入してきた。


「ライフルが何だ! 拳銃が何だ! 古来より、騎士の武器は剣と槍と相場が決まっておる! 我が勇猛なる騎士たちよ、新しいもの好きどもに伝統の力を見せてやれ!」


「ウオオオオオッ!!」


 馬上槍の穂先を横一列に揃え、密集陣形を組んで突撃していく槍騎兵たち。眼の前の戦いに夢中になっていたガレア騎士たちは、それに対応できなかった。胴体を刺し貫かれ、何人もの竜人(ドラゴニュート)が地面に叩きつけられる。


「撤退、撤退!」


 見事な戦いぶりを見せた槍騎兵隊だったが、突撃を終えると即座に潮が引くように撤収していった。足の遅い重騎兵は、ピストル持ちの軽騎兵との乱戦に突入すれば大損害を被ってしまう。取れる戦術は、一撃離脱の他にはないのだ。


「敵本隊のカービン兵が、下馬を始めました!」


 二度目の騎馬突撃が成功裏に終わった直後、見張りがそんな報告を上げた。現在の戦いはあくまで前衛部隊同士の小競り合いであり、お互い本隊は温存している。そのガムラン軍側の主力が行動を開始したのだ。

 ガムラン軍騎兵隊の主力をなすカービン兵たちは、前進する足を完全に停止し愛馬から降りつつある。どうやら、敵は下馬戦闘を選択したようだ。


「馬上の戦いにおいては、新兵科と旧兵科の差はそれほど大きくない……リースベン式の用兵術の真髄が歩兵戦にあることは、向こう側もよく理解しているようだな」


 望遠鏡を覗きながら、私は自信にあふれた声でそう言った。敵の反撃がモタついているのは、主力のカービン兵が馬上戦闘に適していないからだ。この連中が下馬して対騎兵陣形を取れば、先程までのように騎兵突撃を主軸とした攻勢はうまくいかなくなるでしょう。つまり、ここからが合戦の本番というわけね。

 とはいえ、ガムラン軍主力部隊が下馬しはじめたことは、私達にとっては朗報なのよね。騎馬の機動力を捨てたということは、つまり強行突破を諦めたということだもの。これで、足止めという最初の目標は達成できたということになる。


「さあて、そろそろクロスボウ隊にも働いてもらおうではないか。黄色信号弾、発射!」


 もちろん、ここからはこちらも戦い方を変えていく必要がある。そのための布石もすでに打ってあった。ここからではよく見えないけれど、左翼に布陣しているミュリン部隊もなかなか頑張ってくれているようだ。左右から圧迫されたガムラン軍の陣形は、こちらの中央部に突出するような形になっている。ここまでは、まったくの予定通りだ。

 空に黄色い信号弾が打ち上がると、鋭い風切り音がいくつも聞こえてきた。鶴翼陣形の中央部、その丘陵地帯に陣を張ったクロスボウ兵たちが射撃を始めたのだ。弩弓特有の太短い矢が、急角度の放物線を描いてガムラン軍の頭上から降り注ぐ。


「グワーッ!?」


「くそ、あんなところに弩兵を伏せていたか!」


 小銃を装備した兵士は、一般的に盾は持ち歩かない。下馬したばかりのカービン兵はその身ひとつで矢玉の雨を浴びる羽目になった。もちろん騎兵ということもあり、連中のほとんどは甲冑を着込んでいる。射撃だけでは、なかなか致命傷は与えられない。しかし、行動を抑制する程度の効果はある。


「撃ち返せ! 対抗射撃だ!」


 この攻撃には、敵の射撃目標を分散させる効果もあった。こちらの軽騎兵隊に狙いを定めようとしていたカービン兵たちは、すぐさまその矛先を小うるさいクロスボウ兵のほうへと向けたのだ。射撃音が連続し、平地と丘との間で弾丸と矢が交錯する。

 普通に考えれば、クロスボウとライフルの撃ち合いでは前者が圧倒的に不利だ。けれども、今回の戦いにおいてはそうではない。なぜならこちらのクロスボウ兵は高所をとっており、更には前哨戦の間に個人用塹壕(アルベールいわく、これをタコツボと呼ぶらしい。……タコってあの悪魔の魚のこと?)を掘るように命じてあった。人ひとりがやっと隠れられるような小さな穴でも、やはり塹壕であることには違いはない。その防御力は折り紙付きだ。


「帝国の畜生どもめ、小賢しい真似を……!」


 こうなると、いかにライフルとはいえ不利は免れない。敵方のカービン兵がいかに頑張って撃ち返そうとも、こちらのクロスボウの射撃が弱くなることはなかった。降り注ぐ矢の雨を前に、ガムラン軍は立ち往生を余儀なくされる。


「……おや」


 ご満悦でその光景を眺めていた私の耳を、小銃の発砲音とは明らかに異なる重々しい爆音が叩いた。一瞬遅れて、クロスボウ兵の布陣する丘陵で爆発が起きる。すぐにピンと来た。敵砲兵が射撃を開始したのだ。


「おお、ガムラン将軍め! もう切り札を切らざるを得なくなったか!」


 幕僚の一人が得意満面で叫んだ。どうやら、敵軍は小銃射撃だけではクロスボウ部隊に対抗できないと見て、とうとう砲兵の投入を決意したようだった。それはつまり敵軍が本気を出したことを意味するわけだけど、私達にとってはむしろ吉兆だった。

 なにしろ、私達の目標は敵軍の南下の阻止だからね。展開に時間のかかる砲兵を投入した以上、敵軍はこれ以上の進撃は停止せざるを得なくなる。つまり、私達が健在である限りは後方補給拠点は安全だということだ。

 まあもちろん小銃兵と砲兵の組み合わせは強力だけど、この戦場に限って言えば無理に勝利を狙わなくとも負けないでいるだけで目標は達成できるからね。やりようはあるわ。まして、敵軍は野戦築城もせずに平地で生身を晒しているわけだし……。


「……ん?」


 そこまで考えて、私の脳裏に言いようのない違和感が生じた。むこうが砲兵という手札を切った時点で、こちらの作戦達成は半ば確定したようなものだ。敵は完全に悪手を選択してしまったように見える。でも、ガムラン将軍の用兵はこれまで一貫して的確だった。それが、こんな大切な盤面で判断を誤るなんてあり得るんだろうか……?


「これは、まさか」


 ここまでは、作戦通り。でも、あまりにも何もかもが順調に進みすぎている気がする……もしかして、手のひらの上で踊っているのは私たちのほうだったり……しない?


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