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第629話 カワウソ選帝侯対王党派将軍(4)

 クロスボウ隊とその護衛を丘陵地帯に配置した後、私は部隊の半分をイルメンガルドの婆さんに任せ、急進するガムラン軍騎兵隊に対する攻撃を開始した。

 二隊はそれぞれの持ち場で斜行陣を形成し、右翼・左翼で敵部隊を包み込むようなV型陣形を形成している。いわゆる鶴翼戦術というやつだ。いささか古典的な陣形ではあるけれど、それだけに使い勝手の良さは折り紙付きだった。


「兵力という点で、我が方は敵方に対し圧倒的優位にある。左右から同時攻撃を行い、両翼包囲を狙うのだ!」


 布陣完了の知らせを聞き、私は部下たちにそう訓示した。ガムラン軍はライフル式の小銃や大砲で武装しているが、どれだけ武器が進化しても側面や後方に回り込まれると厳しくなる点には変化がない。兵力優位を生かし、部隊を広く展開して敵の側面を攻撃するのが私の作戦の基本方針だった。


「これより第一次攻撃を開始する。信号弾でミュリン伯に合図を送り、一番槍の部隊を進発させよ!」


 木製の(たる)めいた外見の信号砲(リースベンから購入したものだ)から、ポンという気の抜ける音とともに赤色の照明弾が打ち上がる。リアルタイムで部隊間連絡が可能になるこの装備は、指揮官にとってはなかなかに革新的な存在だった。

 空中で赤々と輝く信号弾を見て、左翼に布陣したイルメンガルドの部隊が動き始める。それとほぼ同時に、我が方の先鋒も前進を開始した。とはいっても、動いているのはごく一部の部隊だけだ。さすがに、相手の出方もわからないうちに全軍に攻撃を命じるのはうかつだからね。まずはひと当てして、敵軍の反応を観察するのだ。


「見張り部隊より連絡! ガムラン軍騎兵隊は鋒矢(ほうし)陣形に移行しつつあり!」


「ほう」


 ガムラン軍は当初、移動用の縦列隊形をとっていた。このままではまともに戦えないから、戦闘陣形を取らせる必要があったわけだけど……どうやら、敵将は鋒矢(ほうし)、すなわち矢じり型の陣形を選択したようだった。騎兵の機動力を存分にいかせる、突破戦向きの戦術だ。


「わが軍がそう簡単に突破を許すとでも思ったか」


 愛馬の蔵の上で、私は不敵に笑った。我が方の戦列中央、つまりV字隊形の頂点部分にはクロスボウ隊を布陣させたくだんの丘陵地がある。騎兵とは言え、ここを突破するのは容易ではないだろう。

 警戒すべきは、むしろ両翼の戦列を食い破られることだ。敵が怪しい動きを見せれば即座に増援を投入できるよう、予備部隊の配置を見直しておく。


「敵前衛、目視圏内に入りました!」


 そうこうしているうちに、北の空で土煙が上がっているのが見えた。よくよく耳を澄ませば、無数の馬蹄が大地を蹴る万雷めいた音も聞こえてくる。敵が接近しつつあるのだった。


「敵は下馬しなかったか。騎馬戦になりそうだな」

「我が方の前衛部隊が、敵軍と交戦を開始した模様!」


 そんな報告を聞くまでもなく、戦いが始まっていることは明らかだった。銃声が聞こえてきたからだ。私の背中に、冷たい感触が走る。

 エムズハーフェンにおける戦いでは、リースベン軍はライフルを多用することなく戦った。だから、私はあの兵器の暴威を直接体験したことはない。けれども、ミュリン伯やジークルーン伯などから聞いた体験談は、私の小さな肝を震え上がらせるのには十分な恐ろしさを持っていた。そんな圧倒的暴力が、再び我々に牙を剥こうとしている。頭を抱えたくなるような現実だけど、逃避しても状況は改善しないのだからできることをやるしかない。


「遠眼鏡!」


 従者から望遠鏡を受け取り、目に当てる。いま私が待機している位置からならば、ぎりぎり前線を目視することが可能だった。繊細な用兵を必要とする作戦だけに、前線の動向には常に目を光らせておく必要がある。

 望遠鏡のレンズの向こうでは、オルト騎士とガレア騎士の戦いが始まっていた。とはいっても、まだ小競り合い程度だ。密集して前進する敵騎兵に対し、こちらの騎兵はその周囲をうろうろして様子見に徹している。敵側は時折発砲している模様だが、今のところ我が方に被害はでていないようだった。


「騎馬同士の戦いでは、ライフル小銃はそれほど恐ろしい兵器ではない……なるほど、ソニア殿の見識は正しかったようだ」


 前回と今回のいくさでもっとも違うことは、新時代の戦術に精通した人物からアドバイスを貰うことができるという点にあった。私はこの作戦が始まる直前、ガレア軍と戦うにあたって頭に入れておくべきことをソニアから聞き出していた。

 カービン騎兵の運用法も、その一つだ。カービン銃というのは騎兵用に銃身を切り詰めた短めの小銃であり、歩兵銃にはやや劣るとはいえ強力な射程と威力を併せ持っている。この兵器と騎兵の組み合わせは一見最強にみえるが、しかし実際にはそれなりの制約があるのだという。


「カービン騎兵は、基本的にクロスボウ騎兵の互換兵科である……か」


 視線を一瞬だけ、後方の射撃陣地へと向けた。あそこにいるクロスボウ騎兵と同様に、カービン騎兵は下馬戦闘を基本とする兵科なのだという。馬上から正確な狙いをつけるのは極めて困難だからだ。実際、敵側からの射撃は今のところ大した効果を発揮していない。

 もちろんこれには例外もあって、アルベールの近侍隊やヴァルマの騎兵隊(そういえばあの女、最近全く音沙汰がないんだけど何をやっているんだろうか)などは見事に馬上射撃をこなして見せる。けれどもこれは圧倒的な練度が必要な神業であって、一般兵にはとても真似ができないようだった。


「騎馬戦においては、奴らは煩い音の出る筒を持っているだけの単なる軽騎兵にすぎない! 槍騎兵で圧迫をかけてやれ!」


 私が号令を下すと、全身を甲冑で固めた重装騎兵たちが矢のような勢いで敵隊列へと急迫する。彼女らは長大な馬上槍を構え、僚騎と肩がふれあうほどの密集隊形を組んでいた。これこそ、数百年前から変わらぬ典型的な騎馬突撃のやり方だった。


「応報の時は来たれり! ガレアのトカゲどもに神罰を下す、とつげぇき!!」


 威勢のよい掛け声とともに、槍騎兵隊が敵へと突っ込んだ。もちろんガレア騎士たちもカービンで応射をするが、重装騎兵たちはみな例外なく魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んでいる。銃弾の直撃を受けても、その槍の穂先がブレることはない。


「グワーッ!?」


 大柄な竜人(ドラゴニュート)たちが、次々と馬上槍に刺し貫かれて落馬する。そのさまをみて、私は思わずグッと拳を握りしめて「よぉし!」と快哉を叫んだ。

 この襲撃はあくまで様子見の小規模なものであり、与えた被害自体は大したものではない。けれども、突撃の成功を許してしまった以上、敵方も対応を迫られてしまうわけだ。実際、ガムラン軍騎兵隊の前進速度は目に見えて鈍りはじめ、末端の部隊の中には勝手に隊列を防御陣形へと転換しはじめているものもあった。とりあえず、牽制には成功したようね。


「前衛は速やかに撤収せよ! 深追いは厳禁だ!」


 その敵の様子を見て、私は即座に次なる命令を下した。初撃は成功したけれど、だからこそ追撃は狙わない。攻撃に本腰を入れすぎると、間違いなく手痛い反撃を招くからだ。作戦の第一段階はあくまで敵の進軍速度の鈍化とこちらに優位な地形への誘導を目的としている。欲張って無益な損害を受ける愚は避けなくちゃね。


「予想よりも動揺が少ないな。流石は音に聞くガレア騎士だ」


 実際、戦場ではすでにガムラン軍の逆襲が始まっていた。カービン騎兵たちは役立たずの小銃を背中に回し、かわりにピストルを抜いてこちらの騎士を攻撃し始める。

 ピストルは片手で扱えるぶん、馬上でも取り回しし易い。ガレア騎兵はこちらの兵に肉薄すると、拳銃をその乗騎に向けて発砲した。銃弾を受けた軍馬は痛みのあまり暴れまわり、鞍上の騎手を振り落としてしまう。こうなると、もうどうしようもない。落馬した騎士は手槍で突かれたり銃弾を打ち込まれたりしてあっという間に制圧されてしまった。


「ピストル騎兵隊を援護に回せ!」


 撤退の判断が早かったので、反撃でやられた味方はそれほど多くない。しかし、もし私が攻撃の続行を命じていれば受けていた被害は尋常なものではなかっただろう。やはり、ガムラン軍は強敵だ。まともにぶつかりあっても、勝ち目は薄い。勝利を掴むためにはもうひと工夫が必要だろう。私は次なる策を発動することにした。


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