表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

628/714

第628話 カワウソ選帝侯対王党派将軍(3)

 オレアン領の大半は広大な農地に覆われている。古くからヴァロワ王家に仕えている重臣の所領だけあって、原生林のたぐいはほとんど残っていない。こうした拓けた土地は、騎兵にとってはまさに天国と言ってよい場所だった。

 石畳で舗装された街道を、私は騎兵集団を率いて疾走していた。蹄が路面を蹴る感触と、頬に当たる風。これが後ろに男の子を乗せた遠乗りだったのならば間違いなく最高の気分になれたでしょうけど、残念ながら今は戦時なのよね。いくら秋の騎行が爽快でも、目指す場所が地獄では気も晴れなかった。


「急げ急げ! 騎兵の本分は機動であるぞ!」


 蹄の音に負けないよう大声で檄を飛ばす。現在、私たちは南方に向けて急進撃するガムラン軍の突破を阻止すべく、エムズハーフェン旅団全軍で迎撃をはじめたところだった。

 鷲獅子(グリフォン)騎兵やリースベンから借りた鳥人兵の偵察により、敵の兵力は二千ほどであることが判明している。ジークルーン伯爵が交戦中の別働隊と合わせれば、合計三千。そしてそのすべてが騎兵だ。

 ガムラン軍の総兵力が二万足らずであることを思えば、三千というのは保有する騎兵戦力のほぼすべてと考えて良いでしょう。つまりこれこそが、ガムラン将軍の切り札というわけ。


「相手はリースベン式軍制を採用した精鋭騎兵部隊、しかもそれを率いるのは知将ガムラン! 小勢だからといって油断するな! 隙を見せればたやすく食い破られるぞ!」


 対する我がエムズハーフェン旅団は、総兵力六千強。そして騎兵主体の部隊であることは、こちらも同様……。額面だけ見れば、負けるほうがどうかしているレベルの戦力差よね。

 でも、敵はライフル装備のカービン騎兵やら、騎馬部隊に追従できる騎兵砲兵なんかを配備している。そういう相手に、私たちは従来の槍騎兵やサーベル騎兵で対抗しなくちゃいけないわけよ。前の戦争でリースベン軍にぼこぼこにやられたことを思えば、二倍程度の兵力では正直なところ不足を感じずにはいられなかった。


「クロスボウ兵を下馬させなさい! 射撃戦用意!」


 しばしの騎行のあと、小さな丘がいくつか連なった丘陵地にたどり着いた私は部下たちにそう命じた。騎兵ばかりの部隊とはいっても、常に乗馬状態を維持しなくてはならないという法はない。必要に応じて下馬と騎馬を切り替える、この柔軟性の高さが騎兵の魅力だった。

 とくに、私が展開を命じたクロスボウ騎兵などはむしろ下馬戦闘を本分とする兵科だ。なにしろ、馬上でクロスボウを射るのは困難だし、再装填にいたっては不可能と言っても過言ではない。騎馬の機動力を生かして展開し、戦闘自体は下馬状態で行う。そういう使い方をする部隊なのだ。


「ライフルにクロスボウで対抗するためには、上下差を生かすしかない。間違っても、平地でライフル兵と撃ち合ってはならんぞ」


 クロスボウ隊の指揮官には念押しをしておく。私がこの丘陵地帯に部隊を展開させたのは、ここならば敵を一方的に撃ち下ろす姿勢で戦闘を始められるからだった。新式軍が相手では射撃戦は圧倒的に不利だけど、だからといって射撃を完全に捨てて白兵にすべてを賭けるのは阿呆のやり方だからね。不利ならば不利なりの用兵をするまでよ。


鷲獅子(グリフォン)隊に予備をすべて投入するように命じろ。このいくさでは、間違っても敵に頭上を押さえられる事態は避けねばならない。たとえ鷲獅子(グリフォン)騎兵が全滅しようとも、上空を固守しつづけるのだ」


「はっ!」


「ミュリン伯! 敵主力をこの丘に誘引するぞ。手はずはわかっているな?」


「もちろんだよ」


 葉巻をくわえながら、イルメンガルドの婆さんが頷く。このあたりの地形は総じて平坦で、しかも相手は騎兵集団だ。有利な場所で陣を張っても、そのまま待機していたら敵はそのまま迂回をしてしまう。クロスボウ隊を生かした戦い方をするためには、一工夫が必要だった。


「よろしい。では、敵が所定の距離に接近し次第……」


 そこまでいったところで、上空から何かが落ちてきた。落下傘にくくりつけられた革製の筒……飛行兵が用いる通信筒だ。すぐに従者がそれをキャッチし、中身を確認する。


「第三鷲獅子(グリフォン)小隊より伝達! 敵主力の前衛が、街道脇の一本クルミを超えたそうです!」


 一本クルミというのは、地図に記載されている目印の一つだ。私たち(もと)帝国諸侯にとってはまったくの未知の土地であるこのオレアン領だけど、リースベンから提供された詳細な地図のおかげで綿密な迎撃計画を立てることが可能になっていた。

 ちなみに、地図の出所はオレアン公爵家の臣下出身のリースベン軍人という話だ。詳しい地図って典型的な軍機密なんだけど、それを持ち出せるような人がリースベンに寝返ったということだろうか? 思った以上にガタガタね、ガレア王国。


「もうそんな場所まで進出してきたか」


 私の頭の中では、敵はもっと手前にいるつもりだったんだけど。作戦が破綻するほどではないにしろ、ガムラン騎兵隊の動きは予想以上に速い。並みの将ではこれほど迅速に部隊は動かせない。ガムラン将軍の知将という前評判はどうやら真実であるようだ。


「致し方あるまい。少々早いが、進発しよう。右翼側は任せたぞ、ミュリン伯」


 本当ならば、ここで少し兵たちを休ませてやる予定だったんだけど……どうやら、そんな余裕はないみたいね。ため息をかみ殺しつつ、私はそう命令を出した。どっしりと構えていたら、敵に先手を取られてしまう。疾風の用兵には迅雷の用兵で応えるしかない。

 移動ばかりで気が滅入るけど、まあ仕方がないわね。騎馬戦ってそういうものだし。手にする得物が槍から銃に変わったところで、騎兵の一番の武器が足であることに変化はないでしょうね。まあ、我が部隊の主力武器は相変わらず槍だけど。


「あいあい、お任せあれってね。……一度ならず二度までもガレア軍に敗れたら、兵どもに負け癖がついちまうからね。老骨に鞭打って、せいぜい頑張らせてもらおうか」


 熟練の老狼騎士は、煙を吐き出しながらそう言った。その表情はひどくくたびれたものだったけど、目には強い闘志が籠もっている。この婆さんのこういうところ、結構好きね。私もこういう風に年を取りたいものだわ。……まあ、後継者不足で隠居の期を逸する部分までは真似したくないけど。


「貴殿の熟練の戦術を実戦で目に出来る幸運を極星に感謝しよう。では、さらば!」


 それだけ言って、私は部隊を再進発させた。ここからは、イルメンガルドの婆さんとは別行動になる。彼女には全軍の半分の部隊を任せてある。この二部隊でガムラン騎兵隊を挟み込み、クロスボウ隊で形成した殺し間に敵を誘導する作戦だった。

 しかし、この作戦はリスクも大きい。なにしろ、敵は兵士個人あたりの戦闘力はこちらに優越しているわけだからね。間違いなくガムラン軍は強行突破からの各個撃破を狙ってくることでしょう。……そこが狙い目ってわけ。


「ベッシュ女爵より伝令! 敵前衛の軽騎兵と遭遇、現在迎撃中とのことです!」


「来たな……!」


 それから三十分もしないうちに、私の元に交戦開始の報告が届けられた。やはり、ガムラン軍の行動は迅速だ。私はぐっと手綱を握りしめ、背中を這う嫌な寒気を態度に出さぬよう努めた。脳裏によみがえるのは、リースベン軍と剣を交えたリッペ市の戦いだ。あれと同じような敗北をもう一度喫すれば、エムズハーフェン家は終わりだ。是が非でも、この戦争には勝利する必要がある。


「敵はずいぶんと慌てているようだな……この心理に乗じぬ理由はない。まずは機先を制す!」


 馬の腹を蹴りながら、私は頭の中で作戦を再確認した。この作戦の最初の目標は、敵砲兵の無力化だ。この連中がまともに働き始めたら、射撃戦で拮抗するなど絶対に不可能になる。

 危険かつ困難な作戦だけど……一度はリースベン軍とも戦った私たちだ。その経験を生かせば、やってやれないことはない! 見てなさいよ、ガレアのトカゲども。獣人騎士の勇気と知略を身をもって教育してあげるわ……!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ