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第622話 盗撮魔副官と渡河作戦

 敵に時間を与えてはならない。そう判断したわたしは、麾下(きか)の部隊や友軍に対して急ぎ王都に進撃すべしと命じた。われわれは歩兵主体の軍だから、騎兵集団のような無茶な機動はできない。しかしそれでも、補給体制の効率化や休止時間の見直しなど、さまざまな工夫によって進軍速度はかなり向上した。

 それに対し、敵の先鋒……ガムラン軍は、当初静観の構えを見せていた。後退こそ止まったようだが、慌てて迎撃に出てくるような気配はまったくない。まさか、王都を見捨てる気なのか? そんな疑念すらわいてくるほどの、不気味な沈黙であった。


「ガムラン軍は、西に向けて進軍し始めたようじゃ」


 とはいえ、さすがにそれは杞憂であった。我々が王都まであと二十日の距離にまで到達すると、鳥人偵察兵からそのような報告が入ってくる。


「なるほど、ガムラン軍はオレアン領でわれらを迎え撃つ腹づもりのようだな」


 オレアン領は、名前の通りオレアン公爵が治めるガレア屈指の大領邦だ。もともと交通の要衝として栄えた土地だから、大軍の通行にも適している。

 兵站への負担や進軍スピードなどを鑑みて、われらアルベール軍はこのオレアン領を通過して王都入り刷る予定であった。ガムラン軍の動きは、明らかにわれわれの行く手を遮るためのものであろう。


「まちがいなく、ロアール川を防衛線にしてわれらの進撃を阻むハラでしょう。敵前であの大河を渡るのは、たしかになかなかの難事です」


 そんな意見を口にするのは、ジルベルトだ。彼女の一族であるプレヴォ家は、王都内乱以前はオレアン公に仕えていたのである。つまり、ジルベルトからすればオレアン領は実家の庭のようなものなのだ。十分な土地勘があるわけだから、その忠言には千金の価値がある。


「今ならばまだ、迂回いう選択肢も取れそうじゃがね。どうする? 姉貴」


 難しい顔で、ゼラが消極策を口にする。確かに、その意見にも一理はある。川を挟んだ戦いでは、守勢側が圧倒的に有利だ。どれほど練度の高い部隊であっても、渡河にはそれなりに手間取るものだからな。そうこうしているうちに敵が逆襲に出てきたら、かなりやっかいなことになるだろう。

 しかも、このあたりのオレアン領といえば王軍にとってホームグラウンドに等しい場所だ。敵にはおそらくオレアン公も参陣しているであろうから、防衛戦の準備はおそろしくスムーズに進むだろう。


「いや、このまま突っ込む。……こちらは外線作戦で、あちらは内線作戦だ。迂回したところで、敵に先手を取られることには変わりない」


 ヴァロワ王家も、伊達に何百年もガレア王国を治め続けているわけではない。外敵に対するの備えは十分に整えているのだ。少しばかり迂回したところで、戦場の優位は常に敵方にある。

 ここは、下手に策を弄するよりも最短で敵を直撃するほうが効果的だろう。なにしろ、ガムラン軍はまだ王太子軍と合流していないのだ。各個撃破を狙うのであれば、今が最後のチャンスである。


「各部隊に渡河作戦の準備をするように命じよ! オレアン領でガムラン軍を殲滅できれば、われらの勝利は確実なものとなる。ここで勝負を決めるぞ!」


 全身に満ちる戦意を感じながら、わたしはそう命令した。部下たちは、それに対し「応!」と心強い返事をしてくれる。決戦を前にして、アルベール軍の士気は十分以上に高まりつつあった。

 通常ならば一週間はかかる距離を五日で踏破し、我々はいよいよオレアン領へと突入した。この急進撃が成功したのは、将兵の不断の努力はもちろん、敵方の妨害が予想以上に少なかったのも大きな要因であった。


「敵ん本陣は、オレアン市じゃなくロアール川北岸ん小さな村に築かれちょっようじゃな」


 くたびれた様子の鳥人偵察兵がそう報告する。どうやら、空で翼竜(ワイバーン)騎兵に追い回されてしまったようだった。王都に近づくにつれて敵の防空は厚くなり、鳥人兵による偵察や伝令の成功率は激減しつつある。

 逃げ帰ってこられるならばまだ良いが、未帰還者(事実上の戦死者)の数も増えているのだから困ったものだ。余計な損害を抑えるため、近頃のわが軍の航空部隊は不活発にならざるを得ない状況になっていた。


「大方の予想通り、敵軍は野戦による防衛を選択したようだな」


 このあたりの地域には、領都オレアン市をはじめとして籠城に適した都市がいくつもある。しかし、これらの”堅城”が火力戦に対していかに無力であるかは今までの戦訓が示す通りであった。

 そのあたりを勘案すれば、ガムラン将軍が野戦を選択するのも当然のことだろう。火力戦対応型の要塞が建造されればこのような状況も変わってくるのだろうが、少なくとも今は籠城戦などは選択肢にも上がらぬ時代なのである。


「とにかっ、川を越えんにゃ敵をチェスト出来んちゅうことじゃな」


 フェザリアの言葉に、わたしは深く頷き返した。ガムラン軍の兵力は、多く見積もっても二万に足りない程度。対するこちらは三万近い兵力があるのだから、普通の野戦ならばたやすく叩き潰せる程度の戦力差はある。

 しかし、敵の本隊は川岸の向こう側にいるのである。一度に渡河できる部隊の数は限られているのだから、敵軍は常に兵力優勢の状況で戦えることになる。やはり、渡河戦はなかなかに厄介だ。


「川向こうの敵は、ひとまず無視して良い。まずはロアール川南岸を我らのものとせよ!」


 オレアン領を東西に二分するロアール川は、ジルベルトの言うとおりかなりの大河だ。当然、大軍が渡ることができるようなポイントは限られている。ガムラン軍はそのような地点に先回りし、強固な防御陣地を築いている。それを制圧するのが、我々の作戦の第一段階というわけだ。


「主様は、あの川の向こうにいらっしゃる! これ以上、主様をお待たせすることはあってはならん。ゆくぞ!」


 先陣を切ったのは、ジルベルト率いる第一ライフル兵大隊だった。作戦開始の直前、私は彼女に、後方で待機をしているように命じていた。戦場がふるさとではさぞやりづらいだろうと判断したからだ。

 しかし彼女は、一切の躊躇もせずにその命令を拒否した。「土地勘のある自分が後ろで遊んでいては、勝てるいくさも勝てなくなる」そう言ってジルベルトは最前線への投入を希望したのである。アル様のことがあるとはいえ、見上げた敢闘精神だ。わたしは深く感動し、彼女の具申を採用することにした。


「見事な塹壕線だ。ガムラン将軍は、新式戦術をすっかりモノにしたようだな」


 戦場を見下ろせる丘の上に築かれた指揮本部で、わたしは敵の渡河ポイントに双眼鏡を向けながらそう言った。ポイントの周囲には、ジグザグに掘られた塹壕とそれを防護する有刺鉄線が張り巡らされている。

 塹壕を用いた戦いには一家言ある私の目から見ても、なかなかに立派な防御陣地と評さざるを得ない完成度だ。しかも相手陣地は大河を背にしているのだから、迂回作戦も使えない。これを突破するのは尋常なことではないだろう。


「速射砲隊、射撃を開始しました」


 開戦の嚆矢となったのは、ジルベルトの大隊に配備されている速射砲部隊であった。七五ミリ榴弾の猛烈な嵐が、渡河ポイントを守るガムラン軍の塹壕陣地へと降り注ぐ。新型砲の速射性は相変わらず素晴らしい。敵陣は、あっという間に土煙と爆炎に覆われてまともに視界の効かないような有様へと変貌していった。


「敵軍も発砲を始めました!」


 見張りの声をうけて目をこらしてみると、確かに土煙の向こう側でナニカがチカチカと光っているのが見えた。なるほど、あれが敵の火点か。

 新型砲の暴力的な猛射撃をもってしても、塹壕に据え付けられた大砲を排除するのは容易ではない。わが軍にとっては二度目となる塹壕突破戦だが、だからといって油断の出来るものではなかった。


「重砲隊に命令! ジルベルト大隊を支援せよ!」


 塹壕戦を打ち破るには、膨大な火力を一点に集中するのが一番だ。わたしは躊躇無く司令部直轄の砲兵部隊に指示を出した。補給線はしっかりと確保しているのだ。砲弾をケチる必要はまったくない。


「わが軍が砲撃戦で後れを取ることなどあってはならん。敵陣を粉砕するまで射撃を止めるな!」


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