第62話 くっころ男騎士と対空攻撃
戦線に異変が発生したのは、伯爵軍陣営に傭兵団が到着した当日だった。
「鷲獅子二騎出現! わが軍の翼竜を追い回しています!」
伝令が血相を変えて指揮壕に飛び込んでくる。僕の心臓は跳ね上がった。鷲獅子は鷲の上半身と獅子の下半身を持ったキメラの一種で、神聖帝国でもっとも利用されている空中戦力だ。
ガレア王国の翼竜に比べスピードこそ劣っているものの、パワーや低空での格闘能力は際立っている。極めて危険な相手だ。
「今さら鷲獅子? この段階でか……」
騎士の一人が呟く。この戦争が始まって以降、鷲獅子が確認されたのは今日が初めてだ。こんなものを保有しているのなら、初日の段階で翼竜の排除のために投入していなければおかしい。
「新手の傭兵団が保有している個体かもしれん」
「そりゃ、相当の金満傭兵団ですね」
翼竜もそうだが、この手の騎乗用飛行型モンスターの飼育にはかなりのコストがかかる。傭兵団風情がそうそう簡単に保有できるものではないのだが……。
とはいえ、今はそんなことを考えている余裕はない。敵は二騎、こちらは一騎。放置していればあっという間に翼竜は撃墜されてしまうだろう。
「何にせよ、こちらの翼竜が墜とされる前に対処しなくては。青色信号弾を撃て!」
一応、こういう時のための作戦は周知してある。僕は命令を出しつつ、傍らにおいていた騎兵銃を引っ掴んだ。
「第二種待機中の騎士は予備指揮壕に集合! 急げ!」
そう言ってから。僕も予備指揮壕へ急いだ。騎士たちも、あちこちの塹壕から集まってくる。
予備指揮壕は、土塁に囲まれたそれなりに広い壕だ。メインの指揮壕が使われている今は天幕ひとつ立っておらずガランとした印象を受ける。そのド真ん中で、僕は騎士たちに方陣を組ませた。
「対空戦闘用意!」
叫びつつ、腰のポーチから金属製の小さな物差しのようなものを二つ取り出す。それらをそれぞれ、騎兵銃の照門と照星へ取り付けた。同様の作業を、周囲の騎士たちも行っている。
「対空射撃は実戦じゃ初めてですね。うまく行きますか?」
「お前たちならやれるさ」
これらのパーツは、対空射撃用の照準器だ。歩兵銃を用いた対空射撃は、前世の世界における第二次世界大戦やベトナム戦争でさかんに行われていた記録がある。それによって撃墜された航空機も一機や二機ではない。
といっても、僕たちが使っているのは単発式の先ごめ銃だ。連射能力など皆無に等しいこの手の銃で対空射撃をしたところでどれだけの効果があるのかは不安だが、ほかに対空攻撃の手段などないので仕方がない。剣と魔法の世界と言っても、自動追尾式のマジックミサイルみたいな便利な魔法は存在してないからな。
「来ました!」
見張りが叫ぶ。北の空に、鷲獅子二騎に追い回される翼竜の姿が見えた。さすがに一対二は辛いのだろう、まさにほうほうの体という表現が似合いそうな逃げっぷりだ。これは早めに対処しないと不味いかもしれない。
対空照準器を取り付け終わると、ニップルへ雷管を被せる。ハーフコック状態だった撃鉄を最大まで上げ、射撃準備完了。周りの騎士たちも全員準備が終わったことを確認してから、僕は叫んだ。
「もう一度青色信号弾!」
打ち上げ花火発射機めいた軽臼砲から発射された信号弾が、空中で青い光を発する。それを見た翼竜が猛烈な勢いで加速し、こちらへ向けて急降下してきた。鷲獅子が現れた場合、銃で対処することは事前に翼竜騎兵にも伝えている。今の信号弾は対空射撃準備が整った事を知らせるためのものだ。
「引き付けるぞ、早まるなよ!」
遠距離で撃ったところで絶対に当たりはしない。僕は部下たちに注意しつつ、翼竜と鷲獅子の動きを注視していた。逃げる翼竜を追い、競うように二騎のグリフォンが後方に食らいつく。
あっというまに、彼我の距離は羽音がはっきり聞こえる距離まで近づいた。対空照準器を通してその様子をながめつつ、僕は小さく息を吐く。まだだ、まだ早い。
「……狙いは先頭の鷲獅子だ」
「ウーラァ!」
風切り音を残して、翼竜が僕たちのすぐ真上を通過した。突風が全身を叩き、照準がぶれる。鬱陶しい! そう思った瞬間、鷲獅子の巨体が目に入る。
「撃て!」
反射的に僕は叫んだ。銃声の多重奏。一頭の鷲獅子が数発の銃弾を浴び、空中で姿勢を崩す。そのまま立て直せず、轟音をたてつつ地面へ叩きつけられた。
「相手は鷲獅子だ! 銃の一発や二発で死ぬようなタマじゃないぞ! 歩兵隊、とどめを差せ!」
命令を出しつつも、視線は残る一騎へ向けられていた。突然僚騎を失った鷲獅子とその騎手は動揺し、挙動が乱れる。
翼竜騎兵はその隙を見逃さなかった。翼を折りたたみ、空中で急ターン。鷲獅子とすれ違いざまに、手に持っていた細長い槍を鷲獅子の鼻先へ突き刺した。
悲鳴じみた咆哮が、戦場に響き渡る。さすがの鷲獅子もこれはたまったものではない。もんどりうちながら地面へ墜落する。すぐさま歩兵たちが殺到し、苦しむ鷲獅子にとどめを刺した。
「騎手が生きているようなら回収しろ! 所属をはっきりさせたい」
そう命令する僕の頭上から、パラシュートのついた通信筒がひらひらと舞い降りてきた。翼竜騎兵が投げてよこしてきたものだ。急いで回収し、中から手紙を引っ張りぬく。
「敵陣に攻勢開始の兆候あり? やっぱりか!」
翼竜を狙ってきたのは、攻勢に先立ってこちらの目を潰すためだったわけだ。翼竜による偵察はこちらが優勢を取れた大きな要因の一つだからな。
今回は何とか手早く敵航空戦力を始末できたが、また鷲獅子が出現したらしっかりと対応できるだろうか? 戦闘中に対空射撃陣形を取るのは簡単ではないが……。心配だが、考えていても仕方がない。その場に応じてベストな判断を下すしかないだろう。
「ここは歩兵隊に任せる。騎士隊は総員、持ち場に戻れ!」
しかし、ここにきてまた攻勢か。愚直に突っ込んで来ても無駄なことは、向こうもよく理解しているはず。いったいどう言う手を使ってくるつもりだろうか? 自分も指揮壕に急いで戻りつつ、僕は思案した。