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第612話 盗撮魔副官と作戦会議

 わたし、ソニア・ブロンダンは奮起していた。アルベール軍の初陣が近づいているのだ。やる気がでないはずがない。わたしの直卒するリースベン師団は、急行軍で北へと向かっている。目指すは王国軍の防御拠点、ソラン砦だ。

 このソラン砦は、山岳地帯と川に挟まれた隘路(あいろ)という典型的な緊要地形(軍事的に重要度の高い地形のこと)に位置している。その存在意義は王都パレア市へと向かう敵軍を阻むことであり、まさに王都直撃を狙っている最中の我々からすればほとんど目の上のコブと言って良い拠点である。

 逆に言えば、ここさえ早期に攻略してしまえばあとはまっすぐに王都に進撃できると言うことでもある。この事実は、アルベール軍の将兵の士気をたいへんに向上させた。


「敵軍は、砦ん前方に塹壕と鉄条網からなっ防御陣地を構築して長期持久ん構えを見せちょいもす。一方、空から見た限りでは砦本体んほうでは籠城準備をしちょっ様子はあいもはん」


 鳥人族の長、ウルが飛行偵察の結果を報告した。彼女ら鳥人族は、偵察に伝令にと連日多忙な日々を送っていた。当然リーダーであるウルにかかる負担も尋常な者ではなく、元気が取り柄の彼女の顔にも明らかな過労の色がうかがえた。


「さらに、敵軍には翼竜(ワイバーン)も配備されちょっごたっせぇ、砦へん接近を試みると迎撃に上がってきた。ソラン砦上空でん鳥人の活動は控えた方が良さそうじゃ」


「なるほど、了解した。ご苦労だった、ウル。下がって休んでくれ」


 翼竜(ワイバーン)まで出してきたか。頭の中で作戦の修正を行いながら、わたしはウルにそう返した。これ以上彼女らを酷使すると、後々の作戦にも支障が出てくるだろう。まして、どうやらこの戦場は容易には航空優勢をとらせてくれそうにない。ならばむしろ、休憩させて英気を養ってもらった方が良いだろう。そういう判断だった。

 一礼して天幕から出て行くウルの背中を見送りつつ、わたしは視線をテーブルの上の地図へと移した。地図とはいっても、わが軍の測量部隊が突貫で作成した即席の代物だ。ここはもう敵地にあたる場所だから、当然地図の類いは通常の手段では手に入らない。必要とあらば自分で作るほかないのである。

 ちなみに、その地図の上に乗せられている友軍を示す駒は、我々リースベン師団に属する部隊の物だけだ。残りのジェルマン師団とエムズハーフェン旅団は、それぞれの任務を帯びて別行動している。具体的に言えば、ジェルマン師団は港湾都市の制圧。そしてエムズハーフェン旅団は敵増援を防ぐための陽動である。

 つまり、このソラン砦は我々リースベン師団だけで攻略せねばならないわけだ。ただでさえ少ない戦力をさらに分散させることにはやや不安を覚えるが、隘路(あいろ)上での戦いへ野放図に兵力を投入するのは愚か者のやり方だ。ここは、味方を信じて己の仕事に集中すべき盤面であろう。


「せっかく砦があっちゅうとに、守備ん主体は野戦築城なんか。誰が策を練ったんかは知らんが、ガレアにもなかなかん知恵者がおるらしい」


 腕組みをしたフェザリアが、心底ゆかいそうな笑みとともにそんな言葉を吐いた。快不快はさておいて、敵の判断が的確だという評価に関してはわたしも同感だ。

 なにしろ、こちらの軍には少なくない数の火砲が配備されている。これだけの火力があれば、従来型の城砦の防壁を破る程度のことなどは腐った納屋の戸板を蹴破るよりも容易なのである。頼りにならぬ砦は放置して、砲撃に強い塹壕と鉄条網を主体に防衛策を組むという敵軍の作戦はほぼ最適解といっても差し支えないだろう。


「防衛計画の総指揮を執っているのは、おそらく王軍のガムラン将軍でしょう。堅実さと柔軟さを兼ね備えた極めて有能なお方です。間違っても、油断できる相手ではないでしょう」



 固い声音でそう補足するのは、前職が王軍士官だったジルベルトだ。かつての同僚と矛を交えることになった彼女だが、その顔には「戦意と決意に満ちた表情が浮かんでいる。『もと同僚とは戦いにくかろう』などといって戦場から引き離そうとすれば、問答無用で噛みつかれそうなすごみがある。この様子ならば、くだらぬ配慮などは不要だろう。


「ガムラン将軍か。噂には聞いたことがある」


 顎をなでつつ、小さくうなった。娼館へ足しげく通う好色女だという噂の評判のよくない女だ。フランセットといい、ガムランといい、王軍にはどうしてそんな奴らしかいないのだろうか。アル様の一件がなかったとしても、正直言ってこんな奴らに忠誠を誓うのは御免だ。

 ……というか、アル様はいまそんな女どもに囲まれているのか。ああ、なんだかますます胃が痛くなってきたぞ。好色そのものの王太子と将軍に日がな一日弄ばれるアル様のお姿が頭に浮かび、わたしの脳は危うく粉々になりかけた。


「……」


 ブンブンと頭を振るい、いやな想像を打ち消す。アル様を地獄の日々からお救いするためにも、このような砦に時間を食われている余裕などないのだ。早急に突破戦を終わらせ、王家に対して圧迫をかけねばならない。


「とはいえ、ガムラン将軍本人はまだ王都から出陣したばかりという話だろう。ソラン砦の守将は、それほどの大物ではないはず。やっかいな援軍が到着する前に砦を突破せねばならんな」


 アデライドの情報網のおかげで、王都や王軍まわりの情報もそれなりに漏れ聞こえてくる。それによれば、王軍は現在再編成の真っ最中らしい。なんとも悠長な話だが、これはフランセットやガムランが無能であるというわけではない。彼女らはレーヌ市を巡る戦いでそれなりに消耗しており、戦闘力を取り戻すためには十分な補充や再訓練が必要なのである。

 もっとも、再編成の一部は既に完了してしまっているらしい。補充を終えた部隊を率い、ガムラン将軍が出陣したという話も耳にしている。我々がこの砦の手前でチンタラしていたら、ガムランに率いられた野戦軍がソラン砦守備隊と合流してしまうだろう。そんな事態はなんとしても避けたいところだ。


「じっくり腰を据えて攻城戦をしているような場合ではない、というソニア様のご意見には賛成です。ですが、攻勢はある程度慎重に行った方が良いと思われます」


「ほう、その理由は?」


 ジルベルトの目を見据えながら、わたしは厳かな声で聞き返した。『一秒でも早くアル様をお救いせねばならぬのに、そんな悠長なことを言っていられるか!!』などという叱責は、もちろんしない。彼女がアル様を想う気持ちは、わたしに勝るとも劣らぬものであることを知っているからだ。ジルベルトとて、現状に対する危機感は十分に持ち合わせているはずだ。


「ソラン砦の守備隊には、ライフル兵や砲兵が配備されているという話です。それに加えて、十分な塹壕陣地も構築されているということは……敵の防備は、尋常ではなく固いものと思われます」


 まさに、ジルベルトの言うとおりだった。ウルの寄越した報告書によれば、敵は塹壕線の後ろに砲兵による砲列が敷かれているという話だった。この布陣を破るのがどれだけたいへんなことなのかは、わたしももちろん心得ている。


「この塹壕による防御陣は、いままで幾度となく我々リースベン軍を守ってくれたものです。しかし、こたびの合戦では今までとは逆に我々が防御陣を打ち破る側……これまで我らが戦ってきた相手と同じ末路はたどりたくありません。攻撃には、それなりの工夫が必要なものかと存じますが」


「うむ、その通りだ」


 コクリと頷き、わたしは軍議の席上を見回した。無謀な力押しは拙い、などということは勿論わたしも承知しているし、指摘した本人であるジルベルトもまたわたしを侮ってこのような発言をしたわけではないだろう。

 つまり、これは意見具申のふりをして味方を戒めているのだ。敵は、我々と同じく火器を主体とした新式軍。今までの相手と同じ気分でぶつかれば、間違いなく痛い目を見るだろう。ジルベルトは、あえて厳しい見通しを口にして皆の気を引き締める腹なのだ。


「もちろん、わたしとて無策で貴様らを敵陣に突撃させるつもりはない」


 小さく息を吐いてから、わたしはそう言い返した。ジルベルトが気を引き締める役ならば、わたしは安心させる役だ。内心の不安を押し殺し、わたしは笑顔を浮かべる。

 ……そうだ。敵は、これまでの旧態依然とした軍隊ではない。十分な火器で武装した新式軍だ。そういう相手と、我々はアル様を欠いた状態で戦わねばならない。正直に言えば、かなり恐ろしい。しかし、それを表に出すわけにはいかなかった。


「確かに塹壕戦は我々のお家芸だが、だからこそその弱点も知っている。王軍の猿真似戦術などには遅れをとらぬさ」


 自信ありげな表情を装い、わたしは心にもない台詞を言い切った。……ああ、しかし、実際のところソラン砦攻略戦などはしょせん前哨戦に過ぎぬのだ。本当に、こんな所で遅れをとるわけにはいかない。気張らねば……。

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