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第611話 くっころ男騎士の懊悩

 バルリエ隊長との情報交換を終えたあと、僕とダライヤは午後の茶会という名目で城の中庭にやってきた。こんな時に茶会などやっている場合かという感じだが、自室は常に盗聴の危険と隣り合わせなのだから仕方ない。

 その点、この中庭は野外なので多少は安全なのである。身内だけで内緒話をしたいのなら、こうして外に出るか例の指が痛くなるモールス通信法を使うほかない。……モールスはマジで指への負担が尋常じゃないからな。できることなら声で会話したいというのが、僕とダライヤの共通認識だった。

 ちなみに、バルリエ隊長のほうは『やるべき仕事が山のようにある』とのことで、必要な情報交換が終わるとすぐに近衛騎士団の本部へと戻っていってしまった。やるべき仕事というのはもちろん亡くなられたデュラン団長の引継業務というのもあるのだろうが、その本分が復仇にあることはバルリエ隊長の態度を見れば明らか

であった。


「やっかいなことになったな……」


 香草茶のカップを片手に、僕は大きなため息をついた。太陽の光は最盛期からずいぶんと陰りを見せ、吹く風は初秋の気配をまといつつある。悲惨な事件が起きたばかりにしては、なんとも過ごしやすい爽やかな午後だった。

 王城の中庭は、広く快適な空間だ。よく手入れをされた芝生は緑の絨毯のようであり、さりげなく配置された庭木やオブジェなどは最高級の調度品さながらの美しさがある。こんな美しい空間で血なまぐさい話をせねばならないというのは、ちょっと……いや、かなり不幸な話かもしれんね。


「敵側から何かしらのリアクションがあるというのは予想しておったが、まさかいきなり要人の暗殺などという手に出てくるとはのぉ。この婆からしてもいささか予想外じゃったわい」


 形の良い唇を皮肉げに歪めながら、ロリババアは肩をすくめた。しかし、その表情には明らかな余裕の色がある。さすがは海千山千の陰謀家だけあって、暗殺事件の一件や二件ではたいした動揺は覚えないようだ。


「通常、敵対勢力が身辺を嗅ぎ回りはじめた場合に最初にとる手段は警告じゃ。具体的な手としては、わかりやすい嫌がらせや下っ端の殺害などが常道じゃな。しかし、今回に関しては、"敵"は初手で近衛騎士団長などという重要人物の排除に出てきた……なんとも、違和感のある話じゃのぅ」


 その声音は、会話をするためと言うよりは事実を確認しているかのような響きがあった。愛らしい童女の顔の下で、彼女の頭脳は高速回転を続けているようだ。

 こと謀略戦においては、僕では逆立ちをしたところでこのロリババアには勝てないのである。ここは、彼女に任せるべき盤面だな。そう判断した僕は、ダライヤの言葉を頭の中で吟味しつつ発言の続きを促した。


「つまり、これは"警告"ではないと」


「常識的に考えればそうなる。……しかし、警告でなければ何なのだ、という問題には答えが出んのが困ったところなのじゃよ。これがただ邪魔者を排除するという意図のみで引き起こされた事件だというのなら、騎士団長を排除しただけではまったくの不足じゃからのぉ……」


「僕たちも狙われかねない、ということか」


「然り。合理的に考えるのならば、"敵"がワシらを生かしておく必要はない。実際、団長殿はこちらの提言を受けて司教周りを探り始めたのじゃからのぉ……向こうから見れば、我々は獅子身中の虫というほかなかろう」


「だよね」


 しかし、その"敵"とやらの正体はどうやらわが幼なじみフィオレンツァ・キルアージらしいのである。そこがまた、話をややこしい方向に誘導しているのかもしれない。

 フィオは、フィオレンツァは……目的のためならば、幼なじみが相手でも躊躇なく切り捨てられるような類いの人間なのだろうか? 彼女が僕のような冷血漢であれば、そうなろう。しかし、僕の記憶の中にある彼女はむしろ情を捨てられないタイプの人間のように思えた……。

 ……いや、やめよう。今そんなことを考えてもまったくの無意味だ。なにしろ、僕の人物眼は"絶対にごまかしなんか効かない"などと断言できるほど鋭いものではないのである。向こうがその気ならば、偽りの仮面を本当の姿だと偽り続けることなどそう難しいことではないかもしれない。


「しかし、相手が既に二の矢を放っているとなるともうどうしようもないぞ。なにしろ、僕たちの手元には自由に使える人材も情報網もないんだ。暗殺を防ぐなんて至難の業だぞ」


「まあ、そこは近衛を信じるほかあるまいよ。一応、安全は保証すると言ってくれておるわけじゃしのぉ」


 やれやれと言わんばかりの所作で香草茶を一口飲んだダライヤは、やや離れた場所にたたずむ例の見習い君へと視線を向けた。彼女は腰の剣をすぐにひっ掴める姿勢のまま、油断のない(余裕のないともいう)目つきで周囲にやたらめったらと威圧的な視線を向けまくっていた。

 しかし、警備についているのは彼女だけではなかった。明らかに手練れとわかるフル武装の騎士が五名、我々を警護すべく配置についている。バルリエ隊長が手配してくれた人員だった。彼女は先ほどの席で、『ブロンダン卿の御身は近衛の沽券にかけてお守りいたしますわ』と断言してくれていた。なんとも心強い話である。


「……まあ、そにあたりは彼女らを信用するしかない。自分ではどうにもならない問題にリソースをつぎ込んだところで無駄にしかならないからな。さしあたっては、出来ることからやるしかないが」


 僕としては、王都が火の海に沈む事態だけは避けたいのである。そのためにできることならば、なんでもやるつもりだった。たとえ虜囚の身でも、僕はまだ軍人なのである。命が尽きるまでは、最善を尽くし続ける義務があった。


「出来ること、と言ってものぉ……オヌシ、なにが出来るんじゃ」


 ところが、ロリババアはしらーっとした目でこちらを見るばかりであった。正面からそんな指摘をされると、僕も困ってしまう。揺れる香草茶の水面を眺めながら、僕はしばしだまりこんだ。


「……フィオに直撃して、事情を聴取するとか」


「阿呆」


 ババアの反論は端的で辛辣であった。予想通りの言葉でもあったので、僕は唇を尖らせ視線をそらすことしかできなかった。


「それでデュラン団長殿の二の舞になってしもうたらどうする気じゃ。良いか? いまさらフィオレンツァを幼なじみなどとは思ってはならん。奴は、味方の謀殺も辞さぬ冷徹な陰謀家やもしれぬのじゃ。どれだけ警戒しても、し足りぬということはない」


「……」


 その正論に対して、僕は沈黙以外の返答を持ち合わせていなかった。事実上の白旗である。しかし、ロリババアは白旗など気にせぬとばかりに追撃を仕掛けてきた。


「オヌシには政治力や陰謀力などは欠片も備わっておらん。そして、ここは敵地のど真ん中じゃ。はっきりいって、今の我らに出来ることなど聞き耳を立てる程度がせいぜいなのじゃ。それ以上を望んではならん」


「指を咥えてただ状況を眺めていろと?」


 こればかりは黙っていられない。僕は強い口調でそう言い返した。ここは敵地ではあるが、それと同時に僕のふるさとでもあるのだ。パレア市に暮らす人々を見捨てることなどできない。


「莫迦者」


 飛んできた言葉は、二度目の罵倒であった。ダライヤは深々とため息をはき吐き、香草茶を一気に飲み干した。


「オヌシの兵法書では、攻撃を仕掛ける好機を待つことを指を咥えて云々と書かれてるのかのぉ?」


「……好機があるのか」


「あるとも」


 出来の悪い生徒をみる目を僕に向けるダライヤ。おいやめろ、そんな目で僕を見るな。妙な性癖に目覚めそうだ。


「オヌシには政治力も陰謀力もないが、暴力はある。いまや、オヌシとその一党にはこの国の王軍をも恐れさせるだけのチカラがあるのじゃ。せせこましい小細工などは、圧倒的暴力で正面から打ち砕いてやればよい」


「いやいや、捕虜の身でリースベン軍の武力をアテ西路と言われても……あっ、いや、そういうこと?」


 反論の最中にダライヤの意図に気づいた僕は、思わず膝を打った。つまり、ロリババアはソニアらの救援を待てと言っているのだ。たしかに現状の僕にはできることなどほとんどないが、リースベンの領主としての立場を取り戻せば話は変わってくる。

 しかに、言われてみればダライヤの言うとおりだ。今ここで僕が行動を起こすのは、十分な兵力がそろっていないにもかかわらず攻勢を始めようとする愚かな指揮官そのものだ。いくら兵は神速を尊ぶとはいっても、それはケースバイケースなのである。

 ……というか、圧倒的暴力で小細工うんぬんというのは、このロリババアが過去に実際にやられたことのある出来事なのではなかろうか。伊達に、あの修羅の国を政治力だけで生きてきただけのことはある。経験した場数が僕とは段違いなんだよな。


「……致し方あるまい。ここは、名参謀どのの意見を採用することにしよう。反撃の時がくるまでは、我々はおとなしく防御に徹する。それでいいな?」


「むろんじゃ」


 どや顔で頷くダライヤ。まったく、頼りになる相棒だこと。僕はかすかに苦笑してから、心の中でため息をついた。本音を言えば、フィオに話を聞きに行きたい。

 彼女は本当に黒幕なのだろうか? 誰かに利用されているのではないか? もし彼女が一連の事件の引き金を引いたというのなら、どういう意図でそんなことをしでかしたのか? 疑問はつきないが、どうやら今すぐ真実を明らかにしに行くわけには行かないようだった。

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