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第606話 盗撮魔副官と軍議(2)

 アルベール軍の幹部たちに向け、わたしは王都への進軍を宣言した。彼女らの反応はさまざまだった。ゲンナリしている者もいれば、闘志をむき出しにしている者もいる。しかし、反論を口にするものは一人もいなかった。普通に考えれば、地元に引きこもっているだけでは王軍に勝てぬことなど明らかだからだ。


「勝利を掴むためには、こちらから打って出るしかないというのは当然のことだ。しかし、王都パレア市はこの南部からはるか北の彼方にある。あえて説明するまでもないが、軍隊にとって距離というのはどんな強固な城壁よりも厄介な障壁となる。ソニア殿は、これをいかに解決するおつもりか」


 偉そうな口調で質問をしてくるのは、にやにや笑いを浮かべたツェツィーリアだ。まったく、腹の立つ女である。我らがアルベール軍には彼女の兵はごくわずかしか参加していないのだから、なおさらだった。

 もっとも、エムズハーフェン軍は前回のいくさで我々自身がボコボコにしてしまっている。兵士が全滅したわけではないが、所領の防衛を考えれば出征に割ける兵力が減ってしまうのは致し方のない話かもしれない。

 まあ、もちろんだからといって一人勝ちを許す気はないが。エムズハーフェン家には、正面戦闘以外の部分で働いてもらう。物資の調達や、輸送などの後方支援だ。


「長距離遠征における一番の課題は、兵站の維持にある。しかしこれについてはすでに手をまわしているから、心配する必要はない」


「ほう、さすがはソニア殿。すでに策を用意していたとは。……ちなみに、どういったやり方で補給線の構築をするのか聞いておいても良いだろうか?」


 眉を跳ね上げながらそんな質問をしてくるツェツィーリア。その口調はいささか挑戦的だが、このやり取りはあくまで茶番だった。なにしろ、アルベール軍の物資輸送担当は彼女なのだ。補給作戦の手順については、すでに裏で話を詰めてある。結局のところ、この会話はあくまで将兵を安心させるためのお芝居なのだ。


「我々の策源地は、南部だけではない。マリッタのやつは敵に回ったが、スオラハティ家とノール辺境領そのものがこちらに槍を向けているわけではないのだ。付き合いのある辺境領内の回船問屋に、物資の手配と輸送を命じてある。中部の港町をひとつふたつ確保すれば、そこから補給線を伸ばしていくことが可能だ」


 万が一に備え、わたしは戦前の段階からノール辺境領の回船問屋に話をつけ有事の際の補給を任せる準備をしていた。王家と事を構える場合、補給が一番の問題になることはわかりきっていたのである。手を打っておかないはずがなかった。

 しかし、そういう状態だったからこそマリッタの裏切りは衝撃的だった。ノール辺境領そのものが敵に回ってしまえば、戦争計画自体が砂上の楼閣になってしまうからだ。

 幸いにも、その懸念は杞憂に終わった。どうやら、マリッタはまだ辺境領の全権を掌握できているわけではないようだ。いくつかの回船問屋からは、問題なく計画通りの支援ができるという返事が戻ってきた。

 とはいえ、安心はできない。聞いた話によれば、マリッタは母上の身柄を拘束してしまったらしいからな。彼女は非情な女ではないから、まさか母上のお命を害することはないだろうか……現当主の身柄が抑えられている以上、スオラハティ家自体からの助力は期待できない。

 ……少なくとも、事態が膠着しているうちは、だが。戦闘の勝敗によって情勢が変化すれば、話はまた変わってくるだろう。わたしが早期の決戦を目論んでいるのは、そういう事情もあるのだった。いわゆる政治というやつだ。


「なるほど、準備は万端というわけですか。安心いたしました」


 ジェルマン殿がにこやかな調子で合いの手を入れた。その柔らかな口調のおかげか、緊張した面持ちだった各諸侯の表情もわずかに緩む。この方のこういう援護射撃は、本当に助かるな。ツェツィーリアのような新参者が幅を利かせている現状だからこそ、彼女のような人物は丁重に扱わねば……。


「こちらの用意ができとるなぁわかりましたがね。しかし、おのれを知ることと同じくらい敵のことを知るのも大事だと思うんですがね。そっちのほうはどうなっとるんですか」


 独特の訛りを含んだ声がそんな指摘をしてくる。声の主は、アリンコの長ゼラだった。彼女やフェザリアなどのリースベン蛮族勢は、諸侯の一員としてこの場への出席を許されている。


「……実際のところ、現状の一番の懸念点はそこだ。なにしろ、フランセット殿下は情報畑のご出身。諜報合戦では、こちらのほうが明らかに不利な状態にある」


「つまり必要な情報が集まっちょらんと」


 厳しい口調でフェザリアが言う。その言葉に、わたしは神妙な顔でうなづくほかなかった。実際のところ、敵の推定兵力すらいまいちわかっていないのが現状なのだ。アル様が敵の手に落ちていることや政治的な事情などがなければ、様子見に徹したいような盤面ではある。

 わたしの不安が伝線したのだろう。議場の空気は、気づけば重苦しいものに変わっていた。我々は、正面戦闘力にはそれなりの自信がある。しかし、目隠しをされた状況で戦わねばならないとなると、だいぶ話は変わってくるだろう。大丈夫なのかと不安に思うのは当然のことだった。


「諜報に関しては、私のほうでなんとかできるやもしれん」


 そんな重い空気を、自信に満ちたアデライドの声が晴らした。彼女は目に強い光を宿し、こぶしを握り締めながら円卓の面々を見回す。


「実のところ、王都周りの情報はわたしのほうでも探っていたのだよ。宮廷内での私の勢力は、急速に駆逐されつつあるが……パレア市には、わがカスタニエ家と付き合いのある商会がたくさんあるからねぇ。ちょっとした調べごとを頼む程度なら、造作もないことだ」


「おお」


 思わず感嘆の声が出た。逃避行の間も情報収集を続けていたと言っていたが、なるほどそういうツテを利用していたのか。さすがはアデライド、転んでもただでは起きない女だ。


「いくら情報を封鎖しようとも、物資の流れは止められない。その動きを追えば、自然と軍勢の規模や動きも見えてくるという寸法さ」


 そういって、アデライドは一枚の紙をわたしに投げ寄こしてくる。受け取って内容を確認してみると、そこには軍用の堅焼きビスケットや弾薬などの生産・納品高の推移、そしてそこから導き出される王軍の現有戦力の推定などが書かれていた。まさに、わたしたちが今一番欲しているデータである。

 それによれば、王軍の推定兵力は四万五千。こちらよりもかなり優勢だが、想定の範囲内だ。むしろ、予想よりも少ないくらいかもしれない。おそらく、対神聖帝国戦が終わったがために少なくない数の諸侯が軍を所領に帰してしまったのだろう。


「なるほど、素晴らしい。これだけの情報があれば、作戦も詰めやすいだろう。ありがとう、アデライド。助かった」


「ま、一度は醜態を見せた身だからねぇ……少しくらいは、いいところを見せておかなくては」


 冗談めかした口調でそう返すアデライドだったが、口ぶりとは裏腹にその目つきは真剣そのものだった。まあ、当然と言えば当然だろう。いくら文官でも、夫を奪われて平気でいられるものなどいない。彼女は彼女なりのやり方でこの戦争を戦うつもりなのだ。


「今後も同様の手法で情報収集は続けていくつもりだ。……とはいえ、こと諜報戦においてはフランセット殿下もなかなかの手練れだからねぇ。あまり過信はしないほうがいい」


 ただでさえ、我々は兵力面で劣っているのだから。アデライドは言外にそういっていた。わたしたちはこれまで幾度となく大軍を打ち破ってきたが、それは装備の優越あってのこと。ライフル式の小銃や大砲を装備している王軍に対しては、今までと同じ手は通用しないかもしれない。

 ましてや、今はアル様の知恵をお借りすることもできないのだから……当然、慢心は禁物であった。わたしはアデライドに頷き返し、こぶしを握り締めた。


「むろんだ。このいくさは、万が一にも負けるわけにはいかぬのだからな」


 とにもかくにも、相手の陣容がわかったのは大きい。あとは、この劣勢をどうひっくり返すかだが……。

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