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第605話 盗撮魔副官と軍議(1)

「……それでは、ひとまず現状の再確認と行こうか」


 わたしは大きく息を吸い、それをゆっくりと吐き出してからそういった。あの後、我々は郊外の野営地から市内の宿へと移動している。わが軍の指揮本部は、現在レマ市の内部に設置されているのだ。とうぜん、軍議の類もそちらで行うのが定例となっていた。

 当の指揮本部があるのは、レマ市でも屈指の高級宿だった。一番の大部屋に机と椅子を並べ、臨時の司令部として運用しているのである。その部屋の中心に置かれた円卓では、わが軍の要人たちが雁首をそろえていた。その中には、もちろん先ほど帰還したばかりのアデライドの姿もある。


「現在、我々は戦力の拡充に努めている。なにしろ、王軍は強大な相手だ。戦力のそろっていない状況で行動を開始するのは避けたい」


「手元に集まった兵力は、おおむね三万というところだ。悪くはない数字だが、かのガレア王国軍と正面からぶつかるにはやや不足だろう」


 そう補足するのは、あのカワウソ女……ツェツィーリア・フォン・エムズハーフェンだった。我々の中ではもっとも新顔であるはずのツェツィーリアではあるが、軍議においては当然のように身内ヅラで口を挟んでくるようになった。この間まで真正面から戦争していた間柄だというのに、面の皮が厚いというか、なんというか……。

 まあ、それはさておき肝心なのは戦力である。確かに、三万という数字は大きい。しかし、その内実は大半がレマ伯ジェルマン殿のような宰相派諸侯の連れてきた兵士たちだった。当然ながらその軍制は従来型で、主力兵器は剣と槍、そして魔法と弩弓だ。戦力としては、正直なところ二線級と言わざるを得ない。

 もっとも、敵方の王軍とて兵士のすべてを新兵科に更新できているわけではない。むしろ、数の上ではいまだに旧式部隊のほうが主力だろう。従来型の軍も、使い方を誤らなければ十分に戦うことができるはずだ。


「思ったよりは戦力が集まっているようだねぇ。正直なところ、みな日和見ばかりするものと思っていたが……」


 顎を撫でつつ、アデライドが感心したような声を上げた。その眼には、すっかり以前のギラつきが戻っている。


「貴殿らの後ろにはこのエムズハーフェン侯がついている。事態はすでにガレア国内だけで終わる段階ではないのだ。で、ある以上……外部勢力と連合している側を優勢と捉える者が多くなるのも当然のことだろう?」


 腕組みをしつつニヤリと笑うツェツィーリア。恩着せがましい言い方だが、ヤツの言葉にも一理ある。彼女らの参戦によって、わが陣営はすでに宰相派閥という枠を超えて拡大しつつあるのだ。


「……なるほど、感謝しよう」


 笑顔で一礼するアデライド。しかし、おそらくその内心は複雑だろう。戦力が増えるのはよいことだが、このツェツィーリアの勢力拡大を許すのは美味しくない。しかし、さりとて今は味方同士で足を引っ張り合っていられる状況ではないときている……。


「ところで、一つ聞きたいことがあるのだが。王家に抗するべく集まった、この軍勢。それ自身の正式な名称は決まっているのだろうか? 決まった呼び名がないと、いささか不便なように思われるのだが」


 その言葉に、わたしは微かに眉をひそめた。むろん、アデライドの発言が不愉快だったわけではない。単純に、この正式名称についての問題が今のわたしの頭痛の種であったからだ。


「いや……実のところ、まだ決まっていない。どうやら、王党派の連中は反乱軍とかアデライド軍とか読んでいるようだが。それにあやかって、自らもアデライド軍と号することにするか?」


 皮肉げな口調でそう言い返してやると、アデライドは露骨に渋い表情を浮かべた。どうやら、わたしの方の意図を誤解なく理解してくれたようだ。我々は、間違ってもアデライド軍とは名乗れない。

 実際のところ、アデライドの名のもとに参陣した諸侯などそれほど多くはないのだ。我々の陣営の軸は、間違いなくアル様なのである。このあたりの部分は、今のうちにハッキリさせておかねばならない。それも、本来の陣営の頭領であったアデライドの手によってだ。


「軍人ならざる私の名を、軍に使うのは気が引ける。……そうだな、いっそのことアルベール軍と名乗ることにしないかね?」


 肩をすくめつつ、アデライドはそんな主張をする。軍の呼称に男の名前を付けるなど、歴史上ほとんどない事例だった。しかし、その割には反対意見を出すものはいない。

 もちろん、勝ち馬に乗るために我々の陣営に参加しているだけの日和見主義者などはいい顔をしないだろうが……この場にいるのは、陣営を支える要人中の要人ばかり。そのような者たちにとっては、この組織の事実上のトップがアル様であることなど自明の理なのである。

 ……しかし、これほどスムーズにそんな共通認識を構築できたのは、アル様が政治色の薄い方であるという要素が強いやもしれんな。神輿として担ぎやすいからこそ、あえて足を引っ張る必要はないというか。正直に言えば腹立たしいが、今はそんなことに文句をつけている場合ではないし……。


「ヴァロワ王家は、アルベールはあくまで被害者であるという立場をとっている。その大義名分に否を突きつけるという面でも、我々自身がアルベール軍を名乗るというのは良い考えだろう。私としては、この案には賛成である」


 ツェツィーリアの言葉で、場の空気は決定的になった。しかし、この女……いちいち場の主導権を握りに来るのが厄介だな。こたびのいくさでは味方であるとはいえ、警戒は緩められない。勢力が拡大すればこのような輩が現れるのも仕方のないことだが、まったく頭の痛い話である。

 まあ、ツェツィーリアとしても負けてしまえば元も子もないのだから、戦争が終わるまではおとなしく協力してくれるはずだが……。


「まあ、名称の件はそれで良いとして」


 やや複雑な表情で、ジェルマン殿がそう言った。表情の理由は、本来アデライド派閥だったこの勢力が、名実ともにアルベール陣営に塗り変わってしまったせいだろう。

 もちろんジェルマン殿は以前からアル様に対しても丁寧に接していた方だから、男性貴族に対して隔意があるというわけではないだろう。しかし、そうであっても慣れ親しんでいたモノがだんだんと変化していくというのは気分の良いものではない。

 まあ、そういう意見があるとわかっていたからこそ、わたしはこの件のバトンをアデライドに渡したわけだが。陣営の頭を誰にするかという重大事を、わたしが勝手に変更するわけにはいかないのだ。


「名も大切ですが、実もそれと同じ程度には大切です。そろそろ、話題を戦争へと戻した方がよいかと」


「確かにその通り」


 わたしはコホンと咳ばらいをしてから、円卓に居並ぶ諸侯や貴族たちを見回した。そこには、ジェルマン伯爵のようなガレア王国貴族もいれば、ツェツィーリアのようなオルト帝国貴族もいる。もちろん、フェザリアのようなリースベン勢の姿もあった。

 このような烏合の衆をまとめ上げ、王家と戦わねばならないのだ。議題がふらふらしていたら、いつになっても話はまとまらない。冷めきった香草茶でのどを湿らせてから、わたしは言葉をつづけた。


「アデライドも無事戻ってきたことだし、そろそろ作戦を一段階前へ進めよう。反攻の始まりだ」


 アル様の誘拐だの、肩透かしにおわったヴァール軍の襲来だの、いままでの我々はいささか後手に回りすぎていた。多少心もとないとはいえ最低限の兵力もそろいつつあることだし、いい加減状況の主導権を奪い返さねばならない。


「まず、初めに言っておく。我々の目標はただ一つ。パレア市を睥睨するあの荘厳なる王城に、この旗を掲げることだ」


 壁に掲げられた〇に十字の入った旗を指さし、わたしはそう宣言する。つまり、王都の占領だ。いきなりの大言壮語に、居並ぶ諸侯の一部が顔をひきつらせた。


「我らのなすべき仕事は二つ。アル様の救出と、こちらをナメ腐っているあの腐れ王太子を屈服させることだ。そのためには、チマチマと地元で防衛戦をしているだけでは間に合わぬ。敵のひざ元へと攻め込み、城下の盟を結ばせる! これ以外の選択肢はない!」


 机を強く殴りつけ、円卓の面々をにらみつけた。みな、雷に打たれたような表情でわたしを見返している。例外は、もとより王家をシバキ倒す腹積もりだったであろうリースベン勢くらいだ。フェザリアやジルベルトなどは、当然のような顔をしてわたしに次の言葉を促している。


「王家は我らを反乱軍と呼んだ。ならばよろしい、お望み通り反乱を起こしてやる。臣下への御恩を忘れた君主がどうなるか、身をもって教育してやろう!」

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[一言] アルベールファンクラブだよなあ、こいつ等
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