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第604話 盗撮魔副官と帰ってきたセクハラ元宰相

 わたし、ソニア・スオラハティは多忙な毎日を過ごしていた。火事場泥棒、もといヴァール軍に関する問題こそスムーズに解決したが、そもそも最初からあのような連中は大した脅威ではない。一番肝心な『アル様をどうやって取り戻すか』、『ヴァロワ王家にいかにしてケジメをつけさせるか』という問題は、いまだに手つかずのまま我々の前に立ちふさがっているのである。

 とにもかくにも、今は目前の仕事から片付けて行かねばならない。わたしはまず大量に集まってきた義勇兵どもの大半をリースベンに帰し、それと同時に招集に応じてやってきた宰相派……いや、アデライド派諸侯軍の受け入れを進めていった。

 その甲斐あって軍の規模はどんどん膨らみ、あっという間に万の大台を超える。それはよいのだが、皆が三々五々にやってくるものだからなかなか軍の集結が終わらない。我々はしばし南部の街レマ市に滞在する羽目になった。

 アル様が敵の手に落ちた状況で、足を止めることを強いられるのは大変なストレスだ。しかし、焦って軽挙妄動を起こせば勝てるいくさも勝てなくなる。アル様を確実にお救いするためには、ここは耐え忍ぶしかない。

 そんな忍耐の日々を過ごしていたある日、わたしの元にある報告がやってきた。アデライドと近侍隊が、王軍の追撃から逃れレーヌ市から帰還したというのである。それを聞くや否や、わたしは処理中の仕事を放り出してアデライドの出迎えに急いだ。


「おかえり、というのも妙な話だが……とにもかくにも、皆が無事でよかった」


 レマ市の郊外に設営された、我々の仮設野営地。その片隅にある天幕の下で、わたしは開口一番にそういった。目の前には、アデライドと近侍隊の面々がそろっている。みな旅装姿で、全身埃まみれのひどい格好だ。もちろん、それを咎める気などさらさらない。彼女らが身支度をする暇すらも惜しんで旅を急いでいたことは想像に難くないからだ。


「……ああ、ありがとう。しかし……無事とはいいがたいな。なにしろ、私は一番守るべきものを守れなかった……」


 苦渋の滲む顔で、アデライドは首を左右に振った。その目の下には隈がある。かなりひどい顔だった。

 ひどい有様なのは、アデライドだけではなかった。ジョゼットをはじめとした近侍隊の面々や、天幕の外で控えているネェルまでが後悔と不安の入り混じった複雑な表情をしている。まるで突然に大黒柱を失ってしまった家の子供たちのような顔だった。


「すまん、ソニア。私のせいで、アルが……」


「ああ、まったくだ。まさか、よりにもよってアル様を奪われるなど。まったくもって許しがたい」


 悄然としたアデライドに対し、わたしは断固とした声でそう言った。これは、わたしの正直な気持ちである。女ならば、その身を犠牲にしてでも男を守れ。そう言ってやりたい気分がないといえば、ウソになる。

 むろん、アデライドが意図的にアル様を犠牲にしたとは思っていないがな。アル様の性格を考えれば、自ら率先して囮になったことは間違いない。しかしそれでも、武に生きる女としてはそれに救われた側の女に良い顔ができないのである。


「……しかしそれでも、貴様らが無事で戻ってこられたことは喜ばしい」


 そういって、わたしはアデライドを抱擁した。彼女に対して、思うところがないわけではない。しかしそれはそれ、これはこれだ。アデライドとて、同じ男を夫にする以上は姉妹のようなものなのだ。


「……ありがとう」


 一瞬身を固くしたアデライドだったが、すぐにほっと息を吐いて抱きしめ返してくる。彼女の背中を優しくたたいてから、ゆっくりと体を放した。


「諸君らも、よく戻ってきてくれた。困難な任務、ご苦労だった」


 わたしは視線を居並ぶ幼馴染たちへと向けた。彼女らひとりひとりと握手を交わし、そして天幕の外で待機していたネェルにも抱擁をする。アル様がいないからこそ、我々は団結せねばならないのだ。ネェルのトゲトゲしたカマを優しくなでてから、わたしは天幕の中へと戻った。


「みなには出来ればゆっくりと休んでもらいたいところだが、残念ながらそうは問屋が卸さない。これより始まる戦争は、一世一代の大いくさだ。万が一にも負けるわけにはいかぬ」


 アル様が演説するときの声音をまねつつ、わたしは居並ぶ面々を眺めた。そうだ、わたしたちは負けるわけにはいかない。内輪もめなどしている暇はないのだ。今回の件の責任追及などは、すべてが無事終わってからやればよい。

 そもそも、アデライドを責めるのならば、レーヌ市行きを止めなかったわたしも同罪なのだ。そういった部分も含め、戦後には様々な総括が必要だろう。しかし今は、とにかくアル様を取り戻し王家を倒すことだけに集中せねばならないのだ。


「ましてや今回の敵手はあの王軍だ。油断できる相手ではない。一人一人が全力を出し、団結してこれに当たらねばならん。わかっているな、みな」


「もちろん!」


 強い口調でそう応えたのはジョゼットだった。普段の昼行燈めいた態度からは考えられないほど、今の彼女の目には闘志の炎が燃えている。いや、それは彼女だけではなかった。先ほどまでは塩をかけられた青菜のような様子だった近侍隊の騎士たちが、今はこぶしを握りながらわたしの話を聞いている。おそらく、アル様を奪われた時の屈辱を思い出したのであろう。


「よぉし、その調子だ。心配せずとも、復仇の機会はくれてやる。存分に暴れまわらせてやるから、期待しておくように」


 そういってから、わたしは視線を天幕の外へと向けた。ネェルと目が合う。聡明な彼女にはわたしの意図などはお見通しなのだろう。彼女は薄く笑い、しっかりと頷き返してくれた。

 よし、よし。彼女のほうも大丈夫そうだな。私情を抜きにしても、彼女の無事は喜ばしい。カマキリ虫人の圧倒的な戦闘力は、対王家戦でもきっと頼りになることだろう。


「さて」


 戦闘要員への発破はこれくらいでよいだろう。問題はアデライドのほうだ。剣をもって戦えぬ彼女には、この手の檄は効果が薄い。実際、今の彼女の目に浮かぶ感情は奮起よりも後悔と申し訳なさのほうが勝っていた。


「アデライド。疲れているところに申し訳ないが、一休みする前に今日の定例軍議に出席してもらえるだろうか? 情報のすり合わせと今後の方針についての打ち合わせがしておきたい」


「あ、ああ、そうだな」


 自分でも、このままではいけないとわかっているのだろう。アデライドはコホンと咳払いし、しっかりと頷いた。


「むろん、逃避行の間も情報収集は続けていた。こうなったからには、王家を叩きのめさないことには話が前に進まないからねぇ……私も覚悟を決めたよ」


「いい意気だ」


 そういって肩をたたいてやると、アデライドは小さく笑った。ぎこちない笑顔だが、こわばった表情よりはマシだろう。


「アル様が御戻りになられるまでは、わたしと貴様が二人三脚で事に当たらねばならん。ともに戦おう、相棒」


「むろんだ」


 やっと、アデライドの声に力が戻ってきた。わたしは内心ほっとため息を吐く。アル様は、自然とみなを奮起させるすべを心得ていた。しかし、わたしはそうではない。とにかく、頭を絞り気を遣う必要があった。正直、わたしには荷が重い仕事である。

 しかし、荷が重いと思うこと自体が今までのわたしの怠惰を示している。本来であれば、この重荷はわたしとアル様が力を合わせて背負うべきものだったのだ。その責任を放棄し、すべてアル様に任せてしまったことがわたしの誤りなのだろう。

 ……考えようによっては、今回の件はいい機会なのかもしれん。今こそ、自分の力で立ち上がる時なのだ。この機会をばねにして、アル様の隣に立つ女にふさわしい人間になって見せるとも……!

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