第602話 くっころ男騎士と近衛騎士団(1)
ロリババアの助言は的確だった。見張りの騎士殿に『王都内乱で世話になった近衛騎士に礼を言う機会が欲しい』と頼むと、彼女は快く応じてくれたのだ。
まったく、あの手詰まり感はなんだったんだろうね? やはり、餅は餅屋ということか。ことこの手のやり口に関しては、僕は一生あのババアに勝てる気がしない。まあ、生きている年月が違いすぎるので勝とうと思うこと自体が誤りなのだろうが。
それはさておき、話のほうはトントン拍子に進んだ。打診を送ったその日のうちに、茶会への招待状が届いたのだ。主催者はどうやら近衛騎士団の幹部のようである。茶会は二日後の昼、王都郊外の騎士団駐屯地で開かれるとのことだった。
「お待たせいたしました。さあ、こちらに」
そして二日後。僕は近衛の手配した馬車に乗せられ、久方ぶりに王城の外へ出た。正直、茶会ごときの用件で外出を認めてくれるというのはかなり驚いたね。まあ、周囲を近衛が固めている状況だから、逃亡の心配はまったくないのだろうが。それにしても虜囚とは思えぬ好待遇である。
馬車に揺られることしばし。道中の王都の景色を見て、僕はひそかにため息を吐く。白昼の王都は、僕の記憶にある景色と変わらぬ喧騒に包まれていた。戦時下めいた気配などは、まだ微塵も感じられない。賑やかで平和で騒がしい、美しい街。ああ、両親は無事だろうか。一人息子が朝敵になってしまったのだ。たいへんな心配と苦労を掛けていることだろう。これほど心苦しいことはない。
……いや、問題はこの後か。場合によっては、リースベン軍を含む宰相派の軍勢がこの王都を包囲するような事態すら起こりえる可能性があるのだ。故郷を自らの手で燃やさねばならないかもしれないと思うと、己をひっぱたきたい気分になってくる。
どこで道を誤ってしまったのだろうか? 後悔は尽きないが、今はそんなことを考えている場合ではない。現在の僕の最優先事項は、王都ではなくリースベンなのである。領主として、軍人としての義務を果たすことを第一に行動すべきだ。
「お待たせいたしました」
そんな暗い思考をつらつらと弄んでいたら、いつの間にか目的地に到着していた。馬車が止まったのは、王都の外縁を囲む外壁の向こう。田園地帯の中におかれた小さな駐屯地の前だった。門の前には、『王立近衛騎士団・第三練兵場』と書かれた大看板が置かれている。
小さくも立派な鉄製の門をくぐって駐屯地の中へ入る。敷地内に設けられた運動場では、十名ほどの騎士が馬術の訓練をしていた。彼女らの威勢のいい掛け声をBGM代わりに聞きながら、木造二階建ての本棟へと向かう。本棟とはいってもそれほど大きな建物ではなく、事務所に毛が生えた程度の施設だった。
「おお、いらっしゃいましたか。ようこそ、ブロンダン卿」
応接室に通された僕を出迎えたのは、数名の騎士を従えた中年の竜人だった。その声と顔には覚えがあった。近衛の騎士団長、クロティルド・デュラン殿だ。こいつは、予想していた以上の大物が出てきたな。少しばかり驚きつつも、僕は被っていた帽子を脱いでうやうやしく一礼した。
「お久しぶりです、閣下。この度はお招きいただきありがとうございます」
まさか、突発的な茶会に団長殿が出てくるとは。いや、確かに王都内乱の際には彼女とも共闘しているがね。しかし、今は一応戦時下だ。近衛騎士団長といえば王家守護の総責任者だから、たいへんに忙しい日々を送っていることは間違いない。そんな人物がこんな催しに参加するというのは……何かしらの裏事情を感じずにはいられないな。
こんな時に限ってダライヤがいないんだもんなぁ……。僕は内心ボヤいた。あのロリババアは王城でお留守番をしている。別に、慢心から彼女の同行を拒否したわけではない。そもそもダライヤは王都内乱に参戦していないから、今日の茶会には参加資格がないのである。僕の従者ということにしてなんとか強行しようとしたが、さすがにそれは認められなかった。
「本当に久しぶりですな。まる一年ぶりといったところでしょうか……しかしまさか、こんな形で再会する羽目になるとは思いませなんだ。正直、かなり不本意ではありますな」
「同感です」
一年前の内乱では、我々は味方同士だったのだ。それが今や、真正面から槍を向けあう関係となっている。僕としても、どうしてこうなったと言わざるを得ない。……まあ、槍を向けあうとはいっても僕は捕虜の身だから、握る槍なぞないわけだが。
「お互い、積もる話はあるでしょう。しかし、せっかくの機会ですから。ひとまずは席に座り、お茶を楽しむことにしませんか」
皮肉げに笑いつつ、団長殿は僕に椅子をすすめた。もちろん断る理由もないのでそれに従う。すぐに従者がやってきて、我々の前に湯気の上がる香草茶のカップとスコーンを置いていった。退出する従者の背中を見送ってから、僕はゆっくりとカップに口をつける。ここしばらくですっかり飲みなれた、王室御用達の高級茶葉の味だった。
「結構なお点前で」
「お口に合うようでしたら幸いです」
短く社交辞令を交わした後、我々の間に沈黙のベールが下りた。さあて、どうしたものか。一応、今回の茶会の趣旨は先の内乱を振り返る会ということになっているが……そんなものは、所詮名目に過ぎないのである。本題はあくまで、王室の現状を問いただすことにある。
そのうえ、向こうは向こうでそれなりの思惑がある様子だからな。さあて、どうしたものか……。本来であれば建前を守りつつジャブの応酬で向こうの出方を見るのが常道だろうが、そんな迂遠なやり方は僕には全く向いていない。ここはいっそ、単刀直入に突っ込んでいったほうがいいかもしれん。困ったときはまずチェストって前世の剣術の師匠も言ってたしな。
「自分はともかく、閣下のほうはお忙しい身でしょう。貴重なお時間を無駄にするわけにはまいりませんから、さっそく本題に入らせていただきます」
その発言を聞いた団長殿は少し驚いたように目を見開き、そして小さくため息を吐いてから隣にいるお付きの騎士に目配せした。
「どうやら賭けは貴様の勝ちのようですな」
「むっふふふ! 言ったでしょう! 彼は前置きや建て前なんて即座に投げ捨てると!」
近衛騎士らしからぬ声音で大笑いするお付きさん。……おや、この声音はなんだか聞き覚えがあるぞ。
ああ、思い出した! 共闘の際、僕に対して「うちにきて弟をファックしていいですわよ!」などというとんでもない発言をぶつけてきた不良騎士だ!
「……賭けの対象になってたんですか? 僕」
「申し訳ありませんが、その通りです。この頃は不愉快な仕事ばかりでしてね。戦友たる貴殿が相手であれば、少しばかり羽目を外しても良いかと思いまして」
「まあ、ハメを外すよりもハメられるほうが好みですけれどもね! うっふふふ……あいたっ!」
お嬢様めいた言葉遣いで下品極まりない発言をするお付きさんの頭を、団長殿は無言で殴りつけた。バコンというよい音が応接室に響く。
「ちなみに、どのような内容で賭けていたのか教えていただいても?」
「いいでしょうとも、貴殿にはそれを知る権利があります」
まじめ腐った顔で騎士団長殿は頷いた。あえてこんな表情をするあたり、彼女は案外茶目っ気のある性格なのかもしれない。
「とはいっても、それほど複雑なものではありませんよ。ただたんに、貴殿がどのタイミングで建て前を捨てるかを賭けていただけなのですから」
「建て前、ですか」
「ええ。去年の内乱を振り返る云々の話です」
ああ、やっぱりか。案の定の展開に、僕は肩をすくめるしかなかった。やはり、団長殿はこちらの思惑などお見通しのようだった。
「去年の内乱よりも、今年の内乱のほうがよほど喫緊の課題です。我々も、そしてブロンダン卿も、この程度の優先順位がつけられないほど愚かではない。そうでしょう?」
「流石は近衛の長、お見逸れいたしました」
ここまで読まれているのならば、いまさら余計な言葉を重ねる必要もあるまい。僕は大きく深呼吸してから、次に口に出すべき言葉を慎重に吟味した。




