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第598話 盗撮魔副官と義勇兵たち

 ヴァール軍は知らぬ間に壊滅していた。あまりにショッキングすぎてしばらく布団にこもりたくなるような事実であったが、何はともあれ目の前の障害は消え去ったのである。代理とはいえ総司令官であるわたしには、次の戦いに備えた準備をする義務があった。

 ひとまず、わたしは防衛配置についていた部隊に警戒解除を命じ、そして勝手にレマ領へと越境していたエルフ集団との合流を命じる。エルフ連中は放置していると何をしでかすかわかったものではない。早急に首輪をつけてやる必要があった。


「人の獲物を勝手に横取りするとはいい度胸だ! ふざけた真似をしやがって……」


短命種(にせ)風情が雄々しかことをいうじゃらせんか。獲物は早か者勝ちが森ん掟ぞ」


 合流自体はスムーズに進んだが、そのあとはトラブルが頻発した。リースベン軍の兵士たちと新参エルフどもの間でトラブルが頻発したのだ。

 まあ、これはある意味当然のことかもしれない。兵士などというものはもともと荒くれの集まりだし、ましてや今は皆に慕われていたアル様がさらわれ気が立っている者も多い。勝手な真似をしたエルフどもに突っかかっていく命知らずも少なからずいた。

 むろん、対するエルフも言われるばかりではない。わが軍の野営地には、刃傷沙汰が起こりかねないような不穏な空気が流れ始める。


「リースベンに住まう民は、種族の区別なく皆リースベン人なのだ。同胞同士で剣を向けあうくらいならば、もっと建設的な方向で競うがいい。たとえば、挙げた敵の首級の数とかな」


 それらを収めるべく、わたしはまさに東奔西走した。リースベン人うんぬんはアル様が時折口にされていた『国民意識』なる考え方をもとにした口から付け焼刃の理論だったが、それでもなんとか兵士どもは矛を収めてくれた。私自らが一兵卒のもとに出向き、説得を行ったのが功を奏したのかもしれない。

 まあ、わたしとしてもここは必死だ。なにしろ、我らの本陣には宰相派の主要な諸侯がそろっている。この肝心な時に、結束が乱れている姿を見せるわけにはいかなかった。


「お待たせいたしました、ソニア様。たいへんな遅参、もうしわけございません」


 そうこうしているうちに、ジルベルトの部隊も到着する。ライフル兵一個大隊、アリンコ重装兵一戸中隊、山砲一個中隊からなるわが軍の中核部隊だ。彼女らとの合流により、わが軍は完全編成状態となる。戦力的な不安はこれで完全に解消されたわけだ。


「なあに、気にするな。結局、我らはまだ一発の銃弾も消費していないしな」


 笑顔でジルベルトを迎えつつ、わたしは内心安堵のため息をついていた。わたしの手元にあった戦力は、新兵器を装備した信頼性の怪しい部隊ばかり。このような海のモノとも山のモノとも知れぬ武器は、実践証明済みのキチンとした兵器と併用せねば安心できないのである。


「もっとも、楽しみにしていた新兵器の実戦試験ができなかったのは残念だがな。ヴァール軍ならば、後装式鉄砲じゅうほうの試し撃ちの相手としてはちょうどよかったろうに」


 森で野良エルフ集団に襲われたヴァール軍は悲惨な末路を迎えた。現地の領主であるレマ伯ジェルマンによれば、逃亡兵のたぐいすらほとんど確認されていないという。森の奥で知らぬ間に起きていた惨劇に、ジェルマン伯爵の顔色はたいへん悪かった。

 ……どう考えてもこの件は我々リースベン勢が悪い。ジェルマン伯爵には、しっかりとした謝罪と賠償をしておいた。今や我々は事実上の陣営盟主だが、だからといって傲慢な組織運営をしていてはあっという間に結束が乱れてしまう。新興ゆえの地盤の弱さは、我々の明白な弱点だった。もっとも、敵対する王室派のほうも結束に関しては怪しい部分があるのだが……。


「頼もーう! 我らルンダ氏族郎党衆、若様救出んためん援軍として参った!」


 それはさておき、増援としてやってきたのはジルベルトの部隊ばかりではなかった。王国の宰相派貴族の率いる諸侯軍と……そして、リースベンの蛮族連中なども三々五々に集まってきたのである。

 前者は予定通りだったが、後者に関しては完全に想定外である。どうやら、わたしがネズ他の野良エルフどもを義勇兵として認めた一件がどこかから漏れたらしい。連中が良いのならば自分たちも、とばかりにエルフやらアリンコやらが生業を放りだして参陣してきたのだ。これにはわたしもだいぶ参ってしまった。


「ちょっとちょっとちょっと、これはだいぶ不味いですよ」


 この世の終わりのような顔をした兵站将校から泣き言が飛んでくる。正直、わたしも泣きたい気分だった。なにしろ、我々のもとに集まってきた"義勇兵"の数は、エルフだけでも千人を超えていたのである。アリンコ、鳥人などを含めれば、増強連隊を編成できそうな兵力が無から湧いてきていた。

 とくにエルフがこれほど集まってきたのはさすがに予想外だった。リースベンに住むエルフの人口は三千人余りと言われているから、その割合は三人に一人……いや、もともとリースベン軍に属しているエルフ兵を含めれば、二人に一人ものエルフがこの戦いへの参戦を望んだことになる。動員率としては空前絶後の数字だった。


「この状態では、軍をひとところにとどめておくのは困難だな。動き続けねば、その地域の食料を食い尽くしてしまう……」


 しかし、軍事的に見れば兵力の増大はメリットばかりを生むわけではない。軍の規模が拡大するにしたがって、様々な問題も出てくるものだ。その中でも特にわかりやすくて顕著なのが、物資の消費量の増大だった。

 ようするに、糧食が足りなくなったのである。わたしは慌てて進軍計画を立て始めた。備蓄食糧が足りなくなれば、徴発や市場からの購入に頼るほかない。しかし今のように山道の途中に布陣していては、それすらままならないのである。早急に人里に出る必要があった。

 まあ、そうでなくともこんな場所でチンタラしている場合ではない。なにしろ、事態は一刻を争うのである。急ぎで進発の準備を整える。



「おい、貴様ら。助太刀は助かるが、さすがに集まりすぎだ。お前たちはリースベンにいったん戻れ」


 そんな準備の最中にも、わたしはエルフ義勇兵に向けてたびたびそう語りかけた。千名ものエルフ兵など、統制できる自信がない。さらに言えば兵站への負荷もとんでもないことになってしまうし、そもそもリースベン本土からこれだけの数のエルフを引き抜くのも反対だった。

 なにしろ、彼女らの大半は本来ならば剣ではなく農具を握るべき者たちなのだ。リースベンの食料事情を考えれば、こんな数の農民を徴兵するなど冗談ではない。さもないと今年の芋の収穫高が悲惨なことになってしまう。


「アルベールどんをお助けすっまではそげんわけにはいかん! ここで立たんほど我らエルフは恩知らずじゃなか!」


 ところが、エルフどもはなかなか首を縦に振らない。彼女らはとんでもなく野蛮だが、それでいて存外に情に篤い種族なのだった。正直に言えば嬉しさ、頼もしさを感じないわけではないが、それはそれとして有難迷惑には違いなかった。


「気持ちはありがたいが、畑を放り出してしまうのはいかがなものか。あと二か月もすれば、芋の収穫時期ではないか。それまでの世話、そして収穫そのものを……どうする気なのだ?」


 エルフの大好物、芋を持ち出して説得を試みるが、彼女らは頑として首を縦に振らなかった。


「芋畑は、短命種(にせ)ん農民らが面倒を見てくるっことになっちょい。安心せい!」


「アルベールどんの危機じゃと説明したや、みな快う引き受けてくれたぞ!」


 ……くそ、農村の開拓民らもグルなのか! 竜人(ドラゴニュート)の開拓民と原住民エルフの間には相変わらず深い溝があるが、アル様はそのどちらからもたいへんに慕われている。

 なにしろ、あのお方は暇さえあれば農村を回り、農民たちとひざを突き合わせて話をし、時にはそこらの民家で一夜を明かすこともあるような人なのだ。その人徳が、この緊急時にいたって開拓民と蛮族らの間で一時の架け橋となったらしい。

 感動的な出来事だが、それによって発生する諸問題はすべてわたしの肩にのしかかってくる。こういうことは、いったん我々に相談してから実行してもらいたいところだった。


「お(はん)らの志はようわかった。お(はん)らのような義侠心ん持ち主こそ、まさにエルフん理想ん在り方じゃ」


 困り切ったわたしに助け舟を出してくれたのは、フェザリアだった。彼女は皇女らしい威厳ある態度で、"新"も"正統"も問わずすべてのエルフ兵らに語りかける。


「だが、外征ばっかいが兵子(へご)ん役割じゃなか。むしろ、そん本分は男子どんが安心して暮らすっ場所を守っことにあっとじゃ。アルベールは誰よりも女々しかが、そいでも男は男。そん帰る場所を守っとも、おなごであっお(はん)らの仕事じゃなかとか?」


「フェザリアの言うとおりだ。先のヴァール軍の件を思い出せ。奴らのような卑しい火事場泥棒は、決して少なくないのだ。そのような者どもの備えとして、リースベンにはそれなりの守備戦力を残しておかねばならぬ」


「むぅ、確かにそれももっともじゃが……」

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