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第587話 くっころ男騎士の決闘(2)

 マリッタを相手に回して始まった一騎討ちは、僕が初撃を外したことによりあっという間に劣勢へと傾き始めた。まあ、当然と言えば当然のことかもしれない。初見殺しは初見ではない相手には通用しない、当然のことだ。むろん僕もそんなことは最初から理解していたから、一瞬の速度で上回り先手を取る策に出たのだが……やはり、地力の面ではマリッタの方が一枚……いや、二枚以上上手だったのである。


「流石というほかないな、この槍術は……!」


 目にもとまらぬ連撃をサーベルでなんとか防ぎつつ、僕は賞賛の言葉を口にした。実際、マリッタの槍の腕前は尋常なものではない。王都の武術大会に出場しても、十分に優勝が狙えるレベルにある。白兵戦で彼女に優勢を取れるのは、ソニアやアーちゃんといった化け物級の天才だけだ。そして僕の剣の腕前は、残念ながらその水準に達していないのである。


「伊達でッ! 姉上の妹をやっているわけではないのだッ!」


 吠えるような声でそう返しつつ、マリッタは更なる猛攻を加えてくる。なんとか防戦を続けるが、ジリジリと後退していくことは避けられなかった。おまけに、身体強化魔法のタイムリミットも迫っている。強化が切れれば反撃に転じることはもはや不可能になるだろう。強烈な焦燥が僕の脳を焼くが……。

 ……危ない盤面ほど、焦りは禁物。そんなことは基本のキだ。僕は呼吸を整えつつ、マリッタの連撃を防ぎ続けた。刃と刃がぶつかり合うこと十二合、マリッタの右足に力が籠るのが視界の端に映った。


「これで終いだ……ッ!」


 鋭い風切り音と共に、鋭い穂先が僕に迫った。鋼色の刀身に月光が反射してギラリと煌めく。すぐにサーベルの動きを合わせ、穂先を絡めとって軌道を逸らそうとするが……マリッタの目的はむしろ僕の防御を誘うことにあった。槍の切っ先がわずかに動き、僕のサーベルの刀身の真ん中を打ち抜く。鋭い金属音がして、サーベルが吹き飛ばされた。


「かかったな、アルベール!」


 歓喜の笑みを浮かべるマリッタ。なるほど、先ほどまでの単調な打ち合いは僕から武器を奪うための布石だったらしい。マリッタは考えなしの猛攻を仕掛けてくるような猪武者ではないのだ。この程度の罠を仕掛ける程度は平気でやってくる。


「……!」


 とはいえ、こちらもマリッタとは長い付き合いだ。彼女の狙いは既に読めていた。僕は宙を舞う愛剣をまるで無視し、痺れるような痛みをこらえつつ腰のリボルバーに手を当てた。マリッタが一歩踏み込み、最後の一撃を放とうとしている。乗馬ブーツが地面を踏みしめる音が、やけに大きく聞こえた。


「幼馴染はお前だけの専売特許ではない……!」


 握りなれたグリップをぐっと掴み、そのまま引き金を引く。この拳銃はシングルアクションだから、引き金を引いただけでは撃発しない。引き金を引いたままホルスターから抜き、腰だめに構える。こちらに迫る槍の穂先が、妙にスローモーションになって見えた。僕は息を止めたまま、左手のひらで拳銃の撃鉄を弾く。乾いた発砲音とほぼ同時に、マリッタの愛槍の穂先が砕け散った。


「ぐっ……!」


 たんなる木の棒と化した槍が、僕の胸に突き刺さった。凄まじい衝撃に、肺にためていた呼気が喉からあふれそうになる。後ろに向かってたたらを踏みつつも、僕は左手をパーにして人差し指から小指までを順番に使って瞬時に四回撃鉄を弾く。ファニングというガン・テクニックだ。


「グワッ!?」


 四連続で発射された拳銃弾は、狙いたがわずマリッタの胴鎧へ命中した。小銃弾も弾く魔装甲冑(エンチャントアーマー)だから、もちろんその弾丸が貫通することはない。しかし、衝撃までは無効化できないのだ。槍を振りぬいた直後のマリッタでは、この衝撃を受け流すことは不可能だった。彼女は転倒こそしかなかったものの、明らかにバランスを崩してしまう。

 しかし、これを好機とみて反撃にかかるのは悪手だ。甲冑を着込んだ竜人(ドラゴニュート)は人間サイズの城塞のようなものであり、肉弾戦で勝利するのは容易なことではない。しかも、相手はあのソニアの妹なのだ。僕は、この隙をさらなる追撃に用いることにした。腰のベルトに差していた短剣をマリッタに投げつけたのである。


「アバババーッ!!」


 ビリビリと耳が痛くなるような音と共にマリッタが感電した。投げつけた短剣の正体は、僕が以前アーちゃんから貰った雷の魔法が込められたものだったのだ。甲冑と言えどしょせん金属、熱気や冷気は防げても電気は素通ししてしまうのだ。


「……キエエエエエエエッ!!」


 今度こそ勝負を決める時! 僕はぐっと姿勢を低くし、のまま全力で地面を蹴りけってマリッタの下半身に向けタックルを繰り出した。拳銃から生じた白煙が良い目くらましになり、彼女はこの攻撃に対処しきれない。


「ウワッ!?」


 マリッタは下半身に全力突撃を喰らい、流石に転倒した。。ガシャンと音を立てて地面に叩きつけられる彼女に、間髪入れずに関節技を仕掛けに行く。相手を殺さずに倒すには、寝技で締め上げるのが一番なのだ!


「また寝技ですか!! 貴方はいつもいつもそれだ! 鍛錬の時だって!」


 叫び声を上げながら抵抗するマリッタ。一九〇センチオーバーの肉体が暴れまわるものだから、拘束するのも一苦労だった。とはいえ、強烈な電撃を喰らった直後ということもあり、その抵抗は全力とは言い難い。僕は難儀しつつも彼女の兜を投げ捨てることに成功した。兜をかぶったままだと、首を狙いに行けないのだ


「ハワーッ!?」


「しゃあないだろうが! こっちは体格でも膂力でも負けてるんだ、勝ち筋はサブミッションしかない!」


「んぐぐぐ……ふざけないでもらいたいですね! 貴方のその寝技ばかり使う戦闘スタイルのせいで、思春期自体のワタシがどれほど試みだされたか……というか痛い痛い痛い!」


 暴れつつ叫ぶマリッタの口調は、気付けば以前の物に戻っていた。追い詰められて、素に戻ったのかもしれない。少しばかりほっとしつつ、僕は彼女の首鎧の隙間に腕をねじ込んだ。


「知らんわ! オラァ!」


「きゅっ」


 頸動脈を締め上げれば、竜人(ドラゴニュート)といえど十秒ほどで失神する。バタバタと暴れていたマリッタだったが、あっというまに抵抗が弱まり全身を弛緩させた。それとほぼ同時に身体強化魔法の効果時間が切れ、僕の肉体に強烈な疲労感が襲い掛かる。……はあ、ダレた。しかし、この頃の一騎討ちは決まり手が関節技ばかりだな……。


「ぬふふ、流石じゃのぅアルベール」


 いつの間にか寄ってきたダライヤが、手を差し出してくる。それを掴み、僕はフラフラと立ち上がった。そして兜の下で難儀して笑顔を顔に張り付け、バイザーを開ける。笑顔のまま、僕はあっけにとられるスオラハティの騎士たちに挑戦的な視線を向けた。


「見ての通り、君たちの大将殿はこうして討ち取られたわけだが」


 目を回してぶっ倒れたままのマリッタを一瞥し、僕は笑みを深める。正直に言えばたいがい僕も限界なのだが、このまま退くわけにもいかない。というか、退かせてくれないだろう。ならば、最後までせいぜい暴れてみせるまでだ。まぁ、半分くらい自己満足みたいなもんだがね。……ただし袋叩きは簡便な!


「復仇戦がお望みならば、誰の挑戦でも受けようじゃないか。どうだ、諸君。このアルベール・ブロンダンを倒し、武名を挙げたい者はいるか!」


「マリッタ様の汚名は私がそそぐ!」


「手前じゃ力不足だ、ひっこんでろ! ここはアタシが……」


「どけ! アル様の相手は私だ! 御屋形様や色ボケ王太子に汚されるくらいなら、この私が……!」


 なにしろ相手はプライドの高い精鋭騎士たちだ。挑発してやれば簡単に引っかかってくれる。おそらく、むこうとしてももはやアデライドの追撃は既に眼中にないのだろう。僕は内心ホッとしつつ、地面に転がった愛剣を拾い上げた。


「誰が相手でも構わんさ。さあ、この僕に『くっ、殺せ!』と言わせられる者はどこだ!」


 こうなったら、もうヤケだ。ニヤリと笑うと、脇腹をダライヤに小突かれた。その顔には何とも言えない複雑な感情が渦巻いている。どうやら、僕がダライヤを庇うために挑発めいたことを言っているのだと気づかれてしまったようだ。


「なに、僕はそうそうなことでは殺されないさ。安心しろ……」


 どうせ、騎兵隊全員を相手に勝利するなど不可能なのだ。出来るだけ被害が少なくなるように足掻き続けるというのが、僕に残された最後の任務だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 試みだされたか→心乱されたか
[一言] あ、こいつも性癖破戒されてんのか
[良い点] こっこの…… まあ…… うん…… いいぞもっとやれ
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