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第586話 くっころ男騎士の決闘(1)

 僕はサーベルを、マリッタは短槍をそれぞれ構え、月夜の草原にて相対する。ギャラリーは一個中隊ぶんの騎士たちとロリババア。なんとも豪華な舞台だ。僕は兜の下で小さく安堵の息を吐いた。マリッタは躊躇なく一騎討ちを受けてくれた。追跡用の斥候すら放たず部隊を停止させた当たり、彼女にはもはやアデライドを追撃する意志はないと見える。ひとまず、僕は最低限の目標を達成できたということだ。

 ……つまり、マリッタにとってはアデライドなどは早々に見切りを付けられる程度のオマケの目標だったということか。あくまで本命は僕だけだったということであれば、なんとも買い被られたものだ。まあ、こちらとしては有難いがね。

 僕が脱落したところで、ソニアとアデライドが揃っていればリースベン軍は問題なく戦争を遂行できる。そのために、わざわざアデライドに「助けを待っている」などという情けない伝言を頼んだのだ。これで各将兵が奮起してくれる程度の人望は、僕にだってあるだろう。少なくとも対王家戦のうちは、リースベンはまとまっていられるはずだ。


「ワタシと貴様の仲だ。一騎討ちの口上など、もはや必要あるまい」


 穂先を地面すれすれの高さまで下げた独特な構えを維持しつつ、マリッタは静かな声でそんなことを言う。まあ、確かに今さら名乗りが必要な相手でもあるまい。マリッタ本人はもちろん、そのほかの騎士たちすら僕にとってはまったく見知らぬ相手という訳ではないのだ。僕は無言で頷き、マリッタを静かに見つける。

 頭の中では、彼女をどう攻略するべきか、という思考が渦巻いていた。なにしろ相手はソニアの妹だ。当然ながら、容易に勝てる相手ではない。もちろん、流石にガレアでも三指に入るほどの天才剣士であるソニアと比べれば、マリッタの実力は一枚落ちるのは確かだ。しかしそれは比較対象が悪いだけで、単体でみれば彼女も十分天才の部類に属している。

 おまけに、得物の差も大きい。こちらの武器は、本来片手剣であるサーベルを両手持ち用に改造しただけの代物だ。対して、マリッタの得物は短槍だった。短いといってもこれは長槍と比べてのことであり、その柄の長さは二メートルを軽く超えている。リーチの差は圧倒的だ。つまり、僕は戦闘力でも得物でも不利な状態にある。いやはや、参ったね。


「御託はいい。さっさとやろうじゃないか」


 自らの迷いを断ち切るように、僕は端的にそう言った。考えれば考えるほど僕が不利な勝負だが、まあ別に構いはしない。『迷うた時はまずチェスト』、前世の剣の師匠の口癖だ。あれこれ考えるよりは、いっそ死中に活を求めたほうが話が早い。


「ふん……なるほど、貴様らしい」


 短槍を握るマリッタの手に力が籠った。僕は口を一文字に結び、すり足でゆっくりとマリッタに接近する。子供の頃は彼女とも幾度となく試合をやったものだから、その手管に関してはよく理解している。マリッタの槍捌きはまさに電光石火だ。先手を取られればリカバリーはまず不可能、やはり最初の一撃で打ち倒すのが最適解に違いない。

 もっとも、手の内が読まれているのはこちらも同じこと。こちらが一撃必殺にすべてを賭けていることは彼女も承知しているだろう。そもそも剣技自体が初見ではないのだから、初見殺しが通用しないのは当然のことだ。


「……」


「……」


 両者無言のまま、ゆっくりと距離を縮めていく。風の音、観衆のざわめき、ありとあらゆる音が意識の外へと追いやられていった。真剣の立ち合い特有の、感覚が研ぎ澄まされていく感覚だ。意識の中にあるのは相手と自分と、そして足に絡みつく草の感触のみ。……ああ、草が鬱陶しい。速度勝負をするには、この土地は足元が悪すぎる。


「キィエエエエエエエエエエイ!!」


 間合いが槍の届く範囲に入る直前、僕は猿のごとき絶叫を上げながら地面を蹴った。強化魔法を使った上の、全力の踏み込み。そのまま、大上段に構えていたサーベルをマリッタに向けてまっすぐ振り下ろす! それを迎撃すべく彼女の槍がさっと動いたが、その穂先が僕を捉えるよりも、こちらの刃が彼女を両断する方が早い――


「なんて速さだ! 槍使い、それもあのマリッタ様が剣士に先手を取られるとは……!」


「あれがソニア様を魅了した神速の斬撃、噂以上だな」


 観衆が何かを言っているが、僕はお構いなしに剣を振りぬいた。むろん、相手を殺す気の一撃だった。脳裏に一瞬ソニアやカステヘルミの顔がよぎったが、僕はあえてそれを無視した。マリッタは殺す気でかからねば勝ち目のない相手だし、そもそもここで手加減をするのはマリッタに対しても失礼だ。真剣勝負である以上、こちらも全力をもって応えねばならない。それが騎士としての礼儀だ。


「ふっ!」


 とはいえそもそもの話、マリッタは初撃で一刀両断できるほど甘い相手ではないのである。彼女は短く息を吐き出しながら、バックステップで僕の一撃を回避する。サーベルの切っ先が兜のバイザーに当たり、熱したバターのように容易く切り裂いた、留め具が外れ、マリッタの顔が露わになる。その顔には、獰猛な笑みが張り付いていた。


「ちぃッ!」


 僕の剣技は一撃必殺を前提に組み立てられている。初撃を躱された以上、こちらの不利は決定的だった。思わず舌打ちが漏れるが、半面僕の心中には義妹を殺めずに済んだ安堵が広がった。心が二つあるような気分だ。


「甘く見るなよ、アルベール!」


 ドスの効いた声で叫びつつ、マリッタは後退と反撃を同時に実行した。素晴らしい速度で短槍が跳ね上がり、鋭い穂先が僕に向かって飛んでくる。


「くっ!」


 身をよじり、肩当の装甲で槍を受け止めた。自動車と正面衝突したような衝撃が全身に走り、僕は吹き飛ばされてしまった。空中で足を跳ね上げて姿勢を制御し、ギリギリのところで着地を成功させた。無様に地面に転がるようなことがあれば、立ち上がる前にとどめを刺されてしまう。着地をしくじるわけにはいかなかった。


「クソ痛ェ」


 遠慮会釈のないその一撃は、甲冑で防いでなおなかなかのダメージをもたらした。肩が外れてないのが奇跡だ、などと思いながら、僕は何とかサーベルを構えなおす。


「おい、聞いたか……笑ってるぜ」


「怖すぎる、なんなんだあいつは」


 観衆共は相変わらずうるさいが、僕にはそちらに気を払っている余裕などなかった。マリッタの攻撃はまだ終わってなかったからだ。一瞬にして後退から攻撃に転じた彼女は、鋭いステップで僕に肉薄してくる。ひゅおんと風を切る音がして、槍の穂先が電撃のような勢いでこちらに向かってきた。


「ヌゥ……!」


 なんとかサーベルでそれを弾くが、マリッタの槍捌きは尋常ではなく早い。反撃に転じる間もなく、第二撃が飛んでくる。これもまたなんとかサーベルで防ぐが、マリッタの猛攻は止まらない。


「初見の立ち合いならばワタシが負けていた……だが、貴様はワタシの幼馴染だッ!」


 マリッタが吠え、更なる追撃を繰り出してくる。こうなるともう、僕としては防戦一方だ。しかも、こうしている間にも身体強化魔法のタイムリミットは迫っているのである。只人(ヒューム)の筋力では、竜人(ドラゴニュート)に白兵戦で対抗するのは至難の業だ。強化が切れればもはや僕に勝機はないだろう。


「この剣技に、初太刀を躱せば楽勝なんて風評を付けるわけにはいかんのでな……! ひっくり返させてもらうさ」


 そう言い返しつつも、僕の額には冷や汗が滲んでいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 時間稼ぎは達成しているのでマリッタに勝つ必要はないのですが、それでも殺す気で戦うところが熱いですね。 「もはや勝敗などどうでもいいのだが、この昂りはクセになりそうだよ」という名台詞を思い出…
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