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第583話 シスコン系妹とくっころ男騎士

 ワタシ、マリッタ・スオラハティは複雑な気分を抱え軍馬を駆っていた。ワタシは、アルベールは既に市外へと逃れているのではないか、という仮説を立て街の外に監視網を敷いていた。その予想は的中し、今や彼と彼女らは袋の鼠となりつつある。捕縛も時間の問題だろう。


「……」


 ここまでは予定調和だ。さしものアルベールも、ここまで不利な状況では取れる選択肢は限られている。それでもキッチリ最前の手を打ってくるのが彼という男だが、こちらは向こうの何十倍ものマンパワーがあるのだ。その上相手は腐っても幼馴染なのだから、その手の内もある程度は予想できる。詰めにかかるのはそう難しいものではなかった。

 とはいえ、問題はこれからだ。アルベールは極めて優れた騎士だし、その配下の騎士たちも王室近衛隊なみの練度を誇っている。下手な追い詰め方をすれば、窮鼠猫を嚙むような事態になることは想像に難くない。出来ることならば、一人の部下も傷つけずに事態を収束させたいのだが……。

 この部下を傷つけたくない、という願いは心情的な部分はもちろんあるが、それ以上に実益的な要素も多大にあった。今のワタシの配下はスオラハティ家における反アルベール派閥の選抜者たちだ。ここで大きな被害を被れば、相対的に親アルベール派閥の勢力が大きくなってしまう。今回の件で、間違いなくスオラハティ家は分裂することになるだろう。その"内紛"に勝利するためには、こんなところでむやみな損害を出すわけにはいかなかった。


「マリッタ様、殿下はアルベールを無傷で保護せよと仰せでしたが……いかがしましょう? このタイミングであれば、事故という形でヤツを葬ることも不可能ではないとは思いますが」


 ワタシの隣を並走する副官が、そんなことを言ってきた。事故という名目でアルベールを殺害する……そういう選択肢は、もちろんワタシの頭の中にもあった。なにしろ彼は姉上をたぶらかし道を誤らせた張本人であるわけだし、そもそあれほどの軍事的天才を相手に手加減をすること自体が正気の沙汰ではない。殺す気でかからねば勝てるいくさも勝てなくなってしまう。しかし……


「傷を負わせるのはいい。しかし、殺すことはまかりならん」


 苦い声で、ワタシはそう応える。アルベールを殺すという選択肢は取れなかった。それをやってしまえば、あの色ボケ王太子が激怒することは間違いない。宰相派との大内戦、そしてスオラハティ家内の小内紛に対処せねばならないワタシにとって、彼女との協力関係は命綱のようなものだ。関係の断絶は避けねばならない。

 さらに言えば、姉上の件もある。ワタシはあくまで姉上を目覚めさせたいだけであり、戦いたいわけではないのだ。しかし、もし彼が死ぬようなことになれば、姉上は復仇に燃え話し合いの余地などまったく無くなってしまうことだろう。これではまずい。

 ……それに、個人的にもアルベールにはできれば死んでほしくない。あの男のせいでスオラハティ家が滅茶苦茶になったのは事実だが、本人に悪気がないことはわかっている。それが却って悪質なのだと断じる者もいるが、ワタシとしては彼を憎み切ることができなかった。


「相手は僅か二十騎と少し、おまけに非戦闘員まで抱えている。これほどの戦力差があってなお、殺さねば無力化できませんでしたなどという言い訳をすれば、我々の実力が疑われてしまうだろう。ガレアいちの武家の頭領として、貴卿らのそのような汚名を着せることはできん」


「なるほど、承知いたしました」


 アルベールの処遇は、辺境送り。そう決めている。どうせ、この一件でワタシは母上と決定的に断絶することになるのだ。二人そろって、自力では戻ってこられないような僻地へ流してやる。そこで二人して畑でも弄っているのが、本人らにとっても幸せだろう。ワタシは手綱をぎゅっと握り、前方を行くアルベールの騎兵隊を睨みつけた。


「マリッタ様! 敵集団から一騎離脱し、反転しました!」


 そこで、予想だにしていなかった事態が起きた。一団から離れた一騎の騎士が、こちらに向かってきたのである。単騎駆けするその姿を見て、ワタシは思わず嘆息した。


「アルベールだ! 奴め、単騎で我らの足止めをするつもりと見える……!」


 思わず、嘆息が漏れた。あの男は平気でそういう真似をする男だ。ああ、嫌だ嫌だ。こういうところが嫌いなんだ。彼がもっと下卑な人間であれば、ワタシも楽だったのに。これでは、憎み切ることもできない。

 その騎士は、一本の矢のように一直線に我々の方へと突っ込んでくる。恐怖など感じていないかのような、躊躇のない突撃だった。そして、ある程度近づくのと同時に、奴は大きな声でこちらに語り掛けてくる。


「遠からん者は音に聞け、近くば寄っても目にも見よ! 我こそはデジレ・ブロンダンが息子、リースベン伯アルベール・ブロンダンである!!」


 聞き覚えのある男の声に、私はもう一度ため息をついた。しかし、これを聞いて案の定だと思ったのはワタシだけらしい。部下共は、意外そうな様子でザワついていた。本当に宰相に無理強いされていたのではないか、などと言い出す者すらいる。馬鹿らしい。あの男と比べれば、宰相などは伴星のようなものだ。我が部下ながら、見る目がないにもほどがある。あとでしっかり再教育してやる必要がありそうだ。


「貴様らが欲しているのは我が首一つであろう! 百騎でも二百騎でも相手になってやる! かかってこい!」


 そう言い捨てて、アルベールは馬を真横に方向転換させた。さすがに、そのまま突撃するような真似はやらないようだ。ワタシは少しばかりほっとした。


「アルベールの目的は陽動だ。自分が囮になって、本隊を逃がすつもりなのだろう」


 遁走をつづける敵本隊をチラリと見て、ワタシは小さく肩をすくめる。


「……たしか、アルベールの傍仕えは彼の幼年騎士団時代の同期たちで構成されていたな?」


「ハイ、その通りです」


「哀れな連中だな。アルベールも無体なことをする」


 彼を見捨てざるを得なくなった彼女らの心中を察して、心の中に暗澹たる気分がわいてくる。あの連中が、自らアルベールを捨て駒にしたとはとても思えない。おそらく、すべては彼の独断だろう。残された彼女らが一体どういう気分になっているのか、アルベールは理解しているのだろうか? まったく、アイツはこれだから……。

 いや、そんなことは今はどうだっていい。アルベールの思惑がどうあれ、ワタシにはそれに乗ってやる義理はない訳だし。……まあ確かにワタシの本命はアルベールで、宰相などはオマケに過ぎない訳だが。だからこそ、彼は自分一人の犠牲で他の者を逃がしきれると踏んでいるのだろう。

 だが、甘い。こちらの兵力は増強騎兵中隊がひとつ分で、敵方の五倍以上もあるのだ。二兎を追ったところで、問題なく両方を狩ることができるだろう。


「方針を伝達する! アルベールの対処は……」


 ワタシが部下に下令しようとした、その瞬間である。びゅうとすさまじい音がして、我々に向かって突風が吹き荒れた。思わず落馬しそうになり、鞍にしがみつく。


「なんだ、いきなり! こんな晴れの夜にこんな暴風が吹くなんて……いや、アイツか!」


 よく見れば、アルベールの背中には小柄な何者かが張り付いている。遠いためそれが誰なのかまではわからないが、想像はつく。おそらく、レーヌ城での戦いでも活躍していたあのエルフの童女だろう。この風の出所は、あのエルフの魔法に違いない。


「しゃらくさい真似を……こんな風で、我らを止められる思うたか!」


 風は相変わらずビュウビュウと轟音を立てて吹き荒れ続けているが、しょせんは少し強めの突風程度のものだ。当然ながら、騎士を落馬させるほどの威力はない。その割に音は嵐のようにやたらうるさいのだから、かえって滑稽ですらある。まるで張り子の虎のような魔法だ。鼻で笑いつつ、ワタシは命令の続きを口にした。


「第一小隊は我と共にアルベールの対処に当たれ! 残りの物は、引き続き敵本隊の追撃を続行!」


 しかし、私の声は風の音に遮られて部下たちには届かない。彼女らは焦ったような様子でこちらに何かを叫び返してくるが、その声もすべて風音に塗り潰されなんと言っているのか判別がつかなかった。本当にうるさい風だな。呆れつつもう一度命令を発そうとしたところで、ワタシは気付いた。この魔法の本体は、風ではない。音だ。轟音を立て、命令伝達を阻害する。それがアルベールの狙いなのだ……!


「あ、あの男……! こういう悪知恵ばかりはよく働く……!」


 月が出ているとはいえ今は夜、ハンドサインによる情報伝達もやりにくい。おまけに声まで封じられたら、騎士らは独自の判断で動かざるを得ないだろう。こうなるともう、統制だった動きなど出来るはずもない。まして彼女らの大半はアルベール憎しでワタシに従っているものたちだ。目の前に彼が居る以上、宰相などよりこちらの捕縛を重視するのは当然のこと。


「ああ、もう……! そこまで宰相を逃がしたいというのなら、仕方がない。そっちの思惑に従ってやろうじゃないか!」


 アルベールの部下たちは新式小銃を装備しているという話だ。情報伝達に難のある状態でぶつかれば、ロクなことにならないだろう。ならば、確実に捕まえなくてはならないアルベールのほうに注力したほうが余程マシかもしれない。ワタシは腹を決め、愛馬に拍車をかけた。


「我に続け! 敵はアルベールただ一人!」


 そう叫びつつサーベルの先端でアルベールを指し示してやれば、言葉が通じずともその意図は部下たちも理解してくれる。ワタシの騎兵隊は、一塊になって男騎士の尻を追い始めた。

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